「シン・ゴジラ」、観てきました。
ハッキリ言って、どこもかしこもネタバレです。
●この映画を一生見るつもりがない方だけ、読んでください。その他の方はすぐに退去を。

シン・ゴジラ

●最近は、部屋に引きこもって滅多に家族と交わらなくなった、息子ノマド中学三年生が突然ボクに質問。「シン・ゴジラ、どうするの?」どうするの?って…オマエ観たいの?「え、まあ…」(←猛烈に観に行きたいが、自意識が邪魔して、観に行きたい、と言えない状態)。中二病真っ盛りでもはや普通にコミュニケーションが取れないノマドが、こんな中途半端でも一応ハッキリ意思表示するのは実はとっても珍しい。2001年生まれのオマエがゴジラとはね。今までの人生でゴジラの接点ないでしょ。ただエヴァとは縁深いな、碇シンジくんとノマドは同い年。ともかくこんな機会は滅多にないので、早速週末の新宿バルト9に父子二人で向かった。男二人の外出なんてホント久しぶりだわ。

「ゴジラ」については前回の記事で1954年の第1作を中心に一通り書いてみた終戦から10年経たない時期に制作された傑作SFは、無敵の大怪獣に戦争のメタファーを託して、エンターテインメントに昇華&大ヒット。それがなんとも不気味とも思えた。
エメリッヒ版「GODZILLA」1998年サントラに収録されてた RAGE AGAINST THE MACHINE「NO SHELTER」にはこんなフレーズがある…「CINEMA, SIMULATED LIFE, ILL DRAMA, FOURTH REICH CULTURE - AMERICANA / CHAINED TO THE DREAM THEY GOT YA SEARCHIN FOR THA THIN LINE BETWEEN ENTERTAINMENT AND WAR(映画、仮想の生活、病んだドラマ、これが第四帝国の文化・アメリカーナ!/エンタメと戦争の間の細い線を探す悪夢に縛り付けられてる)」…映画の中に、エンタメと戦争の間の細い線を見出すとは、反体制を叫ぶバンドの慧眼に敬服。第1作「ゴジラ」の本質を見抜いている。

そして「シン・ゴジラ」。
●この映画は、2011年3月11日以降の日本の状況をクッキリと映し取って、伝説の大怪獣に託している。約60年前の第1作「ゴジラ」が最初から抱きしめていた「原爆/水爆の影響で生まれた未知の生物」という設定が、「ヒロシマ/ナガサキ」のメタファーから「311フクシマ」のメタファーへと大きくスライドして、まさしく2010年代的な恐怖にアップデートされていた。今回のゴジラは海中投棄された放射性廃棄物を喰って異常進化した生命体。東京のど真ん中に上陸したゴジラが這い回った跡はまるで津波に押しつぶされたガレキの山。そしてソコから放射能が検出される。そんな描写が福島第一原発から同心円形で描かれた放射線量分布マップを否応なしに連想させる。ゴジラの発する怪光線が炸裂すると、放射線量マップはどんどん赤黒く染まる。これは実際の被災者の方々には酷なほどの表現かも知れない。
●ここまで敢えて踏み込んだ庵野秀明監督の感覚は、セーフなのかアウトなのか。今ではテレビニュースでも滅多にあの大津波の映像は使われない。だがこれは完全に「エンタメとフクシマの間の細い線」だ。東日本大震災とフクシマは、ボクの感覚ではカサブタどころか現在進行形で血を滲ませているジクジクした生傷だ。その生傷をゴジラにエグラせるとは。いやこれは「けしからん」という批判ではなくて、凡人には躊躇させる内容の表現を、渾身の力を振り絞って描き切った蛮勇に敬服するという意味だ。ツラい悲劇が現実にあったという記憶を鮮明に蘇らせる。監督自身のマゾヒズムが観客に対するサディズムになって牙をむく。きっと第1作「ゴジラ」1954年も同質の恐怖と興奮が作用してヒットした作品だったのだろう。

この恐怖の大怪獣に立ち向かう人間たちはどう描かれたか。
この未曾有の事態に、動揺する首相官邸。総理大臣を筆頭に様々なレイヤーの官僚たちが右往左往して失態も晒す。これもまた「311」対応に慌てふためいた当時の民主党政権を連想させる。防災服を着た枝野幸男官房長官(当時)の会見を、ボクは大衆の一人として噛り付いて見たものだ。次々と水蒸気爆発を起こす原子力発電所に、少しでも救いのあるニュースが出ることを願って。劇中の総理が怪獣の正体を学者に聞くもラチがあかない…「ダメだ、御用学者は役に立たん!もっとマシな連中を集めろ!」多分、当時の菅首相も同じことを言っていたのだろう。イライラして怒鳴り散らして。
自衛隊のポジションの問題にもタッチされる。この厄災に対して自衛隊に「防衛出動」が許されるのか?自衛隊が東京の市街地で武器を用いていいのだろうか?総理の重たい決断で自衛隊や米軍が攻撃を仕掛ける。しかし無敵のゴジラに通常兵器はほとんど役立たない。一方、若手の野心ある官僚・長谷川博巳竹野内豊が、異端のチームを組織してゴジラの謎を解くべく奔走する…。

●キャスト300人以上という分量が目玉としながら、群像劇と言えるほどのドラマチックな人物描写が全くない。もはや主人公個人の思い入れなぞほぼ必要ないという演出上の判断が潔い。だって、これは日本人対ゴジラの総力戦だからだ。ボケっと見てると全然気づけない短いカットに、大量のカメオ出演が仕込まれてる。今の泥まみれの女の子は前田敦子?自衛隊の前線テントにいたのはピエール瀧斎藤工とラッパー KREVA が出てたらしいけどヘリのパイロットじゃヘルメットで顔見えないし!
●そしてエンドロールのキャストのトメの位置に「野村萬斎」のクレジットが!え?ドコに野村萬斎が出てた?トメのクレジットなんだから目立つ場所に出てるはずなのに…と思ってネットで検索したら、実はゴジラの中の人だった!彼の動きをモーションキャプチャーで収録して、ゴジラの動きに反映させてるらしい。スゴイね…でも庵野監督が自分でやってもよかったんじゃないかな。

●ただし、一瞬で役割を終える人物たちの肩書きプロフィールを、しつこいほどにいちいちテロップでフォローする。これが見事にエヴァ風明朝書体。耳慣れない行政用語や法律用語、軍事用語、技術用語がたっぷり詰め込まれた超高速のセリフまわしも、最初から理解させるつもりがない庵野監督の常套手段。エヴァでもたっぷり盛り込まれた同じ種類のハッタリだと捉えれば、いちいち細かいところはチェックしなくてもいいと思える。大事なことはあのスピード感だ。大量のテロップとセリフで消化しきれぬ情報量をブチ込んで切迫感を煽る。この試みは見事に成功。BGMまでエヴァをまるパクで採用するという、大胆すぎて容易には選択できない演出まで仕掛けてる。

「特撮」も、みどころだろう。
●ボクは、あの庵野監督最初期作品「ダイコンフィルム版帰ってきたウルトラマン」(庵野氏が素顔でウルトラマンを演じきる怪作)をDVDで見てるし、2012年「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」@東京都現代美術館も鑑賞したし、そこで公開された「巨神兵 東京に現わる」も見た。アニメ愛に全く劣らぬ特撮への偏愛ぶり。別にボク自身には特撮への思い入れはないのだけれども、このへんで披露されてた特撮フェテシズムは黙って鑑賞するほかない。まーどこがCGでどこが特撮なのか、素人のボクにはわからんのだけど。
今回のゴジラは作中で次々に変態する。新しい演出だ!地面を這い回る水性動物から二足歩行のゴジラに進化するのだ。この序盤のゴジラが実にザコい。まんまるい白目がポケモンみたい。それが建物をバリバリと破壊する。あのバリバリぶりが特撮なのか?CGとは違う質感の、怪物と同レイヤーな感じが新鮮。二足歩行に初めて進化した時に立ち上がった場所は、品川駅近くの八ツ山橋で、これ第1作「ゴジラ」が最初に上陸&破壊した地点。60年の間を空けても同じモノがリアルに存在するってスゴイ。で、第1作「ゴジラ」だと不注意にも通勤電車がゴジラに突っ込んでぶっ壊されます。その展開を予想したら、その演出はなかった…。
だが作品終盤、鉄道とゴジラの絡みアリ。東京駅で活動停止してるゴジラを日本主導で再攻撃(「ヤシオリ作戦」)する場面で、口火を切るのが「新幹線700系(無人運転)」鉄道模型がすごいスピードで走ってきて駅に立つ巨大ゴジラに衝突&大爆発!そこに間をおかず「在来線(無人運転)」(←ってテロップが入ってるんだよ)がドカドカ激突&大爆発!山手線や京浜東北線たちが群れなして走ってきて健気にゴジラを車両まみれにする瞬間は思わず笑った。同時に東京駅周辺の高層ビルを爆破してゴジラをガレキの下敷きに。アレも特撮的な破壊表現でしょう。見事!
●そして、CG込みの映像表現だが、絶対特筆すべきなのが、ゴジラが口から発射するビーム!完全に巨神兵!一瞬の閃光がサッと空間を横切ると、ビルがなで斬りにされて大爆発。庵野氏が宮崎作品「ナウシカ」で担当した巨神兵の王蟲爆殺ビームのシーンと同じだわ。背びれが不気味に光るギミックも初代ゴジラからの伝統だけど、今回は背びれ全体から直接全方位へ一斉レーザー攻撃。米軍の無人機プレデター編隊を一瞬で撃墜。この攻撃手法はネットでは「伝説巨人イデオン」と比較されてた。

●まー、デティールをいじくればいくらでもツッコミドコロはあるだろうが、どれもこれも庵野氏の一貫した作風の反映で、職人としての一徹主義が冴え渡っているとも言える。まさに清々しいほどに。業のように背負ってしまった「これしかできない」技をドンドン掘り進んで、あの人は誰にも到達できない場所まで物語を連れていく。で、結果的に、「シン・ゴジラ」は時代を克明に映し取り、2016年の映画に仕上がった。フクシマも震災も全部引き受けることによって。その意味でボクらとキチンと繋がっている作品になっている。ザラリと苦い味がするけどね。
●一方で、「エヴァ」は、もう世間からブッチギレている気がする。庵野監督個人が自分自身の深淵を覗くような行為になってる。もはや、その深淵の有り様だけが、古くからのファンを惹きつける磁力になっている。さあ、続きが描けるのかな。

●息子ノマドは、新宿バルト9を出ると、そのまま新宿御苑に行くと言って去っていった。ポケモン探しだ。巨大怪獣の次は、小さな怪獣の出番。中二病の日常は忙しいね。ちなみに、ボクは一人でタワーレコードへ。放射能漬けにならずに済んでる平和な東京を安心して歩いたよ。

●ちなみに、息子ノマドの中学卒論レポートの題材になる、原子力研究施設への見学は来週に近づいてきた。コッチはメタファーじゃない。リアルだ。マジの本物だ。ボク自身も原子力関係の専門書を読んでる。今週2冊目を読んで来週3冊目を読む。これまた知らないことばかりで面白い。ココには人類文明の覗いてはいけなかった深淵がポッカリと広がっている気がする。



●音楽。パンクロック。

BRAHMAN「A FORLORN HOPE」

BRAHMAN「A FORLORN HOPE」2001年
硬く乾いて熱く速い。ゲンコツでガツガツと壁を殴り続けるような、ストイックなパンクロック。崇高な美学と強い意志で、無駄や虚飾を一切削り取り、厳粛に選び取られたソリッドな音塊がガツガツガツ。今は、この一心不乱にハイスピードで駆けていくこの轟音に身を預けていたい。いろいろな邪念に取り憑かれるとココロが折れそうになってるから。なんかボク、最近の自分がブレブレな気がしてて、気合いを入れるキッカケが欲しかったのかも。
●大学時代の仲間で、ラジオのパーソナリティをしている女性がいる。以前、彼女と会った時に、このバンドの話題になった。彼女はボーカル TOSHI-LOW さんに何回も取材や出演のオファーをしているそうで、そこまで入れ込めるのは彼の人柄が実にシリアスで芯が強くて真面目、それが魅力になってるから、と語っていた。このCDをレコ屋で見つけた時にそんなことをふと思い出して、手に取ったのかな。元来はMCなぞ全く挟まず演奏だけに徹していた彼らのライブ。震災以降はMCを解禁、TOSHI-LOW 氏の熱いアジテーションが新しい支持を集めているという。やはり震災&フクシマは大きなパラダイムシフトを起こしたんだよ。
●1995年に結成。もう20年以上も活動し続けているベテランバンド。何の気なしに買ったCDだったけど、実はセカンドアルバムで2001年発表、15年前の作品。もっと最近のモノと勝手に思ってた、だって全然古い感じがしないんだもの。パンクって様式として成熟してるから、実は経年劣化もしないトコロが魅力なのかも。



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