リオ・パラリンピックが開幕したね。
楽しみだった開会式を見たよ。

ペドリーニョ

8歳のメガネ少年ペドリーニョくんが、パンデイロひとつでスタジアムをワーッと沸かせる瞬間に、リズム大国ブラジルの底知れぬ奥深さが垣間見れるね。選手入場の2時間半、空色の衣装をきた大勢のボランティアさんがずっと踊り続けるファンキーさもスゴイ。

dance with robot rio paralympic

女性ダンサーと工業用ロボットアームのデュエットダンスもステキだった。ボケっとしてて一瞬気付かなかったのだけど、この女性ダンサー、両足の膝下がなくて、黒い義足をはめてたのです。足首から下には丸いカーブで弾力を備えたパーツをはめて。コレを鮮やかに駆使して、サンバのステップを刻むのですよ。豊かなブロンドをなびかせて踊る姿は凛々しくて。障害と関係なくよいモノを見せる、ただその一点に集中した演技。ただこのダンスが簡単なモノでもないということも表情から見て取れた。彼女がダンスを終えた瞬間の笑顔は、普通のダンサーが見せるキメの笑顔であって、目が笑ってない。プロのパフォーマーとしての矜恃がにじみ出るものだった。

パラリンピックのおばあちゃん

聖火ランナーのハプニングにも、グッとするものを感じた。セレモニーの後半は結構な降雨に見舞われてた会場。この厳しい環境の中で、元パラアスリートのおばあちゃんが杖をつきながらゆっくり歩を進める場面。明らかにおばあちゃんにはこのぶっといトーチが重そう。で、とうとうそのトーチを落としてしまうんだけど、すかさずスタッフが駆け寄ってリカバリー。その瞬間にスタジアム全体が歓声をあげておばあちゃんを励ます。


「24時間テレビ」「バリバラ」「青山一丁目の事故」「パラリンピック」
●今年の「24時間テレビ」は1ミリも見てない。仕事でもないかぎり見ることもないと思う。だからあの番組の内容をどうこう言うことはできない。その一方で、同じ放送日に生放送でアンチテーゼをブチ当ててきた ETV の障害者+バラエティ番組「バリバラ」は見た。「24時間テレビ」に思いっきり当てつけた黄色いTシャツに黄色いセットで、問題提起するのは「感動ポルノ」というキーワード。障害者は健常者が感動したいための材料や素材ではない。自分より可哀想な人を憐れんで泣く、泣きたい、泣かせたい、という構造に異議申し立て。まー冷静に聞けばご意見ごもっともと思うけど、さすがにウラ番組へのアテコスリがスゴすぎてヒクわ。そのヘンのバイアスが普段の NHK らしさを損なってて楽しめなかった。
●普段の「バリバラ」が打ち出すどキツイ「お笑い」表現は、そのお笑い表現当事者に障害者がいることを免罪苻にした、オルタナティブな存在なわけで、この世の全ての障害者表現が「バリバラ」スタンダードになったらサスガにキツイと思う。世の全ての障害者があの番組に出演する障害者の人たちみたいに自己表現自己主張に達者とは思えないし。そしてそんな場所から「感動ポルノ」に対して批判を発信するコトに対してボクは、ちょっと別の意味で危惧を感じる。「感動ポルノ」批判が行き過ぎると、メディア側が障害者を描くコトをやめてしまうかもしれないからだ。感動の素材など別に障害者を使わずともいくらでも生産できるのがメディア産業。メディアが事なかれ主義に走り、障害者を取り扱うのが面倒だ、と考えたらこの世からは障害者の表現/情報は消えて無くなる。これは重大な損失になりかねない。
「24時間テレビ」のモリモリなヤリ過ぎ感覚を弁護するつもりはない。ただあの番組は年一回の話でしかなくて、民放番組がコンスタントに障害者を扱う状況ってほとんど他にない。障害者にフォーカスを当てる番組が年一回程度って、本当は少な過ぎるんじゃないか?別に「感動ポルノ」を量産しろというわけではない。しかし、元から日本のメディアに障害者はなかなか登場していないのだ。根本的問題として、まずこのレベルからスタートしなくては。結局のところパラリンピックの地上波露出も全然足りてないじゃないか。
「青山一丁目の事故」についても言及しておきたい。「24時間テレビ」「バリバラ」の放送の少し前、銀座線青山一丁目駅のホームから、盲導犬を連れた全盲の男性がホームから転落、電車に轢かれて亡くなってしまった。通勤に銀座線を使うボクにとって身近な駅で起こった悲劇。夕方の帰宅ラッシュ、大勢の人が周囲にいながら、危ない場所にいた彼を誰も助けることができなかった。ショック。通勤時に同じような場面に出くわしたとしたら何がボクにできる?盲導犬を連れてるんだから大丈夫だろうと思ったり?目の不自由な人の多くがホームに落ちる経験を持っているという話もニュースには添えられていた。知らないよ。盲導犬を連れた人にどう立ち振る舞ったらいいか、よくわからないよ。困ってる人、危ない思いをしてる人を、どうサポートしてあげたらいいのか、まずソコを教えてくれよ!ハッキリ言ってソコ押さえずして「感動」と「お笑い」どっちが大事か?なんてのはどーでもいい話だ。
●ちなみに、世間の感動欲求は根深いもので、中学生娘のソーシャル・タイムラインでは「24時間のドラマ、あんま泣けなかった」「もっと感動できると思ったのに」などなどのコメントに満ち溢れてたそうな。無邪気な中学生、ジャニーズのイケメンで感動したいだけで、そこに障害者とかほとんど関係ない気がするが、「感動ポルノ」需要はハンパないみたいね。「パラリンピック」でもきっと多くの「感動シーン」に出会うのかもしれない…ちゃんと見たことないからわかんないけど。ただ、この感情は「感動ポルノ」なのか?とかコンテキストを分析しながら見てたら「感動」なんてしてるヒマなくなるな。スポーツ競技に作為はないから今後の心配はあんましてないけど、開会式のセレモニーは演出の嵐だからね、感動に身構える自分自身もいたよ正直なところ。


●さて今日もブラジルの音楽。パゴーヂ

ALMIR GUINETO「SORRISO NOVO」

ALMIR GUINETO「SORRISO NOVO」1985年
●義弟 ken5 くんからもらったCD。正直情報がなくてよくわかんないんだけど、リオ出身のサンバ系アーティストさん。サンバの後継スタイル・パゴーチというジャンルの先駆者。開会式の冒頭で、8歳のペドリーニョくん他バンドミュージシャンたちが輪を作ってジャムったりする気分が、そのままパゴーチというスタイルだったらしい。70年代末〜80年代初頭、FUNDO DE QUINTAL というバンドがパゴーヂで人気を博すのだけど、この人はそのバンドのリーダーなんですね。で、80年代〜90年代をソロワークで駆け抜ける。これは三枚目のアルバムらしい。
小気味良いサンバのリズムに合わせて、ギターの演奏がアクセントになってて、とってもピースフル。ホントブラジル音楽って奥深いよねー。調べれば調べるほどいろんな音楽が登場してくる。サンバに対する偏狭なイメージがほどけるわー。浅草サンバカーニバルのヤリ過ぎ感覚だけでサンバを解釈しちゃダメだね。

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