東京電力の施設が火事になって、東京で大きな停電があった。
●ボクのオフィスじゃ何も起こってなかったが、よく行く立食いソバ屋が入ってる駅前ビルは見事に停電で真っ暗になってたらしい。息子ノマドの学校も停電になり、地下鉄も停電で動かなくなってしまったそうな。ナニかデカイことが起これば、ボクらが暮らす街・東京はあっさりとギブアップするんだろうな。それが天災であろうと、悪意のテロであろうと。


●雑誌「GINZA」の今月号の特集が気になる。
●特集のタイトルは「言葉とファッション」
●公式LINEアカウントから送られてきたメッセージは、「思い切って『読むファッション』と洒落込んでみました。」
●想像がつかないアプローチに、ボクの好奇心はかなり揺さぶられた。表紙には気になる作家さんの名前が並んでるし。
●だけど、結局まだ買ってない。三度も本屋さんに行って、パラパラとめくってみて、それでも逡巡。だってあんなハイファッション、ボクと縁がなさ過ぎなんだもん。780円という値段にしても、これを買うなら週末に見つけた BOOTSY COLLINS の中古CD680円の方が先だな…。でも、この志には感じるものがある。ビジュアルじゃなくて、文章を読んでもらいたい。と雑誌がアピールしてる。
●とりあえず、今読んでる柴崎友香さんの芥川賞受賞作品「春の庭」を読み終わってからにしよう。柴崎さんも今回の「GINZA」に文章を書いているらしい。急いで読まなくては。

芥川賞作品が発表されるたびに「文藝春秋」を買って読む習慣は、尊敬する元上司のサルマネだ。でもだいぶ長く続いた習慣だから、自分なりにシックリきちゃってる感じがしてきてる。
「文藝春秋」に全文掲載されるのを買って読むのは、短編をハードカバーで読むよりもコスパがいい、のが第一の理由。ただそれ以上に、「文藝春秋」に芥川賞作品が掲載されること自体が大きな価値を持つように思えてきた。天下国家の大事を偉そうに、厚さ2センチの大分量で語りまくってるあの雑誌に、この日本で一番浮世離れした文芸作品がヒョッコリ闖入してる落差と違和感がたまらない。
「春の庭」は、ボクが暮らす世田谷区の風景が描かれてる。取り澄ました顔してるくせして内実はあちこちガタガタになってる黄昏の郊外がのっぺり広がる場所だ。そんな舞台で、今のところスリルらしいスリルもなく、淡々とお話が続く。こんなユルーい空気は、ボクの大好物だ。成功とかキャリアとか実益とか高い意識とか○○力とか、そんなものを全部忘れさせてくれる稀有な娯楽だ。思わずこの「何もしたくない」「何も起こらない」「何も属さない」時間に憧れてしまう。そんな「何もない」は、贅沢なファンタジーであって現実にはありえないとわかってても、病気を患って実際に「何もしない」を丸々2年間経験してしまったボクは、あのダメダメな時間がふと愛おしいと思ってしまう。
村田沙耶香さんの芥川賞作品「コンビニ人間」ももちろん読んだ。人間である前にコンビニ店員、という主人公にめっちゃ楽しんだ。社会にフィットするために巧妙に擬態する、コンビニ人間。ボクはサラリーマンに擬態しきれないので、20年もこの稼業を続けているのに定時に出勤できない遅刻常習犯であり続けてる。飲み会で「いまだにこの仕事にシックリするもの感じないんですよね」と先輩にボヤいたら、大真面目で心配された…ヤバ、打ち明けるべき相手を間違えたか。


●娘ヒヨコが大好きなミュージカル映画「マンマ・ミーア」をネットフリックスで見てたので。
●続けてこの映画を見た。二つの映画は主演女優が同じ。メリル・ストリープなのだ。

「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」

「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」2011年
「鉄の女」の異名で知られるイギリス初の女性首相マーガレット・サッチャーの生涯を描いた作品。晩年は夫の死も認識できないボケたおばあちゃんになっちゃって…「マンマ・ミーア」ではあんなに元気なパフォーマンスをしていながら、こっちでは見事に侘しいおばあちゃんを演じているメリルが立派。ただ、それ以上に、名前くらいしか知らなかった、サッチャーという女性もスゴイなと思い知る。首相在任、1979〜1990年。1929年世界恐慌以上の深刻な経済危機、アイルランド問題と IRA のテロ、フォークランド紛争、冷戦の終結。激動の時代を乗り切って、ブリットポップ華やかな90年代イギリスを準備した政治家というわけだ。彼女が滞在してたホテルが爆弾テロ攻撃を受け、国会議員とその家族含む5人が死んだなんて事件もあったらしい。命がけで時代と格闘していたのだ。
●ただ、彼女の改革路線は確かに過激で、福祉を切り詰め、弱者を追い詰める政策でもあった。消費税を8%から15%まで引き上げとかやってたらしい…これはキツイ。労働者階級との対立も過激で、映画本編に挿入される当時の映像では、民衆と警官隊が本当に激しくぶつかり合っている。うわーイギリスの70〜80年代ってマジで厳しい時代だったんだな。なるほど、あの時代の音楽は、この殺伐とした時代背景が前提になってるんだな。イギリスのパンクロックはここから生まれたのか。深く納得した。


●ということで、イギリスのハードコアパンクを聴く。

GBH「CLAY SINGLES COLLECTION」

G.B.H「CLAY SINGLES COLLECTION」1980〜1984年
●バーミンガム出身のパンクバンド。CLAY という名前のインディレーベルからリリースされたシングルをコンパイルしたCD。まさしくサッチャー政権下の音楽しかし、これは、速い!!もうヤケクソ過ぎるほど、速い!ただひたすらドタバタして、ひたすら絶叫して、ギターがガリガリして、ベースはもう何してるかよくわからん。録音は最低で、とにかく力まかせ。全部の楽曲が全部同じに聴こえる。テープで録音する暇があるくらいなら、そのまま苛立ちを叫び散らしたい!その衝動だけがダイレクトに伝わる。
●映画のサッチャーさんは、最晩年を迎えたおばあちゃんとして描かれていて、その寂しさには同情的になってしまうけど、政権を握ってた頃のサッチャーさんと彼女が代表するイギリス社会を、この時代の若者は本当に憎んでいたんだろうな。サッチャー元首相は2013年に亡くなったけど、このバンドは今なお活動中。

CRASS「THE FEEDING OF THE 5000」

CRASS「THE FEEDING OF THE 5000」1978年
●このバンドも、気合の入ったパンクバンドだ。ゴリゴリの疾走感に迫力があった G.B.H に比べると、録音がより一層貧弱で、同じくらい速いのに、ペコペコに薄っぺらい。ギターの音がうるさくないので、ただ叫んでるだけ。この残念な感じが、真っ当に DO IT YOURSELF。よって王道にパンク。ジャケの印刷を断られて印刷機をわざわざ買ったというほどのド根性な自主制作。
●このバンドがユニークなのは、ヒッピーでありながらパンクであったことだ。世代格差があってヒッピーとパンクは相容れない文化だったはず。なのに、その世代差を乗り越えて、カリスマとなった稀有な存在。伝説のジャパニーズゴスバンド AUTO-MOD のフロントマン・ジュネさんが自身のブログで当時の彼らのライブを見た体験を綴っている(コチラ→http://genet.jugem.jp/?eid=4870)。ちょっとだけ引用させていただくと…「その様子は、正に政治集会、若しくはカルト教団のミサの様にも見えました」「僕はすぐさまこのバンドが、何らかの活動家のバンド又は、ヒッピー崩れのコミューン生活者のバンドである事を直感しました。」「歌ってることが、強烈なメッセージである事、そしてアナキスト的反体制主義のアジテーションで在る事も理解出来ました。」ステージには日本語で反戦という文字が掲げられていたそうで、普通のパンクバンドとは全く異質のオーラを放っていたとのこと。あと、この時点でメンバーがみんなオジサンだったとも。
●アナーキズムを標榜し、フォークランド紛争では反戦の立場を激しく主張。後に女性ボーカリスト2名も加入しフェミニズムも打ち出す。反核、反グローバリズム、炭鉱ストを支援するギグを展開。自分たちが主宰するレーベルから多くのパンクバンドを世に出す。見事に政治的であろうとしたバンドだったんだな。


●バレエ教室に通うヒヨコには、炭鉱の町でバレエを志す少年を描いた映画「リトルダンサー」も見せた。あの作品の背景にあった炭鉱ストが、このサッチャー首相と裏表の関係にあることが、ヒヨコにも理解できただろう。こうして、今後の自分の生活が、その時代の政治にどう関与するか、理解できるようになってくれれば嬉しいもんだ。


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