●TUMBLR 経由で、相互フォローしてる人から新年のメッセージが来た。
「! FELIZ 2017,ESTIMADO !」…ああ、気にしたコトなかったけどこの人、スペイン語圏の人だったんだ。いきなり知るとビックリするわ。


●外は寒いようなので、この休日は、家でアナログレコードに針を落とす。

KING TUBBY : VIVIAN JACKSON「KING TUBBY MEET VIVIAN JACKSON (YABBY YOU)」

KING TUBBY / VIVIAN JACKSON「KING TUBBY MEET VIVIAN JACKSON (YABBY YOU)」1977年
●こんなレコード持ってたんだ…買ったの忘れてた。どこで買ったんだっけ…金沢のレコード屋さんだったような…。部屋の整理をしたら出てきた、実に渋いルーツレゲエ。ジャマイカの PROPHET RECORDS ? ペラペラ気味のジャケ、そしてなんとA面B面のラベルが間違えて逆に貼られてる。ビックリするよ。
いやー、ドスの効いたレゲエだなあ。YABBY YOU こと VIVIAN JACKSON の低い声が、重心の低いグルーヴの上でゴロゴロ蠢いてる。ラスタマンのヴァイブスがスゴイよ。そしてダブもスゴイよ。ボーカルがいなくなったら、主役となって歌い出すのはベース。ブンブンとウネって雄弁な表情をハッキリさせるKING TUBBY は実直な仕事ぶりで、サウンドはアーシーかつシリアス。あ、娘ヒヨコが勝手に歌い出した…「ぶんちゃかぶんちゃかぶんちゃか…」天然中学二年生。
●クレジットを読むと、スタジオは、CHANNEL ONE JOE GIBBS STUDIO。確かに1970年代のルーツ系としては間違いない。エンジニアには JOE GIBBS の右腕だった ERROL THOMPSON の名前が。バックのミュージシャンには、SLY DUMBER、ROBBIE SHAKESPEAR、EARL CHINO SMITH、TOMMY MCCOOK とか。SLY & ROBBIE のコンビは一緒には演奏していない。この辺は JOE GIBBS のハコバン THE PROFFESIONALS CHANNEL ONE のハコバン THE REVOLUTIONARIES の関係者つーことか。
●LP裏ジャケの短いインタビューによると、YABBY は12歳で学校やめて釣りして暮らしてたそうな。ゲットーのシングルマザー家庭ではありがちなこと。だから曲名に「GO TO SCHOOL JAH JAH CHILDREN」という言葉があるのか。その後エアコンの仕事を覚えたりして、ミュージシャンになったとな。音楽のインスピレーションを得るのは、やっぱり釣りをしてる時なんだって。ただこのインタビュー、アイメ〜ン!とかジャマイカ訛りのパトワ英語をそのまま掲載してるから読みづらい!

R-「20TH CENTURY DEB-WISE」

DEB PLAYERS「20TH. CENTURY DEB-WISE」1978年
同時期のダブ系音源をもう一枚。これも金沢の同じ店で買ったんだと思う。レゲエシンガー DENNIS BROWN がイギリスに渡って立ち上げたレーベル DEB MUSIC からリリースされたモノ。プロデュースはもちろん DENNIS BROWN(でもボーカル曲は1つだけ)、ミックスは KING TUBBY に弟子入りしてた頃の PRINCE JAMMY。バンドの名義は DEB PLAYERS だけど、中身のミュージシャンには、SLY DUMBER、ROBBIE SHAKESPEAR、EARL CHINO SMITH などなど前述 YABBY YOU のアルバムとすごくカブってる。レゲエ業界だと、CEDRIC BROOKS(ホーン)という人や LLOYD PARKS(ベース/ギター) って人もよく見るかな。
●イギリスのレーベルとはいえ、結局生々しくジャマイカ産のワイルドなルーツサウンド。低い重心で這い回るグルーヴ。3拍目だけに鳴らされる強いスネアの一打、つまりワンドロップ奏法が、運命的な響きすら感じさせる。そこに露が滴るようなダブエコーがジットリとかぶさっている。80年代中盤にはダンスホールレゲエで革命を起こす PRINCE JAMMY もこの段階では堅実なダブ職人。歴史の流れで言えば、まずはクールなUKダブ〜ラヴァーズロックがこの後に続くんだろう。

MATERIAL「MEMORY SERVES」

MATERIAL「MEMORY SERVES」1981年
●打って変わって、お次は80年代ニューヨークのアンダーグラウンドジャズファンク。鬼才ベーシスト&プロデューサーとして名高い BILL LASWELL のバンドのファーストアルバムだ。へー、ヒップホップから前衛ジャズまで横断していく彼のキャリアの始まりってこんな感じなんだー。中核メンバーは、フランスのプログレバンド GONG(=DEAVID ALLEN)のバックバンド(=NEW YORK GONG)として結集した連中。そこに、ニューヨークに蠢いていた地下人脈が吸い寄せられていく。BILL の周辺は、JOHN ZORN、BRIAN ENO、FRED FRITH などなど濃ゆい連中ばっか。
ベースがうねる高速ファンクに、様々なプレイヤーが乗っかってフリーな演奏を展開する。コルネットをフリーキーに吹きまくってる OLU DARA という人物は、ラッパー NAS のお父さんじゃないか。彼をはじめ、ロフトジャス系の黒人ミュージシャンや MILES DAVIS のグループにいたような手練れが多数参加。そして英国プログレ出身の FRED FRITH のユニークなギタープレイがスゴイ。お、バイオリンも弾いているのか。カントリーフィドルみたいな演奏を披露してる BILLY BANG というヤツはジャズの枠に収まらず、サルサなんかもプレイするらしい。プロデューサーは MARTIN BISI という男。MATERIAL の影のメンバーと呼ばれ、その後 BILL LASWELL とともに歴史的名盤 HARBIE HANCOCK「ROCK IT」の制作に関わる。
●このアルバムをリリースした CELLULOID RECORDS という名前も覚えておいた方がいいかも。このあと BILL LASWELL がハウスプロデューサーを務めるレーベル。

THE HUMAN LEAGUE「TRAVELOGUE」

THE HUMAN LEAGUE「TRAVELOGUE」1980年
●この流れで、80年代インダストリアルの方面へ。これは THE HUMAN LEAGUE のセカンドアルバム。このバンドといえば大ヒット曲「DON'T YOU WANT ME」の大味なエレクトロディスコなイメージが強烈だけど、そのヒット以前では全然雰囲気が違うんですよ。すっごくダークで地味。
●というか、マジでバンドそのものの中身が違うんです。バンド創始者で音楽的主導権を握ってたシンセ奏者の二人 MARTYN WARE + IAN MARSH と、彼らがバンドに誘ったボーカリスト PHILIP ORKEY 今後の路線で対立。もっとポップに振りたいボーカルの意見が通って、結局、電子音楽純粋主義の創始者二人が脱退してしまう。もう一人のメンバー ADRIAN WRIGHT はビジュアル担当とかいう役目で楽器ができないので、バンドは実質上一度カラッポになるのですわ。そこから巻き直して「DON'T YOU WANT ME」の大ヒットをその後モノにするのだから大したモンだけど、純粋にダークな音楽を追求してた時代も、それはそれで価値がある。
●脱退した WARE + MARSH の二人組は、その後 HEAVEN 17 というバンドを結成する。そんな彼らが主導権を握ってた時期の THE HUMAN LEAGUE は、インダストリアルな情景を連想させる怪しいエレクトロサウンド。冷えたシンセの響きは、冬の寒さと相性がイイかも。「TOYOTA CITY」なんて曲もある。彼らの地元である工業都市シェフィールドと、愛知県豊田市はイメージがカブるのかな?静かな曲でシンセのフレーズにちょっぴりのオリエンタリズムが香る。シェフィールドといえば、同じインダストリアル系として CABARET VOLTAIRE もいるな。今度聴かないと。
●このアルバムからのヒットシングルは「BEING BOILD」という曲。強いシンセリフとハンドクラップ、ダークなボーカルが怪しい。この曲だけプロデューサーとして JOHN LECKIE が関与。この時代から JOHN LECKIE って活躍してんのか、はーさすが THE STONE ROSES を手がけた辣腕プロデューサー。
●このレコードを買った場所は覚えてる。江東区東陽町のレコ屋 DOWNTOWN RECORDS だ。免許更新の講習に行った帰りに立ち寄った。400円だったっけ。


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