娘ヒヨコの体育祭があったので、見物に行った。そしたらワイフが倒れた。
●中学に入学してから、一回も見たことなかったなあ。気づけば中学三年生、今年でおしまいだ。一度くらい見ておくか。
●そしたら娘ヒヨコ「小学校のころは、校庭の松の木に持たれてパパ爆睡してたじゃん。この人何しにきたんだろと思ったよ。むしろコッチが木陰で寝たいよと思ったよ」。あれ?そんな感じだったっけ?確かに退屈になったら駅前の喫茶店まで行ってコーヒー飲んでたなあ。結局今回も2競技しか見なかったよ、暑いしさ。ムカデ競走の大逆転転落最下位はおもしろかった。
●ところが、朝イチから働いていたPTA役員のワイフが熱中症地味になって途中でギブアップ。家に帰るも激しい頭痛と嘔吐で苦しんでるから、夕方には大きな病院の救急外来までタクシーで連れて行ったよ。顔が黄土色になっててサスガにヤバイと思った。点滴二本をゆっくり打って家に帰ったのは22時頃だったか。
ボクもワイフも、本質的にはかなり虚弱/病弱な人間だ。厄介な持病を抱えて。普通の人間のようには活動できないんだよ。どこかで出力をセーブしていかないといけないんだ。

●関係ないけど、イマドキの病院は中国系のIT大手アリババの決済サービス「ALIPAY/支付宝」に対応してるのね。ちょっとビックリした。この前焼肉屋さんに行ったら、カードは使えないけど「銀聯」は対応してると言ってたし。オンライン決済サービスのグローバルスタンダードは、中国が握るのかな。



スポッティファイの、有料課金ユーザーになった。

spotify-summer-campaign.jpg 

「プレミアム会員3ヶ月で100円」という触れ込みは、インパクトデカかった。無料会員としてはこのサービスを使ってたし、有料会員になったところでそんなに使い勝手がよくなる訳でもないんだけど、無料会員という立場になんだか「負い目」のような突っ掛かるモノを感じてたのだ。これは「タダ聴き」ではないのだろうか?とね。今後は課金することで「タダ聴き」の立場を免れた。これで少し気が楽になる。

「タダ聴き」に対する、過去の巨大な負債(負い目)を背負い続けてる。
●2000年代前半、P2P技術を利用したファイル交換ソフトが引き起こしたコンテンツの違法流通の嵐を、皆さんは覚えてますでしょうか。NAPSTER に始まり、WinMX、 Winny といったソフトが出回り、それらを駆使して世界中のネットユーザーが検索を通じて気になるデータをアップロード/ダウンロード。結果、映像から音楽、ゲームソフトまでが無断無料で取り放題になっちゃった。そんで、ボク自身も猛烈にハマり込んだのですよ。やらかしてしまったのですよ。
●当時はスマートフォンや Wi-fi もまだない時代。インフラは光回線なんて気配の微塵もなく、ISDNからADSLに回線が移行していく時期。そこで数メガのデータをヤリトリするのは結構根気がいることで、一曲ダウンロードするのに10分くらい平気でかかる。当然安定した繋がり方じゃないので途中で切れたり。ちなみにボクがメインに使ってたのはマックに対応してた比較的マイナーなソフト、LimeWire というヤツ。WinMX は利用者が多すぎてウイルスを摑まされるなんて話もあって、これを選んだっけ。
●で、一番ハマった2004〜2005年の間(おそらく世界的にもP2Pソフト違法流通のピークだと思う)で、楽曲の数にして約3万曲をダウンロードしてしまったのだ。コレ今の感覚だとかなりヤバイ状況だけど、2003年頃はよくわからなかったんですよ。iTune Music Store は2005年に日本に上陸したけど品揃えは全く満足いかない内容、ソーシャルメディア的なモノは2ちゃんねるしかなくて(Mixi日記が2004年にローンチ)、ネット世論は匿名に身を隠したオラオラでイケイケムード。ネットのスタンダードとリアルのスタンダードは全く違うかのような感覚があった。
●補足すれば、映像の違法流通啓発キャンペーン「NO MORE 映画泥棒」は2007年からで、それ以前に遵法意識はまだまだサッパリ。そもそも2006年に普及してきた YOUTUBE にもこの段階では公式動画なんか存在してない。ニコニコ動画も2007年に出現したけどヤバさこそが命みたいな感じでしたよ。アニメの違法動画は今では大問題だけど、そもそもP2Pソフト問題は動画がネットに溢れる前の時代で、倫理観が整備されてなかった。
●ただ、P2Pソフトの状況は2006年に大きく潮目が変わった。Winny のソフト開発者が逮捕(のち無罪判決)、著作権侵害の観点から諸外国でも問題視され、サービスが潰されていく場面も。この段階でボクはヤバイと感じて、ダウンロード行為を永久に封印、全ての音源を削除した。あの時点で、自分の行為が法律に触れてたのか触れてないのかよくわからない。その後整備された仕組みでもよくわからない(ボクはアップロードはしたことがない…この辺も法的な切れ目になってたような気が)。
●しかし、良心の呵責の部分では大きなダメージを受けた…。「こんなに音楽が好きなのに、音楽に対して大変な裏切りをしてしまった。音楽の神様に怒られてしまう。ああ、どうしたら音楽の神様はボクを許してくれますか」そこで始めたのが、ダウンロードした音源のリストを記録して、このリストの音源全てを合法的手段でもう一度買い戻すという行為だ。果てしない「贖罪」の旅だ。2006年からもう10年が経って、約30000曲のうち、約28000曲は既に買い戻した。余すところあと2000曲強。多分、CD/LPにして既に2000枚分近くは買ったと思う。該当曲が一曲あればアルバム一枚を買わなくちゃいけないから枚数はかさむ。まあ聴きたくてダウンロードしたモノなのだから、買った限りは楽しく聴くよ。ただ、残り5000曲という段階に入ってからは、音源がレアだったり高額だったりで入手が大変。ローカルなヒップホップ、ダンスホールレゲエ、80年代のハードコアパンクあたりがホントしんどい。結果、地方を含めての中古レコ屋巡りに始まり(先月は甲府に行った)、ツタヤレンタルから海外からの取り寄せまで駆使してる。ボクが激安音源を探すテクを磨けたのは、この贖罪行為を効率化しようとした結果だったと思う。道のりは長いねー。もう10年かかるかな。

スポッティファイ、課金はしたものの、「聴き放題」って、どう捉えたらいいの?
●この「贖罪」観点からの「買い戻し」達成要件は、スポッティファイ上でどうルール化すれば良いのか?今までは財布からナケナシのお金を払って(もはやお寺に高額なお賽銭を納めてる気持ち)それで罪が軽くなる気持ちを味わってた。しかし今後は月額課金行為だけで「贖罪」は成されるのか?「聴き放題」だからと言って、一度聴けばボクのダウンロードリストから削除されることになるのか?そうじゃない気がする。どうしよう。
●…すいませんね、こんな懺悔のような告白と個人的すぎる悩み、完全に意味がわかりませんよね…。

「サウンド・エシックス これからの『音楽文化論』入門」 

そもそも、「音楽の消費」って何だろう?
小沼純一さんという早稲田の先生が書いた「サウンド・エシックス これからの『音楽文化論』入門」という本を読んでたのです。ワイフが点滴打ってる間に。この人は ETV の個性的な番組だった「スコラ 坂本龍一 音楽の学校」で準レギュラー出演してた人だ。浅田彰さんも一緒に出演してたっけ。80年代ネオアカ的な文脈・語彙でクラシック音楽〜現代音楽などなどを語ってた「サウンド・エシックス」=「音の倫理学」と題された本書では、「音楽」という芸術が広い意味で包含する多様な価値を、様々な視点から問題提起している。
●この本が書かれた2002年には、「配信/フィジカルメディア」の対立問題など大きくなっていないはずのに、「MP3」の登場に触れて「パソコンのなかにとりこんでおくのということもあまり意味がなくなって、いつでも配信されるのを聴けばいい」と、すでにストリーミング配信サービスを予言しちゃってる。その他、様々な示唆と膨大な量の参照資料や音源の紹介があって、コレはコレで飲み込むのに相当時間がかかるモノだ。スポッティファイ現代音楽のアーカイブは充実してるかな?聴きたいものがいっぱい増えた。あ、話がそれた。
「音楽の消費」を経済的な文脈に落とせば、収録メディアを金銭対価と交換すればいい。ライブに行ってチケット代を払えばいい。10年前のボクが音楽業界に与えた経済的損失を、今の音楽業界が用意するビジネスの回路(スポッティファイも含む)に戻せば、一応の義理は立つ。ただし「音楽の消費」を経済的解釈にだけ寄り添わせるのは微妙に違う。本質的には、音楽は形を残さないからだ。空気を振動させる音響はそのまま消えてしまう。その音が鳴らされた環境は常に特殊で、二度と再現し得ない。同じ音源であろうと、デバイスが違えば、メディアが違えば、場所と時間が違えば、聴くボクの感情や体調や、聴覚の具合が違えば、全部変わってしまう。その意味では「音楽」はその音を聴いた人間の記憶の中にしか存在しない。そんな示唆をこの本から受け取った。

結論として、ボクはこのブログで記録を続ける。
このブログを始めた2003年以降、ボクは入手した音楽を全てこのブログに記録してる。当然、音源入手に記録作業が追いつかないので1000枚単位で渋滞してますが。ただ結果として、その音源にたどり着いた個人的特殊事情を大切な根拠にして、その音楽体験を記録/記憶してきた。これがボクの「音楽の消費」だろう。「贖罪」という行為がボクの内面の(もしかしたら宗教的な)問題であるならば、その行為を内面の現象として記録するのが一番だ。今までもそうしてきたし、今後もそうする。誰もこのブログ読まないけど。
●それと、スポッティファイも万能という訳ではない。アーカイブされてない楽曲たちがたくさんあることは既にわかってて、ボクがレコ屋巡りを辞めることはできない。しかも、スポッティファイで知った音楽を結局フィジカルメディアで所有したくなる欲求は、なぜか発生してしまうのだ(←ココ、ホントは分析が必要。所有に対する強迫観念?メディアに対するフェティシズム?)。人生は有限で、無限に音楽を聴き続けることはできないが、それでもブログタイトルにもある「音楽中毒」者としてのボクは、お金をレコ屋にブチ撒きながら聴ききれない分量の音源を抱えて生きていくのだろう。





●早速、スポッティファイで聴いてる音楽を語ろう。

CHANCE THE RAPPER「COLORING BOOK」 

CHANCE THE RAPPER「COLORING BOOK」2016年
スポッティファイをはじめとした定額制配信サービスに関わらないとダメだと観念したのは彼のようなアーティストが登場したからだ。彼はフィジカルなパッケージ作品を一度もリリースせず、配信オンリーだけで作品を発表しながら、その能力を買われて大物アーティストと数々のコラボをこなし、スターダムを手に入れた。この最新アルバムもフィジカルのリリースがない。基本的に自主制作で、拠点シカゴの仲間たちと制作している模様だが、ゲスト勢は完全に超大物ばかり。KANYE WEST、LIL WAYNE、JUSTIN BIEBER などなどが参加してる。すげー。
●彼はステージネームでラッパーを名乗ってはいるものの、そのノリは限りなくウタモノな感性。ギリギリまで要素を削ぎ落としたトラックの上で、楽曲の芯を作っているのは彼自身の歌唱とフロウ/メロディだ。ヒップホップ的なビート感覚からもフワリと遊離して、時に生楽器の演奏(ピアノ、管楽器、弦楽器、スティールパンまで)をパッチワークするように構成されたトラックは、同じループを執拗にリピートするヒップホップのイメージを裏切ってる。
●加えて、ゴスペルの気分がすごく濃厚。コンテンポラリー・ゴスペルの大物 KIRK FRANKLIN CHICAGO CHILDREN'S CHOIR の参加。すごく現代的なサウンドを鳴らしてるのに、オーセンティックなソウルミュージックの伝統が色濃く感じられるスタイルに、素晴らしい才能のほとばしりを感じる。

FRANK OCEAN「BLONDE」 
FRANK OCEAN「BLONDE」2016年
スポッティファイで次に聴きましたのがコレ。この人もフィジカルなリリースに冷淡なのかな?AmazonにCDとかが見当たらない。しかし、これも内容に驚愕しましたわ。すげー美しい。JAMES BLAKE、DRAKE、THE WEEKND という流れで、ミニマルなダブ音響に可憐なウタを落とし込むアプローチは2010年代の重要な潮流と勝手に思ってるのですが、またすごい勢いでこの人がバージョンアップしてる。
●ビートミュージックとして進化成長してきたヒップホップが、R&Bというジャンルすら飲み込んで、奇妙キテレツなビート実験を繰り返してはニュートレンドを作ってきたのが90年代以降の流れだったはず。R&Bも元来はリズム&ブルースなのだから、ビートと無縁ではいられないはず。しかし、近年のミニマリズム志向は、ビートを敢えて削り絞って淡白にしてしまう。最初は KANYE WEST「808S & HEARTBREAK」だったのかな。そして英国ダブステップの静謐さが加わり、トラックではなく自らのフロウが生み出すファンクネスだけでヒップホップを構成する DRAKE のようなパフォーマーが登場する。FRANK OCEAN ダブ音響を駆使したアトモスフィアを作り出しているが、もうダブには必須のベースすら放棄して、最低限の楽器(ギター、キーボードなど)だけを伴奏にして、自らのボーカル能力だけで楽曲に集中力を作っている。メロディを導くべきグルーヴもリズムも全て置き去りにして、たった一人で成立させるウタのチカラ。すごい才能だ。
●一方で、クレジットにはナカナカの参謀の名前が。ダブステップの王子 JAMES BLAKE もミニマリズムの開祖 KANYE WEST も、おまけに THE NEPTUNES PHARRELL WILLIAMS も部分的に参加。ボーカル参加で BEYONCE ANDRE 3000 もいる。サンプルソースが ELLIOTT SMITH ってのもユニークだな。一曲目「NIKES」の別バージョンには日本人ラッパー KOHH が参加してたとな。

THE WEEKND「BEAUTY BEHIND THE MADNESS」 

THE WEEKND「BEAUTY BEHIND THE MADNESS」2015年
●2011年のミックステープ三部作「TRILOGY」と同年の DRAKE「TAKE CARE」での客演で大きな注目を集めたシンガー。DRAKE 同様カナダ・トロントの出身で、トロント派の層の分厚さに衝撃を受けたものだ。そんな彼の近作。これはフィジカルなCDを買ったよ。
ダークなダブ音響の中で迸る彼の情熱的なハイトーンボーカルは間違いなく素晴らしい。ただトラックのミニマリズムといえば、やや後退気味で逆にリッチになってる。いや粗末ならイイってわけじゃないけど。というか、彼のボーカルがすでに十分エモーショナルでリッチすぎるから、ミニマリズムも少々の枯れ具合じゃ効かないってコトか。最初の衝撃に比べると、イマイチかも。
●ソングライターやプロデューサーには、盟友のトロント派と見えるカナダ出身者たちと、KANYE WEST と彼のレーベル GOOD MUSIC の連中がいるようだ。スウェーデン系のポップ職人もいるな。スウェーデン系はチトメジャー感が先走り過ぎてるかな。MICHAEL JACKSON みたいになってるぞ。一方で LANA DEL RAY が客演した楽曲「PRISONER」は彼女が持つデカダンの空気が忍び込んでいて、独特の気分を感じられる。

DRAKE「THANK ME LATER」 

DRAKE「THANK ME LATER」2010年
カナダ・トロントをヒップホップの重要都市に仕立て上げた張本人のメジャーデビューアルバム。俳優であった彼を中心に、彼を音楽的に援護するトロントのプロデューサー/ソングライターたちがここで数々注目を浴びた。彼のトラックメイキングには欠かせない、NOAH "40" SHEBIB、BOI-1DA がすでに大活躍。そしてここでも KANYE WEST が客演/プロデュースしてる。KANYE WEST ってやっぱスゴイな、今日紹介している音源全てに関与している。新しい才能への嗅覚と、即座に歩み寄る機動力が半端ないのか。
●今日紹介している音源の中では一番古いこの作品は、十分にヒップホップ的な構成を持っている。比較的シンプルなビートがダブ的に低音を響かせながらゆっくりとループする様は実に中毒性が高い。ただし、そのシンプルなビートに強力な魅力を付け加えているのは、ラッパー/シンガーとしてそのトラックの上で立ち振る舞う DRAKE 本人の佇まいだ。彼のラップは個性的で、朴訥と語るような抑揚のなさと、それでいて独特の粘り気を纏いながらジャストなリズムで言葉を配置するファンクネスが催眠的に作用するほど。シンガーとしてフックラインを歌う時も深いリバーブの中でテンションをグッと抑制してささやくように振る舞う。実にクールでメロウだ。伊達男だ…基本 DRAKE はイケメンだからな。
●客演陣も豪華。ALICIA KEYS が色添える「FIREWORKS」から既にイイ感じ。NIKKI MINAJDRAKE 節に合わせて落ち着いて振る舞う。THE-DREAM ってあまり知らない人だったんだけど、彼が加わった「SHUT IT DOWN」はダビーなベースが響くメロウな佳曲だ。故人・AALIYAH のボーカルをサンプルしてるトコロもイイねえ。その他、JAY-Z、LIL WAYNE、YOUNG JEEZY とワッサワッサする大物がひしめく。
●2010年〜2011年は節目の時期だったんだな。DRAKE が音楽のキャリアを本格始動。そして同年に同じトロントで THE WEEKND が同じ世界観でミックステープをリリース。JAMES BLAKE がファーストアルバムをリリースしたのも2011年。
●それと、これをサウス系重要レーベル・CASH MONEY/YOUNG MONEY がリリース下ってのもスゴイ。北と南で正反対じゃないか。ボクはレーベルイメージからグチャグチャしたサウスバウンスかと思って最初スルーしてしまったもんね。その真価に気づくのに大分遅れてしまったよ。
●さて、これもフィジカルなCDです。もうフィジカルの呪縛を離れて、彼の近作新作や THE WEEKND の最新作「STARBOY」スポッティファイでとっととチェックしろ、って感じはあるのですけど、今ここで聴きたい、という気分がないと次にはいけないのです。「いつでも聴ける」になった以上、「いつどこで聴くか」は外的事情ではなくボクの内的状況に大きく依存するようになっちゃった。スポッティファイは、本当に色々なモノをボクに試すんだなー。




●FRANK OCEAN「SOLO」。まさにウタのチカラ。





スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://unimogroove.blog4.fc2.com/tb.php/2001-c636fb05