●雨の休日には。
●なぜか、息子ノマドとワイフとボクの三人で、任天堂 SWITCH の「テトリス+ぷよぷよ」対戦バトルをして過ごす。


●今日は、少し前に書いてた文章を、ちょっと整えて出します。
80年代音源の「地獄めぐり」という感じかな。




村上春樹の小説「騎士団長殺し」には。
1980年代のヒットソングを、旧式のボルボのカセットテープデッキで聴くシーンが出てくる。

●主人公の親友・雨田はこういう。「おれはCDみたいなものが好きじゃないんだ。ぴかぴかしすぎているし。軒につるしてカラスを追い払うにはいいかもしれないが、音楽を聴くためのものじゃない。音がきんきんしているし、ミキシングも不自然だ。A面とB面に分かれていないのも面白くない」…ボクは音楽を聴くのにメディアを厳しく縛る原理主義者ではないので、もう少し柔軟な姿勢に立つが、気持ちはわかる。時代には時代にあった音楽とその聴かれ方があるってこと。
●そんな訳で、彼のカーステレオには、DURAN DURAN HUEY LEWIS & THE NEWS がかかってる。BERTIE HIGGINS「KEY LARGO」1981年や、DEBBIE HARRY「FRENCH KISSIN」1986年の曲名も出てくる。このへんが小説を読み終わってしばらく経っても気になって仕方がない。で、このあたりの80年代ヒットソング系をしばらく買い漁ってたのですよ。

80年代とは、ボク個人にとっては奇妙な時代。
●1973年生まれのボクにとっては、1990年代以降は、言わば「歴史時代」。ボクは高校生になっていて、自分で自分の聴く音楽を系統立てて選び取っていた。結果、自分の趣味嗜好に寄り添って秩序立てた音楽経験がある。そこでは KURT COBAIN THE STONE ROSES渋谷系も全部リアル。
●その一方で、1970年代以前は、言わば「神話時代」。物心のつかない年齢でリアルな記憶もない。全てが後からの勉強と研究で見知った時代。THE BEATLES JOHN COLTLANE JIMI HENDLIX も神話の中の聖人で、すでにカッチリとした時代の評価が固まっているし、ボクの評価もその影響下にある。
●その一方で、1980年代は、非常に中途半端な時代だ。言わば「先史時代」だ。小学生〜中学生だったボクはまだ音楽に興味がなく、そんな時代への視点には主体的経験も系統だった秩序もない。しかしリアルタイムに生きていた時代だから、中途半端に耳に残っているモヤモヤとした記憶だけがある。正直、思い入れもないのに、奇妙な愛着はあったりもする。
村上春樹が小説の中にあげたもう一つの80年代ヒットソングが、ABC「THE LOOK OF LOVE」1982年だ。うわあ、懐かしい。これが無性に聴きたくて、たまらなくなってた。


●そんで、ボクは突然、甲府まで行ったんです。

ABC「THE LEXICON OF LOVE」

ABC「THE LEXICON OF LOVE」1982年
●で、結局このLPを手に入れた。甲府のレコードショップ「レイドバック」というお店まで行ったよ。なんだか甲府まで行けばあるんじゃないかと予感があったのだが、本当に見つかってビックリした。価格は100円。いくら激安でも甲府まで遠征したら交通費で相殺されるだろうという気もするが、このお店では80年代を中心に100円ばっかり12枚も買ったから元は取れてるだろう(重かったけど)。久しぶりの「THE LOOK OF LOVE」は格別だった。あの耳に残る、中毒性のあるサビ展開がやっぱ見事。あの80年代特有のダンス感覚は、当時はフロア映えしただろうし、ラジオ映えもしたんだろうなー。
●ボクの予備知識では「THE LOOK OF LOVE」しか知らなかったけど、彼らは「ニューロマンティクス」ムーブメントの中心的バンドの一つで、「第二次ブリティッシュインヴェイション」で活躍した代表選手だった。ニューロマは70年代のグラムロックの影響を洗練/発展させて、ヴィジュアル志向のダンディズムを演出。パンクが既成概念の破壊から来るドレスダウンの文化なら、彼らニューロマはドレスアップで80年代の新潮流を体現した。シンセサイザーを大幅に導入して新世代の音響とフューチャリズムを打ち出していたし(バンド初期のドラマーは YMO のツアーに参加するために脱退)、ブラックカルチャー由来とは別質のダンスグルーヴも開発した。それが大西洋を超えてアメリカでもヒットしたという訳だ。ちなみに本作のプロデューサーは TREVOR HORN。さすがの腕前。
●このアルバムで衝撃のデビューを飾り、シングル「THE LOOK OF LOVE」でイギリスとアメリカを制覇。しかし彼ら ABC の全盛期はこの最初でお終いだった。80年代まではなんとか活動してきたが、1991年に解散。1997年の再結成後は、ボーカル MARTIN FRY のソロユニットも同然の状態に。2016年には「THE LEXICON OF LOVE II」なんてアルバムもリリースしてるけど…これは聴かないでいいかな。

SPANDAU BALLET「ESSENTIAL」

SPANDAU BALLET「ESSENTIAL」1981〜1984年
●このバンドもニューロマの代表選手であり、この時代に特有のシンセポップを展開していた。そんな彼らの全盛期〜80年代前半を網羅したベスト。中でも商業的ピークは三枚目のアルバム「TRUE」1983年とそこに収録されていたシングル曲「TRUE」「GOLD」だろう。この二曲はアメリカでもヒットしてるし。「GOLD」はシンセ駆動のダンスポップで、サビの歌い上げっぷりが印象的。その一方で「TRUE」はスローテンポのバラードで、シンセのツヤツヤしたきらびやかと、それでいながらノスタルジーを感じさせるメロディが可憐。
ABC SPANDAU BALLET もメンバーにサックス奏者を備えてたのは特徴的かも。ブラックミュージックとしてのディスコやファンク、ジャズに対して一定の関心があって、そこに対応してホーン系のアレンジを入れたいと思ってたんだね。

A FLOCK OF SEAGULLS「PLATINUM GOLD COLLECTION」

A FLOCK OF SEAGULLS「PLATINUM & GOLD COLLECTION」1982〜1986年
●こちらもニューロマの一角を担ったバンド。奇矯なファッションも注目されたこのムーブメントの中でも、このバンドのフロントマン MIKE SCORE の髪型は一際スゴイ。上のジャケでもすでに異彩を放っておりますが、もうちょっとわかりやすい写真を貼っちゃいます。

hairdo.jpg

●サイドの髪の毛を全部後ろに流して固めて、前髪とともに頭の中央でまとめれば、いわゆる80年代風「つっぱりリーゼント」(またはジョジョ第四部の主人公・東方仗助といった方が今の若い方には馴染むか?つか、氣志團?)になるのだが、この人はサイドだけはバッキリ固めてツノのように立てておきながら、前髪はそのまま顔に長く垂らすというアプローチ。ニューロマがいかに際どいヴィジュアル路線を突っ走っていたか、理解できるサンプルであります。
●しかし、今年で60歳になる彼はすでに見事なツルッパゲで、現在は何もできません。若い頃に髪の毛に無理させすぎた?でもワリとハゲちゃったことも含めネタにして活動を続けてるようでもあるので、ご本人には悔いはないかも。
●代表曲はバンド3枚目のシングル「I RAN (SO FAR AWAY)」か。この曲でアメリカでも評価されてる。いかにも80年代なポップロックでございます。プロデューサーは MIKE HOWLETT という人物。プログレバンド GONG の関係者。
●ちなみに、このCDは北千住のレコードショップ FANDANGO RECORDS にて600円でゲットした。このバンドの音源なんて滅多に見ないから嬉しかったねー。

ultravox「Vienna」

ULTRAVOX「VIENNA」1980年
ダークな気分が濃厚なシンセサウンドがニューロマ濃度の高さを象徴している。このバンドは70年代のうちに三枚のアルバムをリリースしていて、他のバンドが最初のアルバムでブレイクしているのに比べ、ブームが熟成するまでに苦労を重ねたタイプ。実はボーカリストも交替していて、この作品から MIDGE URE という男がフロントを担当した。MIDGE URE は元パンクスで SEX PISTOLS 界隈との交流もあったが、この時期にはパンクサウンドからは決別、ULTRAVOX に加入してからも、ニューロマバンドの VISAGE の準メンバーとして、プロデュースにも携わっていた人物だ。
●さらに、このアルバムのプロデュースは、ドイツのプログレ系巨匠、CONNY PLANK が担当。優雅にシンセサイザーが奏でていく音響が耳に優しい。まさしく、シンセフェティズムとも言うべきか。KRAFTWERK から始まるヨーロッパのシンセ音楽の流れを、KRAFTWERK のエンジニアを勤めた CONNY が中継して見事に商業的な成功まで導いたと言えよう。荘厳ささえ備えるシンセ楽曲「VIENNA」は一番の聴きどころか。どこか冷たい質感の曲。東西冷戦下のウィーンは、当時のヨーロッパ人にはどんな街に見えてたんだろう?……それと80年代ポップスの裏方には70年代プログレ人脈がそこはかとなく見え隠れするのね。

ULTRAVOX「THREE INTO ONE」

ULTRAVOX「THREE INTO ONE」1977〜1978年
MIDGE URE 加入前の、70年代の ULTRAVOX の三枚のアルバムを一枚の編集盤にまとめたもの。この時期のボーカル/ソングライターは JOHN FOXX という男で、彼は彼で脱退後もソロキャリアを進展させていく。この時期のプロデューサーは BRIAN ENO、STEVE LILLYWHITE、CONNY PLANK などで、なかなかの顔触れ。
●しかし、これを聴いてみると、後のシンセポップとは全然結びつかない、素朴なポストパンク・サウンドでビックリする。ギターが活躍するロックで、中にはレゲエのビートを採用したりと工夫はあるのだが、荒削りでどこかドタバタ。シンセ操作もやや不器用。ニューロマの道も一朝一夕でたどり着いた訳ではないってのがよくわかる一枚。「VIENNA」収録の楽曲「NEW EUROPEAN」のギターサウンドにこの時代の痕跡を見て取る事ができるね。一方で、こちら収録の「HIROSHIMA MON AMOR」にはその後のシンセポップの萌芽も見える。
●このCDは、確か東松原の古本屋さん、古書瀧堂で買ったヤツだっけ。500円かな。

THOMPSON TWINS「IN THE NAME OF LOVE」

THOMPSON TWINS「IN THE NAME OF LOVE」1981〜1982年
THOMPSON TWINSニューロマの一角として英米にまたがる活躍をしたバンドである一方、WHAM ! CULTURE CLUB とともに、独自のグルーヴ感覚/ファンク感覚を追求したバンドでもあった。この手のアプローチを80年代には「ファンカラティーナ」と呼んだっけ。シンセ駆動というククリにとらわれず、ドライブするベースや生ドラムにアグレッシブなパーカッション、ポストパンク経由のギターと、折衷的ながらもアメリカのファンクとは別格のスタイルを模索しているようだった。レゲエもカリビアン風も取り込んでやがる。
●このアルバムは、イギリスにおけるファーストアルバム「A PRODUCT OF ... PARTICIPATION」1981年とセカンドアルバム「SET」1982年を中途半端に合体したアメリカ向け編集盤。表題曲で見事アメリカのチャートを席巻。こうやって「ブリティッシュインヴェイション」は進行(侵攻)していったんだね。
●ヒットシングル「IN THE NAME OF LOVE」もいいけど、「LIVING IN EUROPE」ポストパンク経由コールドファンクブリストル派… A CERTAIN RACIO とかを連想させる)なグルーヴが今のボクにはツボ。いやこちらはアングラな本物のブリストル派とは違ってメッチャポップだけどね。
●この時期のプロデューサーはやはり STEVE LILLYWHITE。この時期の彼は U2 の面倒も見てるはずなのに、ULTRAVOX THOMPSON TWINS まで面倒見てたのか、すげえ多芸だな。MIKE HOWLETT の名前も見えるな。こっちは A FLOCK OF SEAGULLS とカブリだ。おまけに UK ダブのプロデューサー DENNIS BOVELL の名前も。
●なお、この音源は下北沢フラッシュディスクランチにて、300円で購入。

THOMPSON TWINS「HERES TO FUTURE DAYS」

THOMPSON TWINS「HERE'S TO FUTURE DAYS」1985年
●アルバムの二曲目「LAY YOUR HANDS ON ME」が耳馴染みある、このバンドの五枚目。実は前述「IN THE NAME OF LOVE」を構成してたオリジナルアルバム二作をリリースした後、バンドメンバーが思い切り減員されて、7人組からトリオになっちゃった。フロントマンの TOM BAILEY、ナイジェリア系のキーボード奏者 JOE LEEWAY、ニュージーランド生まれの女性パーカッショニスト、ALANNAH CURRIE の三人組。TOM ALANNAH は交際してたみたいでのちに結婚〜出産〜離婚する。
●ただ、世間の評価は高まっていて、この五枚目に到るまでに数々のヒットをモノにする。ここでも聴こえる音楽は楽しげなダンスミュージックで見事にファンカラティーナ本格的なブラックミュージックのエッセンスを得るために、本作には CHIC NILE RODGERS をプロデューサーに召喚。このアルバムリリース直前に開催された歴史的イベント「LIVE AID」では注目度急上昇だった MADONNA のステージに参加&共演。彼女の「LIKE A VIRGIN」 NILE RODGERS プロデュースだから繋がったのかな。まさしくバンドとしての最盛期。このアルバムの後、JOE LEEWAY が脱退。男女デュオになったバンドは徐々に失速していく。
●アルバム終盤の楽曲「TOKYO」が珍妙なオリエンタル趣味。湯川れい子さんによるライナーノーツを読むと、メンバーは前年に日本ツアーを楽しんでて、彼女と俳句と松尾芭蕉について語り合ったと書いてある。へー知日派。音楽から全ての無駄を削り取ってもダンスリズムは最後の核として残る、これは俳句と同じだ、そんなことを TOM は語ったという。だからハイテンションでダンサブル。
●ちなみに、これも甲府のレコ屋・レイドバックで購入。100円だったよ。

HUMAN LEAGUE「HUMAN」

THE HUMAN LEAGUE「HUMAN」1986年
THE HUMAN LEAGUEニューロマンティクスの代表選手だね。ヒット曲「DON'T YOU WANT ME」は1981年のヒット。エレポップ/シンセポップの代表格でもある。ただ、そのブレイクぶりも下降線に入ってきたのがこの1986年ごろ。そこで起死回生の一発を狙ってか、なんとプロデューサーに迎えたのが、今も現役のR&Bチーム JAM & LEWIS当時の彼らは JANET JACKSON などを手がけて気鋭のクリエイターになってた。結果、ブラックコンテンポラリーの雰囲気たっぷりの落ち着いたこの曲が完成。全米一位を獲得する。ここで二回目の全盛期を迎えることになるのだが、90年代には活動は徐々に尻つぼみに…。
●ぶっちゃけ、アルバムで聴くほどじゃないかなーと思ってたこの曲、7インチシングルで発見してしまった。下北沢ケージで行われてたレコードフリマで200円だったよ。

SOUNDTRACK「ELECTRIC DREAM」

SOUNDTRACK「ELECTRIC DREAMS」1984年
●映画「エレクトリック・ドリーム」なんて存在は、この盤を見つけて初めて知った。そんな映画のサントラがこのレコードなんだけど、ナニゲにアーティストが80年代的/ニューロマ的/シンセポップ的にとても豪華。発掘現場は甲府・レイドバック、やはり100円で購入。
CULTURE CLUB が二曲参加、THE HUMAN LEAGUE から分派したバンド HEAVEN 17 も参加。「CHASE RUNNER」という曲が見事にエレポップ。ZE RECORDS を代表するミュータントディスコ・プロデューサー DON WAS も登場、60年代モッズディーヴァだったはずの P.P. ARNOLD をプロデュースしてる。60年代の P.P. ARNOLD は聴いてるけどそれ以外の時代って?
●80年代の P.P. ARNOLD を調べてみると…この映画と同年に上演のミュージカル「スターライトエクスプレス」に出演して復活したそうな。うわーこのミュージカルも懐かしい!キャストがローラースケートで走り回るヤツだ!80年代ジャニーズの人気グループ、光GENJI のコンセプトに影響を与えたヤツだ!(光GENJIのデビュー曲はその名も「STAR LIGHT」1987年)
●で、一番の注目は、メインのプロデューサーが、イタリアのシンセポップ・マエストロ、GIORGIO MORODER だってコトだ。ブラックミュージックの牙城であったディスコシーンにエレポップ/シンセポップで殴り込み、本場アメリカのソウルシンガー DONNA SUMMER のディスコヒットを数々ブレイクさせた異端児。そのシンセフェティズムがここでも炸裂。THE HUMAN LEAGUE のボーカル PHILIP OAKLEY とコラボした楽曲「TOGETHER IN ELECTRIC DREAMS」が実にスマートなエレポップでクール。PHILIP は GIORGIO の大ファンだったと言うからこのコラボはタマランだったでしょうね。他にもクラシック楽曲「ラヴァーズコンチェルト」(またの名を「バッハのメヌエット」?)をピコピコエレクトロディスコにした「THE DUEL」という楽曲とか収録されてて、なんだか微笑ましい。
●そして、もう一人活躍しているプロデューサーが JEFF LYNN。70年代には ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA(つまり、ELO)で活躍したミュージシャン。ここでも70年代プログレ雰囲気の人物が関与しているのね。
●さて、映画の内容といえば、人間の女性に恋をしてしまうコンピュータと人間の男性の三角関係のお話らしい。AI の時代を先取ってたのですかね?さすがにそこまでチェックしようとは思わないけど。

THE ART OF NOISE「THE BEST OF THE ART OF NOISE」

THE ART OF NOISE「THE BEST OF THE ART OF NOISE」1983〜1988年
●このユニットは、実は最初に紹介した ABC「THE LEXICON OF LOVE」が深く関与している。あのアルバムをプロデュースしたのは THE BUGGLES での活躍や YES への加入で話題になってた奇才 TREVOR HORN だったと既に触れましたが、この ABC との仕事で彼が集めたエンジニアやプログラマー、キーボードプレイヤーを結集させて、このユニットを作った。バンドメンバーが、エンジニアやプログラマーってのは結構革新的。それが1982年のコト。同時にこのメンツで、SEX PISTOLS のマネジャー MALCOLM MCLAREN が自分名義で発表したヒップホップアルバム「DUCK ROCK」や、FRANKIE GOES TO HOLLYWOOD のアルバム、80年代 YES の大ヒット曲「THE OWNER OF A LONELY HEART」を手がけている。
●簡単に彼らの音楽をイメージしてもらうキラーフレーズがあります。「Mr.マリックのテーマはこの人たちの楽曲」。あーあれ!ハンドパワーですね!と納得できた人もいるかも。でもハンドパワーと見せかけて原曲の名は「LEGS」と言います。このベストには「LEGACY」の名で収録されてます…つーか、このユニット、リミックスが多くてどのバージョンが標準かよくわからんほど。他の代表作「PARANOIMIA」は、サンプリングを奇妙に活用したシンセサウンドが特徴的だけど、コンピュータ上の人工人格をテーマにした80年代のテレビドラマ「マックス・ヘッドルーム」の主題歌ってコトでも刺激的だった。そして PRINCE のヒット曲カバー「KISS」。ボーカルに TOM JONES を招いてキッチュなアレンジ。この曲の12インチ8分バージョンが欲しかった!嬉しい!
●ベストと言いつつ、12インチシングルを集めてるとあって、どれもビートが強めのダンスフロア仕様ミックス。サンプリングとリミックスという90年代的手法を見事に駆使してるという意味でこのユニットは時代を先取りしてた。結果的に彼らは80年代シンセポップの最終形態を完成させ、90年代の到来を準備してたのかもしれない。このベストの次作ではアンビエントにまで挑戦するのですよ。正体不明の覆面ユニットという体裁も、その後の時代のテクノハウスの匿名的な佇まいを連想させる。

ROBIN SCOTTS M「POP MUZIK (HIP HOP 1989 CLUB MIX)」

ROBIN SCOTT'S M「POP MUZIK (HIP HOP 1989 CLUB MIX)」1989年
●イギリス人 ROBIN SCOTT という男が、M というユニット名で1979年に発表した「POP MUZIK」という曲。王道すぎるシンセポップで世界的なヒットになるも、見事に一発屋で終わる。そしてその十年後に、アーティスト名義を本名にしてヒップホップ・クラブミックスなるものをリリースしてきた。これがなんとも言えない珍妙な味で。別にドコもヒップホップじゃないし。ビート感覚は頑張ってハウスっぽくしたかったんだろうなーと気持ちは伝わるけど、モッタリしたエレクトロディスコでシンドイ。
●この12インチは、下北沢ケージのフリマで偶然見つけたもの。100円だったね。正直あまりオモシロイ音楽ではない。でも、80年代の音楽が完全に壁に突き当たって終了してしまった瞬間のように思えた。そんな瞬間を切り取った実に象徴的なシングルなのかもしれない。
●80年代の音楽は、最新鋭のシンセ機材を駆使=シンセポップ、ヨーロッパ白人文化的ファッション美学=ニューロマンティクス、折衷的グルーヴの追求=ファンカラティーナと、3つのエッセンスで推進されていた。しかし、80年代が終わろう時には、これらの文脈をぶっ飛ばすやり方で現れた新しい音楽に完全に機能停止されてしまった。その新しい潮流とは、ヒップホップとテクノハウス。ヨーロッパ白人ではなくアメリカ黒人の地下文化から登場したこの二つの潮流は、既存の白人ミュージシャンには手に負えなかった。まさしく、この ROBIN SCOTT がやらかしてしまったように。


●ボクは80年代を「非常に中途半端な時代」と最初に書いた。ボク自身がリアルタイムに経験した90年代以降のシーンの趨勢/ヒップホップとダンスミュージックの隆盛〜ロックの凋落というトレンドから見ると、どうしても80年代のメジャーシーンはイタイタしい存在に思える。そもそも思春期の少年にとって、自分の一つ前の世代なんてどうしたって敵視の対象になってしまうものだ。そのバイアスはどうしても拭えない。
●ただ、そんな80年代の珍味っぷりは今となっては一つの魅力のように思える。無邪気に夢中にはなれないし、これはキツイと感じるコトも多い。でも、安い値段でつまみ食いするとすれば、ナニゲに愛おしく感じるモノがある。ダメだろなコレと思いながらわざわざ買って聴くという姿勢は、ある意味でマゾヒスティックな感覚かもしれない。でも、なぜか今はそんな「80年代・地獄めぐり」がしたくてタマラナイ。全くもって奇妙な感覚だけど、実際にスゴイ寮の音源を買ってしまっているので、今後もこのブログにて報告させてもらいます。


●そうそう、ここが甲府のレコードショップ「レイドバック」

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●山梨県甲府市中央5丁目3−21。甲府駅から徒歩20分くらいだろうか。
甲府という街は人生で2回目か。前回は日帰り出張の仕事だったので、街をしっかり巡る経験は初めてだった。このお店自体は繁華街を通り抜けた先のちょっと寂しい場所にあるんだけど、その繁華街自体も予想以上に寂しくてビックリした。土曜日の昼間はデパートの中も商店街も静かで、小さな古着屋に高校生が少し集まってる程度。夜になると飲み屋さんで明るくなるのかな?駅前だけは人通りがあったけど、もっと活気を期待してたんだけどな。ほうとうを家族のお土産に買って帰ったよ。
●お店のホームページ:http://ccnet.easymyweb.jp/member/laidback/







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