「サザン・オール・スターズ再聴キャンペーン」(多分その4)
●なぜかサザン&桑田圭祐の音をアタマから聴き直しているワタクシ。今日は1986年~1988年の音源を語っていきます。73年生まれのワタクシにとって中学生時代とちょうどカブリます。思い入れタップリの時代なのです。個人的な記憶と絡めて今日は音源を紹介していきます。

●さて、問題のサザンご一行様。1982年に、桑田圭祐&原由子が結婚。そんで1985年、第一子出産のため原由子が産休に入り、サザンは活動を休止。そこで桑田圭祐は新バンドを始動します。「KUWATA BAND」。名前そのまんまやん。中学一年生のボクでもそう思いました。

KUWATABAND「BAN BAN BAN/鰐」
「BAN BAN BAN/鰐」1986年
●壮大な PHIL SPECTOR 風ウォール・オブ・サウンド。深いエコーが渦巻く大きなスケール感で、悲恋の歌をクワタがシリアスに歌う。切ないギターイントロからドンと弾けるダイナミックなリズムと小粋に差し込まれるシンセサイザー。今の耳で聴いてもボクはこの歌が好きだ。即席とは思えないバンドの一体感、屈指のセッションマンが合体した迫力が、従来のサザンとは違う雰囲気を醸し出してた。

●実はこのEPがボクとって初めて自分のお小遣いで買ったレコードなのです。
●一般的に音楽好きの人はワリと早熟で、小学生の頃から色々な音楽に触れたりしているモノ。年上の兄弟の影響だったりとかして。しかしボクが音楽にハマるようになったのは、随分と遅かったのでした。小学生のボクはマンガとゲーム三昧。ファミコン第一世代であり、今となってはオモチャ以下のパソコン NEC PC-6601 のユーザーでありました。凝り性の性格はこの頃から健在で、マニアであり、オタクでありました。
●しかし、ある日歌番組から流れてくる「BAN BAN BAN」にココロをわしづかみにされたのです。当時ボクは中学一年生の4月。思春期の小僧にアリガチなパターンですが、チッポケな片思いの女の子の顔を、この曲にダブらせて(これは失恋のウタですから)聴いてしまいました。そして初めて、駅前プラザの地下一階にあったレコード屋さんに足へ運び、700円のドーナツ盤を購入したのです。この20年後、自分が6000枚もの音源を所蔵する事になるなんて予想もせずに。これが最初の最初の一歩なのです。

●ちなみにB面収録曲は「鰐」。ワニのウタです。「ワニ、ワニ、水辺の兄弟、ワニ、ワニ、沼地の天才、オッケ~イ!」というウタです。2番は「ゾウ、ゾウ、地上の兄弟」です。あまりにバカバカしすぎて却って耳にコビリつく楽曲であります。

KUWATA BAND の次の動きは7月のシングル2連発同時発売攻撃でした。当時のボクの小遣いでは二枚もイッペンに買うのは不可能だったので実際にこの盤2枚を買ったのは後の時代です。でも必死にテレビからエアチェックして何度も聴きましたね。

KUWATABAND「SKIPPED BEAT/PAY ME」
「SKIPPED BEAT/PAY ME」1986年
スキップビートクワタ的に連呼すると「スケベースケベースケベースケベー」となります。クワタ流のダブルミーニング的テキトー英語が炸裂するファンキーなロックチューン。冒頭のフレーズは「LENNON が流れるロックカフェ~」クワタの音楽世界にはたくさんの音楽偉人が登場しますが、ここでは JOHN LENNON が憑依。広大なロック世界にボクを誘ったのは、クワタ氏のこういう温故知新、先人への敬意です。当時のボクはジョンがどんな男か全く知りませんでしたが、多分ロックな人なんだなと感じるのでありました。
●ちなみにB面は「お金払ってちょうだい、印税払ってちょうだい」とノタノタ英語で歌う曲です。

KUWATABAND「MERRY X’MAS IN SUMMER」

「MERRY X'MAS IN SUMMER/神様お願い」1986年
●この曲も名曲ですわ。夏らしい開放感のあるテンポで、サラリと切ない失恋を軽妙に歌いこなします。7月になぜクリスマスかはよくわかりませんが、そんな違和感は微塵も感じさせない清涼感。気ままにキーボードが踊り回る様子が最高です。
●B面は、萩原健一率いるザ・テンプターズのカバー。GSをカバーに選ぶのもクワタ氏ならではのセンス。これほど洋楽に強く憧れながら、日本歌謡史の流れを彼は絶対に無視出来ないのです。

KUWATABAND「NIPPON NO ROCK BAND」

「NIPPON NO ROCK BAND」1986年
●シングル2枚リリースの翌週、KUWATA BAND はアルバムを発表。やはりボクの小遣いではLPなんて絶対購入できなかったので、駅前雑居ビルの怪しげな貸しレコード屋に行ってレンタルを試みました。当時のレンタル屋さんに現在の明るい TSUTAYA 的な健康なイメージはなく、それはそれはいかがわしく、12歳の小僧には敷居の高いモノでした。LPのレンタル代は一週間で400円。高い。今の方が安いじゃん!当然中一の財布には大金です。
●ドキドキしながら家に帰り早速盤にハリを落とす(←若い人には分からない感覚でしょ)。そしたらですよ、てっきり収録されてると思ってたシングル曲は一つもなし!さらになんと全部英語詞!どーいうこと!ショックー!

●タイトルは「日本のロックバンド」。日本人であるクワタ氏がドコまで本気でロック出来るのか、その限界と可能性に敢えて挑戦した冒険意欲全開の実験作。作詞はゴダイゴの外人メンバー TOMMY SNYDER。音は完全にハードロック仕様。明るく楽しいサザンでは絶対にやらないアプローチ、KUWATA BAND でこそできるバンド感覚。中学生には当然ビックリしましたが、そりゃ聴き込みましたよ。少ないお小遣いから出費した分モト取るために。

KUWATABAND「ONE DAY/雨を見たかい」
「ONE DAY/雨を見たかい」1986年
●季節は秋、11月 KUWATA BAND 4枚目のシングルは寂しいバラードでした。ボクがピクっと反応したのは実はB面。「雨を見たかい」は70年代のカントリーロックバンド CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL「HAVE YOU EVER SEEN THE RAIN ?」のカバー。クワタ氏のアメリカンロックへの憧憬がにじみ出る素晴らしい選曲。原曲の素朴さはそのままで、サラッと聴きやすくしてくれた感じ。もちろんその後原曲を探したのは言うまでもないです。

KUWATABAND「ROCK CONCERT」

「ROCK CONCERT」1986年
●この年に展開したツアーの実況盤2枚組。そしてボクが生まれて初めて買ったCDであり、人生を変えてしまったCDです。
●ちょうどCDというメディアが普及し始めた時期。我が家では何かの抽選でたまたまCDウォークマンが当たってしまったのです(←多分、世界で初めて商品化されたCDウォークマン、「ディクスマン」と言われてた)。さてプレイヤーがあってもCDがない、ということで家族で一枚買おうというハナシになる。そこで「コレ2枚組でおトクだよ」とか言ってムリヤリ買ってもらったという覚えが…。
●で、プレイヤーがCDウォークマンなわけで、従って一名でしか聴けないのですわ。中学一年生のボクは、誰もが寝静まった夜、なぜかフトンの中に潜ってヘッドホンをかけ、そーっとCDをプレイしました。なんでそんな儀式めいた聴き方をしたのか、意味も理由も分かりませんが。ただのバカだったのでしょう。

●CD冒頭からオーディエンスはノリノリ、弾けるドラムとパーカッション、キーボードに煽られながらクワタがカウントを取る、するとあの世界で一番有名なギターリフが、不敵に唸り出る! 本作の一曲目は DEEP PURPLE の永遠の名曲「SMOKE ON THE WATER」クワタカバーで始まるのです!
ガッガッガー、ガガガッガー!あのリフだけで全身に鳥肌が立つ! 何も知らない中一の小僧であったボクは、誰もが寝静まったこの夜中、空からロックが降ってくる、荒々しくて禍々しい何者かが、このボクが住む退屈な街の空を真っ黒に覆っている、という戦慄に震えたのでした。そうです。少年はこの日この瞬間にロックに感電してしまったのです!
●中一の英語力では、このウタがナニを歌ってるのかはさっぱリ分かりません。ただしサビの「スモーク・オン・ザ・ウォーター ファイア・イン・ザ・スカイ スモーク・オン・ザ・ウォーター!」は何となく分かりました。コレはバンドがスイスの湖のほとりでレコーディングをしてたら、 やはり近所でレコーディングしてた FRANK ZAPPA のスタジオが火事を起こしたよ、というしょーもない内容なのですが、「水上に煙、空を覆う炎」というフレーズはこの世の終わりのような黙示録的風景を連想させ、ロックの暗黒のフォースを小僧の脳髄により深くトラウマとして刷り込んだのでした。

●2枚組のライブは、シングル曲とアルバムの英語曲を中心に構成、サザンのイメージとは違うハードロックなコダワリが全編に貫かれています。しかしその他にも数々の名曲カバーが仕込まれていました。BOB DYLAN「KNOCKIN' ON HEAVEN'S DOOR」「LIKE A ROLLING STONE」「BLOWIN' IN THE WIND」、PHIL SPECTOR がプロデューズした THE RONNETTS「BE MY BABY」、そしてPAUL JOHN の息子へ歌った THE BEATLES「HEY JUDE」。BOB DYLAN の曲はいずれもロックにアレンジされ過ぎてて、その後原曲を聴いて猛烈な違和感を感じたほどでした。
●ボクが邦楽洋楽に対して、完全にフラットな視点に立って二者を聴いているこの態度は、この初期体験に理由があるのでしょう。言語には関係なくロックには魔力がある。クワタ氏のボーカルは英語も日本語もみんな一緒に聴こえるし、メッセージの内容に全く関係なく伝わってくるボルテージがある。とにかくこの日ボクはロック少年になったのです。


●1986年に KUWATA BAND の全活動は終了。桑田圭祐は初めてのソロアルバムに挑戦します。

桑田圭祐「KEISUKE KUWATA」

「KEISUKE KUWATA」1988年
クワタ氏はココでまたまた新たな衝撃を放ちました。サザンとも KUWATA BAND とも違うアプローチで、ソロシンガー桑田圭祐が出現するのです。キュビズム風に分解されたシンガーの肖像、憂愁の濃いジャケットに象徴されるように、本作には夏場のお祭り男もいなければ、洋楽に憧れるハードロッカーもいません。
●最新のシンセサイザーを導入しつつ、どこか物悲しいメロディと孤独に震える男の体温がヒンヤリ伝わるシリアスさ、どこか世間をチクリと風刺するシニカルさが、今までのパブリックイメージを完全に裏切っていました。
●このクワタ氏変身の陰には、その後90年代~00年代で巨大な影響力を持つ音楽プロデューサーの存在がありました。彼の名は、小林武史MY LITTLE LOVER、MR.CHILDREN、AP BANK FES.、 音楽事務所「烏龍舎」社長など、現行 J-POP の最前線に立つ男。
●80年代からスタジオミュージシャン、アレンジャーとして活動していた彼がクワタ氏と出会ったのは87年、28歳の時。このアルバムの内ジャケには若かりし日の小林の顔も写っています。彼はこのアルバムの成功で名を上げ、その後5年間に渡り、クワタ氏の参謀、もう一人のサザンオールスターズとして、共同作業して行くのです。

●このアルバムには先行シングルが二枚あります。そのシングルのB面曲にも言及しておきましょう。

桑田圭祐「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)/LADY LUCK」
桑田圭祐「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)/SHES A BIG TEASER」

「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)/LADY LUCK」1987年
「いつか何処かで (I FEEL THE ECHO)/SHE'S A BIG TEASER」1988年
●二曲ともやはり英語曲。ボクは KUWATA BAND を連想させるロックチューン「SHE'S A BIG TEASER」が好きです。ちなみに、これらの曲や KUWATA BAND 時代の曲は1992年に発売された「フロム イエスタディ」でも聴く事が出来ます。

桑田圭祐「フロム イエスタディ」 桑田圭祐「フロム イエスタディ」


●当時千葉県に住んでいたとある中学生は、ロックに目覚めました。しかしこの時ロックに目覚めていたのはボク一人ではありません。1986年以降、ロックを軸に日本の音楽シーン全体に大きな地殻変動が起きようとしていたのです。「バンドブーム」です。ボクの音楽遍歴の中で無視出来ない事件だし、全世界の音楽シーンとも関連する事件なのです。
●一旦「サザン再聴」はお休みして、この「バンドブーム」のお話を、今度してみようと思います。

 「サザンその3」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071206.html
 「サザンその2」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html
 「サザンその1」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-151.html

 
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