DVDで「ホテル・ルワンダ」を観る。ゲンナリする。

「ホテル・ルワンダ」

●ご存知、1994年に激化したルワンダ内戦の物語(実話)だ。高級ホテルの支配人が、大量虐殺を逃れてきた難民をホテルに匿い命がけの奮闘する。内戦はフツ族対ツチ族との民族対立が原因だと言われているが、この民族区別自体が旧宗主国ベルギーの植民地支配によってねつ造されたモノだ。鼻の大きさ、肌の色、身長で区別をしたというが、ナチスドイツがやった人種学(アーリア人が優良人種で、ユダヤ人が劣等人種とするプロパガンダで、骨格や外観を統計的に調査までしてた)と変わらない。そんなコトで沢山の人々が殺し合った。100日間で100万人が死んだ。一日1万人殺すのって大仕事よ。町一つ毎日全滅させてくペースだ。
ルワンダの面積は約26000㎢。福島県+新潟県くらい?ここに800万人の人が住んでる。ここで100万人殺される。8人に1人殺される。40人のクラスで同窓会やったら5人死んでて欠席。「あ?タカハシ? ヤツは家族全員殺されちゃったよ、だってツチだもん、しょーがねーな。あ、そう言えば、コバヤシも死んだな。アイツはフツなのに中途半端にツチをかばったから殺されちゃった。奥さんがツチだったのが運の尽きだね。しょーがねーな。」というトークがなされる訳よ。

ソマリアは91年から無政府状態になりっぱなし。スーダンは西部ダルフール地方に住む少数民族を弾圧し、独立以来200万人が死に、今も100万人が家と土地を失っている。3600万人の人口のうち、100万人を難民にするって政策ってどういう事?アフリカ全土が出口のナイ不毛な憎しみで溢れかえってる。
●なんで殺し合いが止まらないのか。根底の問題は貧困である。狭い国から人が溢れてる。仕事がない、金がない、食えないから、隣人殺さないと生きて行けない。民族紛争なんてちょっとした言い訳。とにかく言い訳つけて余所者を追い出さないと自分が喰いっぱぐれる。外国人労働者への偏見と同根。「ヤツらがオレらの仕事を盗ってる。ヤツらが安く働くからオレの給料も安い」んっ?ちょっと待て!ホントに悪いのは誰だ?アフリカ人が悪いのか?それは違うんじゃないか?どっかで高みの見物をしてるヤツがいる!

アフリカはもう定員オーバーした。共食いの時代に突入してる。でもね、どんなに殺し合いをしても人間の数は減らない。ルワンダはもう内戦以前の人口増加ペースを取り戻したという。だからきっとこれからも生まれた分だけ必死に殺すだろう。地獄だわ。無間地獄だわ。
●これはそう遠くない全地球の姿じゃなかろうか。環境破壊が進行してる。病気になったり仕事や生活、住居を壊されるのは貧乏人だ。原油価格が高騰し株価が暴落してる。物価上昇増税福祉切下げは貧乏人を苦しめる。捌け口のナイ憎しみが社会全体世界全体に沈殿する。アフリカ、人類発祥の地は人類滅亡の始まりの地になっちまうのか。

アフリカ読書。

あふりか本
 
ジョン・ロード「黒人アフリカの美術」
●アフリカの歴史が植民地支配と奴隷貿易で混乱する以前の、古きアフリカの美を追求する。しかし、これが難しかった!文字を持たないアフリカ文明は自らを語る歴史を持たない。彼らを蛮族と見なす西欧文明の偏見が、彼らの文化を歪めてしまう。そして植民地支配時代に行われた美術品の収奪。片っ端からアフリカ人の財産がヨーロッパに運び去られた。民芸品をお土産感覚で摘んでいくのと同じ感覚で。だから、メチャクチャにされた歴史からアフリカの真の姿を抽出するのがメチャメチャ難しい。
●そもそも、美術の概念の位置づけが、西欧美術とアフリカ美術で全く違う事を思い知らされる。西欧美術は、個人によって表現され、他者によって鑑賞されるコミュニケーションの一形態だ。
●アフリカ美術は、そうではない。その作品単体だけでは成立せず、衣装や仮面として舞踏や儀式の中で使われて初めて表現が完成する。しかもその儀式は秘密にされ、舞踏家として参加しその作品の一部になる他に表現を体感することはできない。客観的に鑑賞されるモノではないのだ。ヨーロッパ人は、その表現の断片を拾い上げて「粗末な木彫り」などと過小評価していた。ホント浅ましい。

あふりか1
 
●モノクロながら大量の図説のあるホン。迫力の表現に息を飲む。


アフリカ音楽。

JOHNNY CLEGG  SAVUKA「SHADOW MAN」

JOHNNY CLEGG & SAVUKA「SHADOW MAN」1988年
南アフリカ共和国のミュージシャン。でもこのジョニーさんは白人なんです。白人でありながら、アパルトヘイト政策下の南アで、土着文化ズールーに魅かれた男。黒人の友人とともに音楽活動を開始。しかし公の場では黒人はプレイ出来ないし、白人のジョニーは黒人地区に無断で入ったとかいって逮捕されたり…。
●しかし地道なストリート活動と反人種差別のメッセージ、ズールー音楽と西洋音楽を結合したスタイルが注目され、ワールドミュージックに湧く80年代フランスで評価される。抜けのイイ躍動感あるリズムに明るい曲想、ジャケもズールーのダンスを素材にしてる。フランス人って黒人音楽に開けてるよね…ジャズも本国アメリカよりもフランスの方が早く高く評価してたし。
●でも、世界デビューを前に、相棒の黒人青年は「昔からの夢、農民になるよ」と言って去っていった…。アフリカ人はアフリカの大地に根差して生きる。これもある意味アフリカらしさなのかな。
 
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