最近はクソ寒い。寒いのはダイキライだ。
●で、今日は散歩もせず一日家に籠る。気分だけでも南国の島々へ。今日のテーマは島の音楽。

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カリブ海、ハイチの音楽から行きましょう。


SPIRIT OF LIFE「HAITIAN VOODOO」

SPIRIT OF LIFE「HAITIAN VOODOO」2005年
ハイチはカリブ海に浮かぶイスパニョーラ島ドミニカ共和国と東西ハンブンコに分け合ってる国。宗主国フランスからの独立はメチャ早く1804年。1789年フランス革命での勢いに乗って、ここでも革命独立しちゃった。中南米初めての独立国家で世界初の黒人共和国。実にご立派な歴史だ。しかし、現在政権はクーデターなどなどで混乱し、ジャングルの乱伐で環境破壊も急速に進んでいる。世界でも最貧国にランクイン。世にもしんどい国になってる。
ハイチの文化で有名なのはヴードゥー教VOODOO とか VODOU とか HOODOO などなどと綴られる。この国のマジョリティは、奴隷貿易で連行されてきた黒人奴隷の子孫たち。生まれた土地も言葉も習慣もバラバラな寄せ集めの黒人奴隷たちは、支配者に隠れて自分たちだけの文化、宗教を新しい土地で生み出した。それがヴードゥーだ。永く狂信的なカルト扱いをされてきて、やっと公式に合法化されたのは1987年。数百年の時を越えてこの信仰のチカラは生き残った。
●中南米の黒人奴隷に根付いた民衆信仰はたくさんある。キューバサンテリア、ブラジルマクンバ、ジャマイカラスタ信仰だってその一つだ。どんなにアイデンティティを剥奪されようと、奴隷として人間性を否定されようと、その血と遺伝子に刻み込まれたリズムが、躍動感溢れるグルーヴとして発現してしまう。その逞しさは感動的だ。
●この音源は SOUL JAZZ RECORDS のスタッフが現地に乗り込み、本物の司祭と大勢の太鼓タタキ、女性シンガーたちを集めて録音したモノだ。沢山のドラムがドコドコ鳴らされ、司祭の呼びかけに男女の信者がユニゾンコーラスで応える。太古の血脈が身体の中から湧き上がるような力強さがある。その素朴さが苦難の時代をしなやかに乗り越えた柔軟なタフさを象徴してる。


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次はお隣の島、キューバ。


TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE「AFRO-CUBAN MUSIC FROM THE ROOTS」

TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE「AFRO-CUBAN MUSIC FROM THE ROOTS」2006年
●黒人キューバ音楽の一流派「TUMBA FRANCESA」という言葉を英語に訳すと「FRENCH DRUMS」となるそうな。キューバ文化のバックボーンは、宗主国スペインとアフリカ黒人の文化。なんでフランスなの? それは前述のハイチ独立がポイント。ハイチの革命独立で、大勢のフランス系住民&解放黒人奴隷がキューバにやってきた。そんな彼らがもたらした影響がキューバ音楽には含まれているらしい。でも実際のトコロ、その影響は完全に溶け込みきってフランスのフの字も残っちゃいない。名前だけは昔の看板でやってますっつーこと。
●太鼓をドンドコ鳴らすのはヴードゥー音楽と同じのようだけど、タンバとかタンボラとか色んな名前の大小の太鼓が、よりハイテンポでラテン的な細かいニュアンスを加えてくれる。そこに女性のリードシンガーが朗々と歌を歌い、大勢のユニゾンコーラスが後を追いかけてくる。お祭りに鳴らされるこの音楽では、だれもがカラフルな植民地時代の衣装を着て舞い踊る。男性はフランス風の礼服で着飾り、女性はキレイなスカーフを頭に巻いてそれはそれは美しい。内ジャケの写真だけでウットリするわ。ヴードゥーには呪術を感じるが「TUMBA FRANCESA」には素朴の中に洗練が見える。
●これも SOUL JAZZ のCD。今回レコーディングに参加した TUMBA FRANCESA LA CARIDAD DE ORIENTE というバンドは、1862年解放奴隷たちによって設立された由緒あるチームらしい。明治維新の前だぜ。すげえ。


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ハイチ、キューバときて、次はジャマイカ。レゲエです。


「STUDIO ONE KINGS」
VARIOUS ARTISTS「STUDIO ONE KINGS」1967-73年頃
ジャマイカもイギリスを宗主国とした植民地で大勢の黒人奴隷が連行された土地。ここでもオリジナルの土着音楽が発生するのだが、今日これまで取り上げてきた宗教音楽やお祭りの音楽と違って、コレは20世紀の商業音楽。スカ、ロックステディ、そしてレゲエがこの島から生まれた。
●1950年代のジャマイカでは、ニューオリンズやマイアミといったアメリカ南部のラジオ局からジャズやR&Bが電波に乗って流れてきていた。お祭り好き、ダンス好きの島の人々はこれらの音楽で踊っておったが、何ぶんアメリカのレコードは入手が困難。ラジオだけでは限界がある。
●そこに現れたのが、CLEMENT "COXSONE" DODD という男。1959年、この島で初めてマトモ?なレコードビジネスを立ち上げて、自分たちの手で踊れる音楽を作り始めた。彼はミュージシャンじゃないのに、明白なヴィジョンを持ってジャマイカ産のユニークな音楽を制作した名プロデューサー。彼が作ったレコーディングスタジオがその名も「STUDIO ONE」。このスタジオがレゲエ史の中でなぜ神格化されているのか、これで納得して頂けたかな。全てはここから始まったのだ。
●彼の動きを口火に、多くの人々がスタジオを作り、レーベルを立ち上げ、サウンドシステムと呼ばれる野外ディスコで演奏、またはレコードをスピンした。50年代~60年代にはR&Bの影響を吸って「スカ」が誕生、60年代~70年代のソウル時代には「ロックステディ」へ進化、そして70年代のファンク時代にいわゆる「レゲエ」が成立する。アメリカの黒人音楽に強く影響されてるはずなのに、それがただのコピーにならず、独自の色が思い切り塗り込まれているジャマイカの音楽。ここにこの島の人々の強靭なオリジナリティと逞しさを感じる事が出来る。
●このCDに収録されているのは、初期レゲエ期の録音、COXSONE DODD とともにジャマイカ音楽の黎明期を支えた名シンガーの歌唱。まさしく「キング」と言われるにふさわしい人々。例えば JOE HIGGS BOB MARLEY のウタのお師匠さん。そんな連中ばっか。
COXSONE DODD のライバルとして激しく競い合ったジャマイカの重要人物を1人紹介しておこう。ARTHUR "DUKE" REID。彼も DODD とほぼ同時期からサウンドシステム&レーベル稼業を始めている。DUKE REID のレーベルは「TREASURE ISLE」。TROJAN RECORDS から凄まじい量のコンピが売られてる。残念ながらボクはコッチまでは網羅出来まへん。お金が続かない。


「STUDIO ONE DUB VOL.2」

VARIOUS ARTISTS「STUDIO ONE DUB VOL.2」1970年代?
「DUB」という言葉は完全なレゲエ用語っす。辞書で引けば「ダビング」という意味が出てくる。が、コレだけではいわゆる「ダブ」の意義は全くわかんない。
ダブは、超ザックリ説明すると、カラオケですわ。バンドとシンガー集めて一曲作ったら、アコギなプロデューサーは、ボーカルだけを抜き取って別のシンガーに別のウタを歌わせるという「名案?」を思いついたのだ。こうして使い回しされるようになった定番バックトラックを「リディム(RIDDIM)」と呼ぶ。歴史を超えて超定番になったモノは敬意を込めて「ファウンデーション(FOUNDATION)」とも言われてる。ダブは、こうした用途に使われるインストトラック。野外ディスコ「サウンドシステム(SOUND SYSTEM)」では、このダブをバックに DJ が勝手に節を付けてガナり、お客を煽った。この習慣が巡り巡ってラップ、ヒップホップの起源につながっていった。
●厳密に言うと、ホントにボーカル抜いただけのカラオケは「ヴァージョン(VERSION)」と言われてて、ホンマモンのダブとはちょい言い切れない。ダブは、ボーカルを抜き去った後に、スタジオエンジニアがアレコレいじくり回すトコロから面白くなる。この電気的処理の手法そのものが「ダブ」。具体的にはアタマ狂ってるんじゃないのってくらいにエコーやリバーブを響かせてトリッピーな音楽空間を作るコト。クサ吹かしてテープを土に埋める奇人までおったです。こうした発想が後に「リミックス(REMIX)」という手法に進化して全世界に普及。この小さな島国の音楽が全世界に与えた影響はホントに計り知れない。
●本作CDのダブは、70年代に花開く本格的なダブ時代の名作に比べると、正直原始的。あんまりダブダブしてなーい。オーセンティックなスタイルで知られる STUDIO ONEダブ時代の新流行とはズレてるんかな。DUB SPECIALIST という男がミックスを手掛けてますがコレは COXSONE DODD の変名。しかし、ダブ時代に活躍するプロデューサー、エンジニアの多くがこの STUDIO ONEで修業時代を過ごしたのも事実。OVERTON "SCIENTIST" BROWN、LEE "SCRATCH" PERRY などなど。
●実際の演奏をしているバンドも注目。基本はスタジオ付きのハコバンド。SOUND DIMENSION は名キーボーディスト JACKIE MITTOO が在籍してた。BRENTFORD DISCO SET ってバンドも出てくるががこれはボクには正体不明。でも BRENTFORD ROAD ってのは STUDIO ONE があった通りの名前で、2004年にその功績から STUDIO ONE BOULEVARD と改称された、というイイ話がある。

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VARIOUS ARTISTS「JAMAICA FUNK - ORIGINAL JAMAICAN FUNK AND SOUL 45s」1972-1978年
●アメリカのファンク、ソウルがレゲエの進化/深化に貢献したのは前述の通り、しかし宗主国イギリスとの関係がこの国に与えた影響も計り知れない。大量の移民がイギリスに出向き、コミュニティを作った。そこでイギリス国内の黒人音楽愛好家(モッズからパンクスまで)にレゲエは注目されるようになったのだ。新しい市場を得たジャマイカ音楽はさらに深化する。
●本作CDには JAMES BROWN THE TEMPTATION、EARTH WIND & FIRE、BILL WITHERS などなどソウルやファンクの巨人のカバーが満載。中にはイギリスで制作されたモノも。この時代になるとジャマイカとアメリカをまたいで活動するシンガーも出てきた。ボク的なフェイバリットは AUGUSTUS PABLO「AIN'T NO SUNSHINE」のインストカバー。渋いダブで心にジンワリ染みる。ソウルの名曲「PEOPLE MAKE THE WORLD GO ROUND」のカバーも染みるわ。


BURNING SPEAR「DRY  HEAVY + MAN IN THE HILLS」

BURNING SPEAR「DRY & HEAVY + MAN IN THE HILLS」1976,1977年
BURNING SPEARSTUDIO ONE からキャリアを起こしたシンガー。その後、ジャマイカ育ちのイギリス人 CHRIS BLACKWELL が立ち上げた「ISLAND RECORDS」へ移籍、1975年に名作「MARCUS GARVEY」を発表する。
●ここでちょっと寄り道。MARCUS GARVEY って誰? この人のコトはレゲエを聴く上では知っておいた方がイイっす。彼は20世紀初頭にジャマイカを拠点に黒人解放運動を繰り広げた思想家&活動家。奴隷制度により故郷アフリカから新大陸へ連行された黒人たちを、ユダヤ人のバビロン捕囚&海外離散になぞらえて語り、アフリカを黒人の手に取り戻せ、ヨーロッパの植民地主義を排斥しろと叫んだ男。言わばジャマイカのヒーロー。彼の思想が民衆レベルまでに浸透して生まれたのが、ラスタファリズム信仰。ラスタにとって彼は予言者なのだ。(彼自身はキリスト教徒で宗教を起こすつもりは微塵もなかったっぽいですが…)
●この通り、ラスタ信仰は20世紀に生まれた新興宗教。ジャマイカ人の中でも信者は10%程度。レゲエ=ラスタのイメージがどうしても強いのだが、決してレゲエラスタ思想だけを歌っているわけじゃありません。
●ただし、BURNING SPEAR に関してはその「燃える槍」の名の通り、そのメッセージは過激、ラスタの思想を体現し、同時代のパンクスにすら影響を与える存在になった。このCDは、その「MARCUS GARVEY」をリリースした後に発表した2枚のアルバムを束ねたもの。やはり、そのメッセージは底辺の人々から見上げた社会風刺の色が強い内容になってる。様々なディスクガイドが70年代の彼を絶賛してる。ルーツレゲエの全てがココにある、って位の賛辞で。
こんだけの予備知識をくっつけて、さあCDを聴こうと意気込むと、アナタは絶対ズッコケます。ふふふ。かく言うボク自身がズッコケた当事者です。どんだけ激しいシャウトが聴けるのかと思うと、ところがどっこいスンゲえノドカ。ハイパー超いい湯加減です。ホカホカです。ノンビリしたグルーヴに人の良さそうなオジさんのヨタヨタしたウタが温かく響くのです。このギャップ!ズッコケます。アタマデッカチな音楽の聴き方してるコトを痛烈に反省させられます。これがレゲエの奥深さ。メッセージが過激なら表現も過激か?それは我々の偏見。レゲエはもっとハートの奥深くで作用するのです。
ボクは「MARCUS GARVEY」を随分と寝かせましたね。ボクはよく分からない音楽に出会ったら、それが自分なりに理解出来るようになるまで寝かせておくのです。ワインみたいなモンですか。ピンとこねえやすぐ売っちゃお!はしません。CDを買ったのは8年前、数年かけてそのグルーヴのタフさにビリビリできる耳を育てるコトができました。
●そしてこのハイパー超いい湯加減なボーカル。タフなバンドの演奏に身を委ねながら、そのバンドの音を忘れて彼の声、コーラスに意識を集中するのです。すると、南の島の農場の風景が見えてくる。小作人のオジさんオバさんオニイちゃんオネエちゃんが額に汗して一生懸命働いている。キツい労働を少しでも紛らわせるために誰かがハナウタを歌い始める。つられて他のみんなもハナウタを歌い出す。畑を耕すテンポに合わせてゆっくりとしたウタがフワフワと生まれる。BURNING SPEAR のウタはそんな音楽なんです。こりゃボクの妄想です。でもだからこそ彼の声は民衆に愛されたのではないでしょうか。そう思うのです。


BOB MARLEY  THE WAILERS「UPRISING」

BOB MARLEY & THE WAILERS「UPRISING」1980年
●さあ、ジャマイカの最大のヒーロー、レゲエ界の最高のスターの登場。BOB MARLEY。彼の音楽に人生狂わされた人々は沢山いるでしょう。彼も初めはCOXSONE DODD STUDIO ONE に出入りしてたシンガーだった。一時期はスタジオの隣の廃車の中に寝泊まりしてたというチンピラ。PETER TOSH BUNNY WAILER の三人で THE WAILERS を結成し、奇人 LEE "SCRATCH" PERRY の制作で多くの音源をリリース。それらの音源は珠玉の仕上がりで素晴らしいモノばかり。世界デビュー以降の彼の音楽よりもコッチの方がイイかも。
●一介のチンピラからシンガー、そして敬虔なラスタへと成長した BOB は、前述の CHRIS BLACKWELL に誘われ ISLAND RECORDS からデビューする。1973年、全世界にレゲエの名が響き渡った瞬間。CHRIS BLACKWELL はビジネス感覚に長けた男だったのでロックファンにもアピールするような細工も仕掛けたようだ。ISLAND はその後 U2 などのロックバンドまで手掛けるメジャーレーベルに大成長したし。
●そんな連中との付き合いにクタビレたのか1974年に PETER TOSH BUNNY WAILER は脱退。BUNNY WAILERはバビロンな乗り物・飛行機にも乗らないというハードなラスタ信者なので、世界デビューなんぞ無理ってわけ。THE WAILERS は、BOB とバックバンド、そして奥さんの RITA LEE を含んだコーラスグループ I THREE という編成になります。BOB MARLEY & THE WAILERS の誕生です。
●そんで、本作CD。ISLAND からリリースされた9枚目。ドメジャーな曲で恐縮ですが「REDEMPTION SONG」がやっぱり好き。救済の唄…。美しいアコースティックなナンバー。そしてファンキーな「COULD YOU BE LOVED」。そしてこの作品を発表した翌年、BOB は脳腫瘍を患い36歳で亡くなるのであった。

CITY HEAT

CITY HEAT「WORLD RUPTION」1980年代後半?
●このバンドは、その後R&Bテイストのレゲエを歌い国際的なシンガーになる DIANA KING が無名時代に在籍してたバンドの音源、世界初CD化っつー代物っす。義弟KEN5くんがくれたCDなんだけど、正直詳しい事がよく分からない。
DIANA KINGARETHA FRANKLIN みたいなシンガーに憧れて、13歳にして家出。観光地のホテルのバンドに潜り込み、お客の前でウタを歌って暮らしていたという。ホテルのバンドでは様々なジャンルの音楽を歌ったけど、レゲエはやらせてもらえない。そこで出会ったのがこの CITY HEAT というバンド。ティーンエイジャーの頃の2年ほどを、このバンドのシンガーとしてジャマイカ各地を回ったらしい。
●アメリカのR&Bシンガーのように奔放に歌う様は、とてもティーンとは思えない非凡な技術と根性を感じる。そこにヒンヤリと乾いたバンドのグルーヴ、ちゃちいシンセのオーケストラヒットとかが安くマブしてあって、実に80年代後半らしい気分が漂っている。当時のレゲエは、打ち込み主体の「コンピュータライズド(COMPUTERIZED)」というスタイルが出現し、ダンスホールレゲエの時代に突入している。それでも一応ルーツレゲエの体裁をとっているので、最初はUKレゲエなのかなとか思ったりした。この時代にはこの時代の味わいがある。レゲエってイイねえ。
●このバンドを抜けた彼女は、SHABBA RANKS の海外ツアーにコーラスとして同行したりしてる。SHABBAダンスホールレゲエでいち早く国際的評価を掴んだ男だ。彼女自身がブレイクしたキッカケは、冬季五輪ボブスレー競技にジャマイカのチームが参戦した珍事(実話)を描いた映画「クールランニング」のサントラに彼女の曲が採用されたコト。そしてソロアーティストとして活躍していくのでありました。


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次の島に行きましょう。トリニダード・トバゴです。

CHARLIES ROOTS

CHARLIES ROOTS FEAT. DAVID RUDDER & TAMBU「SAVANNA PARTY」1992年
●カリブ海をグルッと取り囲む島国たち。西はキューバから始まり、イスパニョーラ、ジャマイカ、プエルトリコ、そして沢山の小島を経て最後の南米大陸べネズエラまで突き当たる。その最後の小さい島国がトリニダード・トバゴ。至ってシンプル、トリニダード島トバゴ島の二つで成り立ってる国ですわ。
●ここも根強い黒人文化が花咲く島。なんといってもカリプソの発祥の地。カリプソは風刺色の強い音楽で、その攻撃的なリリックはレゲエにも影響を与えている。一方でカーニバルが大好きなお国柄、カリプソはカーニバルの楽しいパレードを彩るダンスミュージック。さらには第二次大戦後に島中に放置されたドラム缶からスティールパンという素晴らしい楽器を生み出したのもこの小さい島の人たちなのである。
●1980年代以降は古典カリプソにソウルの要素を足してソカというスタイルが生まれた。70年代から活動する彼ら CHARLIES ROOTS は、カリプソソカもこなすヴェテランバンド。アルバムタイトル通り完全なパーティーアルバム、スティールパンも楽しく響く、分厚いホーンも賑やか、古典カリプソもソツなくこなし、時にはフュージョンめいた洗練されたビートもこなす。デカイ音で聴くとカラダが暖まる!


HEMO + MOOFIRE「SOCA GREATEST HITS」

HEMO + MOOFIRE「SOCA GREATEST HITS」2007年
ソカは21世紀に入るとジャマイカダンスホールレゲエの影響を受けて、より高速化してアゲアゲチューンに進化する。KEVIN LYTTLE「TURN ME ON」の世界的ヒットでソカの知名度は一気に広がり、日本にも愛好家がグンと増えた。HEMO + MOOFIRE はそんなソカの魅力にかなり早くから注目して日本のダンスホールシーンでソカを鳴らしてた2人組女性セレクター。ボクは KEVIN LYTTLE の来日ショーケースライブでスピンしてた彼女たちのプレイに一発でヤラレました。あの娘たちはナニをかけてるんだ?これはレゲエじゃないぞ!コレが本物のソカっていうのか!それから彼女たちのコンパイルするCDには特別の注意を払っています。
●まさしくこれぞ最新型のソカってラインナップですけど、ぶっちゃけ現地のアーティストさんたちがどんな人たちか全然ボクにはわからない。ライナーを丁寧に読むと、なにやら近隣の島々、バルバドスとかバミューダからも参戦、普段はジュース屋さんというお兄ちゃんのウタから、US R&B の AKON カリプソミックスまで収録。
●でも一番頼もしいのが日本人の曲。MINMI「SHA NA NA - JAPANISE WINE」が見劣りしないスーパーチューンで素晴らしい!「WINE」てのはレゲエ~ソカ界隈では、グラスの中で揺れるワインのようにオシリをセクシーにふる女の子のコトみたい。いいねえ、ジャパニーズワイン!MINMI ダイスキ!
●最後に収録のボーナストラックだけMINMIの日本語曲。ソカ高知よさこい祭りのグルーヴが似ているという着想から HEMO + MOOFIRE が手掛けたよさこいミックス。ヤバい、よさこいまで聴きたくなってくる。


HEMO + MOOFIRE「SOCA ESCAPE」

HEMO + MOOFIRE「SOCA ESCAPE」2005年
●こちらは HEMO + MOOFIRE がプロデュースした「SOCA ESCAPE」というRIDDIM で作ったワンウェイアルバム。「ワンウェイ(ONE WAY)」とは、同じバックトラック(前述したリディム(RIDDIM)のこと)で各個のシンガー/DJが全然別のメロディを乗せて歌い競うスタイル。ダンスホールレゲエじゃよくある定番パッケージっすね。百者百様のアプローチで全然飽きない。


●あーあ。またムダに長く書いちゃった。きっと誰も読んでないんだよなあ。
●最後に参考文献を。

「NEUTRAL」2007年5月号「美しき十字路 中米カリブ」

●雑誌「NEUTRAL」2007年5月号「美しき十字路 中米カリブ」
●ボクの関心は、アフリカ黒人がヨーロッパ文明によって与えたれた甚大な破壊被害(奴隷貿易と2大陸にまたがる植民地支配、人種差別)と、そんな過酷な運命に晒されながら、自分たちの文化をゼロから再構築した力強さにある。ブラックミュージックにいつも励まされるのは、その不屈の魂、文字通りのソウルが宿っているからである。
●文化は、政治闘争である。メディアに飛び交う情報はそれ一つ一つが弾丸である。全ての表現にイデオロギー的な意味が込められており、弱肉強食の闘争状態を繰り広げている。ボクはメディアの中の情報/記号の海に漂い、この闘争を眺めている。そして闘争の意味、流れを読みたいと思っている。それを半ば職業にもしてしまった。とてもスリリングで刺激的、時に恐怖すら感じる。皆さんにもこの楽しみ?を理解していただけると、とてもうれしい。

●ボクの中で、島の音楽はまだブームです。近くまた南の島を取り上げようと思います。
 
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