桑田圭祐のニューアルバムが今週出た!

桑田さんのお仕事 07:08 ~魅惑のAVマリアージュ~

●2007年のソロシングルをまとめたモンだけど、DVDが素晴らしい。KUWATABAND 時代からの課外活動を総括した内容のソロライブが28曲分収録!欲しいよ~!しかし5500円!高い!
●しかもそれ以前に、病気となんとか折り合いをつけて現場復帰するまで、CDは買わないと誓いを立てたので、今は買えねえッス。銀座 HMV でピックしたフライヤー握り締めて、「うーん、欲しいけど、買わない!」と叫ぶ。ワイフが「エラい!」とほめてくれた。
これも限定生産盤かなあ? くそ~、店からなくなる前に現場復帰しないと…。のんびりリハビリ生活に、強いモチベーションが出来たぜ!


●さて、実はぼく、「サザンオールスターズ再聴キャンペーン」ってのをやってました。自分でも半分忘れてたけど。

クワタを聴け!

●で、いきなり再開です。副読本「クワタを聴け!」を片手に、古い音源を探っていきましょう。シリーズとしては、5回目? 1988~1991年頃の桑田圭祐&サザンオールスターズを追いかけます。キーワードは、「稲村ジェーン」と小林武史。


1988年、サザンデビュー10周年、そんで再始動。
●1985年、ハラボー A.K.A. 原由子の産休でサザンが活動休止。そこから桑田圭祐 KUWATA BAND やファーストソロなどの課外活動に勤しんでいました。でも88年はバンドのデビュー10周年目、なんかやんないとカッコがつかない。ということで、やっとサザンが再始動。復活第一弾シングルがリリースされるのです。

SASみんなのうた サザンオールスターズ_
「みんなのうた/おいしいね~傑作物語」1988年
「みんなのうた」サザン史に輝くビッグアンセムだよね。でも意外なことにオリジナルアルバム未収録シングル。「夏~!熱い~!サザン~!」という三段論法が見事機能した痛快ソングですわ。
●一方、ここでしか聞けないB面曲「おいしいね~傑作物語」は、ちょっと陰気なモードで、当時の音楽業界を皮肉る内容。リリックもさえてます。「ぐっと産業ロックの陽が昇る、商う人だらけ…」「ちょいとギョーカイ不惑(FUCK)にけがれてる、売り込むためならば…」
サザン休止~復活までの数年間で、日本の歌謡界は大きな地殻変動を起こしており、サザンの立ち位置も変化していた。サザンデビュー時、このバンドは歌謡会で完全に異端&色物扱い、ロック自体が理解されてなかった。しかし1980年末は「イカ天」現象などなどバンドブームで、にわかロッカーがバブルの金でもてはやされてる状況。あげく「10周年だからさ~おいしいじゃ~ん」的な事情で自分はシングル作ってる。自虐を込めてのキツいアイロニー。


●映画「稲村ジェーン」1990年。

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●当時バブル経済の勢いはスゴいもんで、クワタ氏自身もちっと調子に乗ったのか、映画監督に挑戦してしまった。主演は加勢大周&清水美砂。舞台は1965年の湘南。ロングボードを乗っけたオート三輪ミゼット、伝説のビッグウェーブとジェーン台風。そう、映画「稲村ジェーン」である。
●しかし、さすがのクワタ氏も、完全アウェーの監督業とサザン復活アルバム制作の同時回転にはさすがにアップアップ。当時素朴なリスナーだったボクには知る由もなかったけど、この時期の2枚のアルバムは、非常に複雑な状況でリリースされるのです。


SAS「SOUTHERN ALL STARS」

「SOUTHERN ALL STARS」1990年(8thアルバム)
●出た!セルフタイトル!復活サザンここに見参!……というはずなんですけど、映画制作と完全に同時並行になったアルバムレコーディングはドタバタ状態。ここで活躍したのが、小林武史氏。現在はミスチル BANK BAND の活躍でトッププロデューサーとして君臨する大物。当時は新進気鋭の若手クリエイターとして桑田ファーストソロ「keisuke kuwata」に参加、ここでクワタ氏と完全意気投合、95年頃まで「もう1人のサザン」としてその音楽に大きな貢献をするのです。
●ま、それはおいといて、このころのクワタ氏の頭の中は、映画「稲村ジェーン」の舞台1965年にタイムトリップしてしまってる。結果、このアルバムからは60年代のニオイがぷんぷんしてくる。ちょうどストーンズ(1990年に初来日公演)やビートルズに夢中になってたボクにもバッチリリンク。当時高校生の素朴に盛り上がっちゃうのです。
●一曲目「フリフリ’65」からもうザ・スパイダースの登場だ。デンデケデケデケなギターとヴィンテージオルガンの音をステレオ左右チャンネルに完全に振り分ける大胆ミックスが60年代。ラテン歌謡が流行った当時を意識してか、2曲目「愛は花のように(OLE!)」は歌詞スペイン語。4曲目「忘れられた BIG WAVE」は和製ドゥーワップをキレイに決めてくれる。クワタ脳内洋楽アーカイブがフル稼働です。ボク個人はこういう路線だけでも十分楽しめちゃうのです。
●じゃあ、サザン本来の味は…? …あ、ハラボーの声がイイです!沖縄琉歌をベースにした「ナチカサヌ恋歌」。癒し声…。そして「さよならベイビー」。ホイチョイ映画「彼女が水着に着替えたら」主題歌で、サザンオリコン初1位ゲット。それまでは2位が最高だったんですって。クワタ一流の夏バラード。
「女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)」も思い出深い一曲。当時盛り上がり始めてたアダルトビデオ産業(飯島愛&黒木香&村西とおるの時代)とモザイクしないと大変なコトになる女性のパーツ(Y型)について、華麗なコーラスワークで歌い上げる不思議な曲。この曲は当時東京進出直後だったダウンタウンが、ウッチャンナンチャン、野沢直子、清水ミチコと組んでコントを繰り広げてた伝説の深夜番組「夢で逢えたら」のテーマソングで、その脱臼したシュール感が番組の空気にマッチしまくってた事を記憶している。今ならあり得ないキャスティングだよね。


SOUTHERN ALL STARS AND ALL STARS「稲村ジェーン」

SOUTHERN ALL STARS AND ALL STARS「稲村ジェーン」1990年(9thアルバム)
サザンの公式アルバムにカウントされてるんだけど、よーく見ると、クレジットは「サザン~ AND ALL STARS」。アルバムの成り立ちが、もうホントにサザンのモンと言えませんって状況まで来てた証拠ですな。おまけに前作とのカブリ楽曲まであり。(「愛は花のように(OLE!)」「忘れられた BIG WAVE」
●実はサザンの他のメンバーはほぼ不在、ほとんどをクワタさんと小林武史の2人が中心で作っちゃったのだ。その端的なエピソードが、名曲「希望の轍」この曲、クワタ氏以外にサザンのメンバーは一切関わってません!小林武史他2名で演奏してます。あれ~!マジで!ちょっとショック。ちなみにもう一つの名曲「真夏の果実」サザン全員&小林武史で制作されてますのでご安心。
●相変わらすクワタ氏のアタマん中は60年代にトリップしており、ここでも懐かしスタイルがたくさん炸裂する。当時のラテンブームを前提に、一曲目「稲村ジェーン」もスペイン語。「マンボ」「マリエル」も直球でマンボ&メキシカン攻撃。「LOVE POTION NO.9」という渋い60年代ロックカバーもこなす。どっこい邦楽も忘れちゃいない、和田弘とマヒナスターズ&田代美代子「愛して愛して愛しちゃったのよ」ハラボーが甘く歌う。しかも和田弘本人がスティールギターで参加。
●で、個人的に好きなのが「東京サリーちゃん」。英語っぽいけどタダの意味なし日本語をクシャクシャにして、ドロリとしたルーズなロックに溶け込ました曲。完全にクワタ氏趣味の悪フザケ。ボクは、このテの悪フザケが好きでサザン聴いてるんです。

で、映画の出来はというと…。
●うーん…。当時の感覚でも「あれれ」と思いました。つーか、もうこれは壮大なサザンのプロモビデオだ、と納得することにしました。確かに音楽シーンはカッコいい。監督本人が出演して大盛り上がりする「愛は花のように(OLE!)」のシーンは最高。でもそれだけ。


この時期に発売されたシングルで、アルバム未収録曲をチェック。
●つーか、カップリングは既存曲のライブバージョンばっかなんだよね。

SAS女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)
●「女神達への情歌(報道されないY型の彼方に)/OH ! クラウディア(LIVE IN YOKOHAMA STADIUM)」1989年
●原曲は「NUDE MAN」1982年の収録。サザンバラードとして個人的にトップ5本の指に入れてしまう曲だ。ライブでの響きは素晴らしいし、実際のコンサートで聴いてみたい(ボクは四の五の言ってるけどサザンのライブ、一度しか観た事ない)。

SASさよならベイビー
●「さよならベイビー/鎌倉物語(LIVE IN YOKOHAMA STADIUM)」1989年
●後述する「ナチカサヌ恋歌」ハラボーがライブ空間で意外なカオを見せるのに対し、こっちのハラボーは、スタジアムの大観衆を目の前にしても全くブレない鉄壁のマイペースさを誇ってる。スタジオ盤と変らない感触。女はスゴいっす。

SASフリフリ’65
●「フリフリ’65/BIG STAR BLUES(ビッグスターの悲劇)」1989年
●フリフリっていうかブリブリのロックナンバーのカップリングは、1981年「ステレオ太陽族」からのチューンを、KUWATA BAND ばりのロックドラムとギターソロから導入して武装強化型にしました、てな感じ。

SAS真夏の果実
●「真夏の果実/ナチカサヌ恋歌(LIVE AT BUDOKAN)」1990年
ハラボーの歌の情感だけで言ったら、スタジオ盤を上回るテンション。平素は癒し系でどこか平べったい印象の彼女の声が、沖縄琉歌というモチーフにライブ空間でゆらりゆらりと転がり揺れて、聴く者のココロを深くうがつ。楽曲のスケールが武道館級に拡大。女はスゴいっす。

SASネオ・ブラボー!!
「ネオ・ブラボー!!/冷たい夏」1991年
●このシングルは2曲ともアルバム収録から取りこぼされちゃった物件。「ネオ・ブラボー!!」は軽快な「夏」印のロックチューンで、かんかん照りの太陽の光を連想させるサザンの王道。でも王道すぎて意外性がないのも事実…。残念。「冷たい夏」も寂しいバラードで、あんまし好みじゃない。


SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも/北京のお嬢さん」

SUPER CHIMPANZEE「クリといつまでも/北京のお嬢さん」1991年
●コレだけは全く理解できないっす。小林武史桑田圭祐が完全に悪フザケのためだけに作った一発限りのユニット。どーしょーもない曲だもん、どーゆーつもりで作ったんか…?だって「クリクリクリッ!ああークリクリクリッ!」とコーラスしながら「さあ、リスの体操が始まるよ!」とか明るく叫んでるし。B面はそれなりのビートロックで MISS MANDARIN への熱い思いをシャウトしてますけど。
●でも、ここでの小林中心のバンド布陣で、クワタ氏セカンドソロの制作体制が組まれて行くっつーコトで、ちょっぴりだけ意味がある(のかな?)。


●とにかくこの頃のクワタ氏は、映画制作で混乱気味、本当の意味でのサザンはまだ復活し切ってないという状況だった。そこをサポートした小林武史。彼とのコラボレートはここからさらに1995年まで続きます。つまりここはサザン「小林武史時代」。ボクはこの時期を勝手に<第四期>と呼んじゃいます。今回は<第四期>前半を扱いました。次回、このシリーズを書く根性があったら、この<第四期>後半、小林氏との最良のコラボレート「世に万葉の花が咲くなり」&その周辺を語ります。

過去の関連記事はこちらに。
 「サザン再聴、その4」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
 「サザン再聴、その3」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071206.html
 「サザン再聴、その2」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20070802.html
 「サザン再聴、その1」http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-69.html

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