本日、会社で大ショックなことが…。給料に間違い発覚。
●月末になると会社は几帳面に給与明細を自宅まで郵送してくれる。普通なら会社で手渡しだけどね、何ぶん会社行ってねえし。そんで今月の給料をチェックする。まーウチの会社はボクのような休職者にも多少は給料を払ってくれる親切なトコロなんだけど、今月はなぜかバクッと額が下がってた。ん?なんで?今月と先月とナニが違うの…?
●よーく見ると「裁量労働手当」って費目が突然消滅してる。ボクは本来「裁量労働制度」で働いていたヤツなので、自分の裁量権で自分の労働時間を決めることができる。1時間しか働かなくても20時間働いても同じ。当然1時間で仕事が終わるはずがナイし、勤務時間はボロボロに長かったので、「裁量労働手当」は実質上の残業代だ。数十時間分の残業代を定額で手当てするから後はうまく働け、って仕組み。ボクの部署はほとんどが「裁量労働制度」で働いているし、ずーっと「裁量労働手当」をもらってた。基本給みたいなもんと思ってた。
これが消滅するってどういう事?不思議だ…。なので、今日はたまたま会社のカウンセリング日、ついでに労務部に行ってハナシを聞きにいった。そしたらわざわざ労務部長と労務部次長が出てきた。いやあそんなエラい人に説明してもらうほどでもないのに…。
●部長「いやあ、実はホントに申し訳ないんだけどね、実は我々が間違えてしまったんです」はああ?裁量手当って、裁量労働で働いてもらう手当でしょ。傷病欠勤しているキミは、今裁量労働はしてないわけ。だからホントはもらえないの。なのに、間違って今まで払っちゃってたんだよ。いわゆる『過払い』へ?そんなコトってあるの?給料の額を間違えるなんて。「それでね、コッチの間違いで申し訳ないんだけど、コレ、返してもらわないといけないの」ええええ~!!そんな~!!給料返すの!!!
●部長「コチラも間違えを察知したのは先月末だったかな。だから今月から金額に反映された訳だけど、どうやってこの事をキミに連絡したらいいもんかと迷っててね~。ショック受けちゃうと病気に障るかも知れないし」いやいや、別にコレで寝込んだりはしないっすけど!で、でも、ショックはショックです……。あの、合計でナンボくらいでしたっけ、数ヶ月くらいもらっちゃったですよね……チリツモで結構な額にイッちまうような……。あと、すぐ返さないといけないんスカ…?
●部長「あくまでコッチの間違いだから、ゆっくりで結構だよ!今後相談しましょ。こういう時があったら、月1万づつ返してボーナスでバッと返すとか、色々やり方あるから」あの、復職した後でいいですよね…、さすがに今はキッツイすから。ゆっくりゆっくり返させて下さい……まさか利子つかないですよね!「つかないつかない!儲ける訳じゃないんだから」
●あの、今日はボクが問い合わせしたからコトが発覚したってコトじゃないっすよね、言わなかったら気付かなかったとか…。「いや、コッチで間違い発見して修正したんだよ、キミに連絡が取れなかっただけ」なんか今ボクスゴくセコい事言ってるよな…。でも、一度もらった給料返すのってやっぱヤダよー!ショックー!スゴくショックー!
●でも給料をちょっとでももらってるだけで恩の字だし、しんどい時期に給料前借りしたと思えば得とも取れる…。なんか複雑な感じ!だけど会社って意外といい加減に出来てんだなあ。



●そんな下世話なハナシは、キレイに忘れて…。




さて、東の王者 NAS のキャリアについて先日語ったわけですが、今度はコイツです。

SNOOP DOGGY DOGG

西の犬将軍 SNOOP DOGG。DR.DRE の開発した G-FUNK に血肉を与えたラッパー。彼は天才というより、ワン&オンリーの強烈な個性が武器。


ココで個人的な思い出。1994年初めての渡米。
●ボクが初めてアメリカに行ったのは20歳、1994年のコトだった。海外の一人旅は初めて。この年の2月、ロサンゼルス~サンフランシスコ~シアトルへと移動した。あ、サンディエゴにもちょっと行ったかも。ほとんど空っぽのスーツケースを持って入国、チカラの限りCDとレコード買ってカバンをパンパンにするつもりだった。結局80枚以上は買った。死ぬほど重かった。
●当時はシアトルグランジの時代で、シアトルは外せない街だった。ソコでの経験も最高だったが、そのハナシはまた別の機会に。最初の街ロサンゼルスで最初っからボクは興奮しまくった。クルマがないと移動が難しいロスは、サンタモニカメルローズに目標を絞って古着屋やレコ屋をチェックしまくった。メルローズは今でも出張の度に立ち寄って古着を買ってく。ああ、MOCA(MUSEUM OF CONTEMPORARY ART)にも行ったっけ。
●でも夜一人で出歩く根性はなかったから、必然的に部屋でテレビ見てる時間が多くなる訳だけど、ココでアメリカのCATVの豊富さにビックリすんですよ。日本じゃまだケーブルテレビなんて全然普及してなかった。なのにアメリカのホテルでは100チャンネルくらい繋がってる訳よ!で、MTVとかVH1とか、ブラック系だとBETとかが24時間ナイスな音楽を垂れ流しまくってる!もうずーっと見まくった。デリで買った軽食を抱えてベッドの上でずーっとテレビ見て、気になる曲をノートにメモって、次の日レコ屋に探しにいく!
●そんな時、テレビの画面を独占してたヤツ、ヘヴィロテされまくってたヤツが、この SNOOP DOGGY DOGG だった。完全に目と耳に刷り込まれた。彼の立ち振る舞い、ファッション、そしてあの脱力した余裕シャクシャクのラップが。そんでヤツはこういうのだ。「バウワウワウ、ユビヨゥユビイェエィ!ビィアァッチ!」



SNOOP DOGGY DOGG「DOGGY STYLE」

SNOOP DOGGY DOGG「DOGGY STYLE」1993年
●ボクが訪米してた時のヘヴィロテ曲はこのアルバム収録の「GIN AND JUICE」「WHO AM I (WHAT'S MY NAME) ?」だった。今では G-FUNK の激古典曲だわな。まずビビったのは、コイツが殺人の嫌疑にかけられてたってコトだ。結局は正当防衛とされたが、ギャングのメンバーを撃ち殺してるんだよね。しかもこのアルバムリリースの3か月前の事よ。日本なら大スキャンダルで速攻発売中止じゃん。なのに、アメリカでは大ヒットしてスター気取りでヘヴィロテ。殺人犯がテレビで堂々とラップしてるよ。しかも、あの人を喰ったような飄々とした鼻ウタ風ラップで。で、歌の中身も殺人だのギャングスタライフだのが目白押し。「コレがアメリカか、コレがロサンゼルスか」20歳のボクには衝撃だったな。そしてこのヒップホップカルチャーってのにノメり込んでいくんだわな。
SNOOP はロスを二分するギャング組織、THE CLIPS(青組)とTHE BLOODS(赤組)の内、青組 CLIPS のロングビーチ支部に関わっていたホントのギャングスタだった。カラーギャングという言葉があるが、主だったギャングはチームカラーを持っている。CLIPS のルーツを今も重んじる SNOOP は今でも青い衣装、青いジャケットに拘っている。ある意味ホンモノなのよ。いや確実にホンモノなのよ。
●ロスのヒップホップ黎明期を支え、伝説のギャングスタラップを鳴らした N.W.A.のメンバー DR.DRESUGE KNIGHT と共に立ち上げた DEATH LAW RECORDS。その最初のリリース DR.DRE「THE CHRONIC」に客演し評価を高めた SNOOP は一気にこのレーベルの看板スターになる。東海岸のヒップホップがストイックな方向に流れる中、懐かしいディスコファンクのマナーを正統に引き継いたキャッチーなトラック、そしてラップで描かれるセンセーショナルなギャングスタライフ、人呼んで「G-FUNK」は世間に巨大なインパクトを与えた。
●でもとにかく一番スゴいのは、そんな日常を当然のように余裕の鼻唄混じり感覚で軽くラップする彼の個性だった。ガナッタリしない。叫んだりしない。淡々と憎らしいほどに余裕をカマしてくるんだよ。バックには気持ちの良い四ツ打ちファンクと、ピーヒャララ~とユラユラ揺れるキーボード。ソレがとにかくクールだった。ロスで一番最初に買ったCDだった。
●勢いに乗った DEATH LOW チームは映画まで撮っちゃった。サントラ「MURDER WAS THE CASE」もかなりの傑作なので要チェック。

サントラ「MURDER WAS THE CASE」




DEATH LAW のお家騒動。師匠 DR.DRE 脱退。


SNOOP DOGGY DOGG「THA DOGGFATHER」

SNOOP DOGGY DOGG「THA DOGGFATHER」1996年
●好調にスタートしたはずだった SNOOP のキャリアだが、トタンに暗雲が立ちこめてきた。DEATH LAW のリーダーであり、音楽的頭脳であった DR.DRE が脱退しちゃうんだから。原因はマネジメントを仕切ってた SUGE KNIGHT との不仲。巨体を活かしてボディーガードから業界入りした SUGE KNIGHT完全な武闘派で、DR.DREDEATH LAW を設立する時も、元の所属先だった RUTHLESS RECORDS のオーナーで N.W.A. のリーダーだった EAZY-E金属バットで脅迫して契約解除を強要した。そんなヤツがだんだん幅を利かせてきた。
●決定的だったのは、DEATH LAW2PAC を獲得した頃だった。西海岸ギャングスタのカリスマになった彼のおかげで DEATH LAW は大変潤うが、2PACSUGE はイケイケ過ぎて周りから浮き始めていた。2PAC は厳密にはギャングスタであったことはない。しかし挑発的なポーズが過激過ぎて、ヤバ過ぎる状況になっていった。PUFF DADDYTHE NOTORIOUS B.I.G. らが率いる BAD BOY RECORDS との東西抗争である。結果、1996年9月。2PAC はラスヴェガスで射殺された。
SNOOP の師匠筋、DR.DRESUGE との経営方針の違い、カネの取り分を巡ってのトラブルで、1995年には早々 DEATH LAW を脱退。1996年に自分のレーベル AFTERMATH を立ち上げる。
師匠は消えた、レーベル周辺はキナ臭い空気だ、そんな状況で SNOOP のセカンドは制作された。リリースは 2PAC の死後2か月後だ。残された仲間たち、DJ POOH、SOOPAFLY、DAT NIGGA DAZ (A.K.A. DAZ DILLINGER) などがトラックを制作。NATE DOGG、WARREN G、KURUPT(DAZ + KURUPT = THA DOGG POUND)らが客演。元 THE GAP BAND のボーカリスト CHARLIE WILSON もその喉を披露してる。ぶっちゃけ出来は DRE 制作の G-FUNK には全く及ばない地味な内容だけど、ココで SNOOP を支えた仲間たちは今でも厚い親交で結ばれている。あ、ちなみに 2PAC は全く関わってなくて、仲は冷えきってた感じだったのかな。



電撃移籍!なんと NO LIMIT に入っちゃった!


SNOOP DOGG「DA GAME IS TO BE SOLD, NOT TO BE TOLD」

SNOOP DOGG「DA GAME IS TO BE SOLD, NOT TO BE TOLD」1998年
●さすがに DEATH LAW はヤバいと考えた SNOOP はビックリ移籍を果たす。なんと西海岸を離れ、ディープサウスの最深部ニューオリンズの新興レーベル、NO LIMIT RECORDS に移ったのだ。元々は西海岸ベイエリアでレコード屋をやってた MASTER P という男が、親父の地縁があるニューオリンズに移って一旗揚げたレーベル。軌道に乗り出したのは1996年頃で、1997年 SNOOP 移籍は NO LIMIT にも最高の出来事だったに違いない。
●以前もこのブログで綴りましたが、NO LIMIT と、その同時期に名を挙げた CASH MONEY は、ギラギラの成金趣味を露骨に打ち出す BLING BLING スタイルを新風俗として知らしめ、シンセの打ち込み主体で構成するバウンスビート(当時はチキチキビートとか言われて蔑まれ気味)を開発。遠目に見ればチープな音で荒稼ぎする一発屋の雰囲気プンプンだったのでした。そこにトップスター SNOOP DOGG が行くんだから、どんだけ MASTER P は契約金をはずんだんだろうなーなんて考えるのであります。確かに品質は別にしてレーベルに勢いはあった。時流をキチンと読む確かな慧眼が SNOOP には備わっている。いや犬だけに、時代を嗅ぎ取る嗅覚が優れてる。あ、コレを機に SNOOP は名前から DOGGY を取って「SNOOP DOGG」を名乗ります。
●ジャケ見てもらえば分かりますが、NO LIMIT の流儀通り、ギラギラのブリンブリンにされてしまってます。制作体制も全部 NO LIMIT にお任せ、レーベル付きトラック職人チーム BEATS BY THE POUND が全てのトラックを手がけ、客演も NO LIMIT 軍団勢揃い。社長 MASTER P は得意の決め文句「んああああ~」(←文句って程でもないね、ヤツはすぐ呻くのよ、んあああああ~って)を連発。社長の弟、C-MURDER、SILKK THE SHOCKER、猛犬 MYSTICAL、女性ラッパー MIA Xらが参加。NO LIMIT 側としてはフル出力だわな。過去人脈では、元 THE GAP BANDCHARLIE WILSON だけが登場。このレーベルにマトモに歌える人いないからな。
●確かに、今までのイメージを一新するノリでユニークなんだけど、SNOOP のスタイルとバウンスビートは正直うまく噛み合ない。細かいチキチキでビートをタテに切り刻むバウンスに、SNOOP のヨコノリラップはあんまり似合わない…。「GIN & JUICE II」「STILL A G THANG」とか過去ヒットの続編めいた曲まで入れてるけど、イケてねえええエ、申し訳ないけどイケてねえエエ。



SNOOP DOGG「NO LIMIT TOP DOGG」

SNOOP DOGG「NO LIMIT TOP DOGG」1999年
●勢いで移籍したけど、あまりの勝手の違いに少しヒイたのか、SNOOP「悪いけど、オレ自分で仲間集めてアルバム作るわ、社長はクレジットだけでイイっしょ?」P社長に進言したのか? 前作と全然違う布陣が敷かれてる。ジャケもギラギラしてないでしょ。このヘンのメリハリ、SNOOP 一流の処世だよね。やっぱ NO LIMIT はヨゴレだからね、オレはオレ流で。賢い犬だぜ。
●ハッキリ言って西海岸人脈大幅稼働。まず DRE師匠が3曲提供。西海岸のファンクマスター DJ QUIK が3曲。ベイエリア・オークランドから ANT BANKS が1曲。舎弟の MEECH WELLS が6曲。RAPHAEL SAADIQ まで参上して一曲コラボしていった(これメロウな佳曲!)。可哀想に NO LIMIT 付きの BEATS BY THE POUND は2曲しか作らせてもらえなかった。
●結果ややダークな G-FUNK に仕上がったよ。DREのオッサンにとっては自分のアルバム「2001」の時期で、そこで実践された新型 G-FUNK が鈍色に光りながら妖しく蠢く。「B**** PLEASE」はその典型かつ傑作。DRE の舎弟と見られる JELLY ROLL ってヤツもいい仕事。EARTH, WIND & FIRE を改造してG武装仕様で真っ黒だぜ。DJ QUIK のヌめるファンクも忘れちゃいけねえ。
●客演陣も古い友達や西海岸ヤロウを中心に。WARREN G、NATE DOGG、SUGA FREE、XZIBIT など。NO LIMIT 衆もそれなりに出てるけど、社長の顔出しはなし。「んああああ~」もなし。



THA EASTSIDAZ「SNOOP DOGG PRESENTS THA EASTSIDAZ」

THA EASTSIDAZ「SNOOP DOGG PRESENTS THA EASTSIDAZ」2000年
●ウエストコーストを代表するギャングスタラッパー SNOOP DOGG の別働隊がなぜ「イーストサイダズ」と名乗るのか無知なボクにはよく分からんのだけど、昔から地元ロングビーチでつるんでいた不良仲間(つまりギャングです)と結成したのがこのユニット。かなり昔から5人ほどの地元仲間でつるんでたクルーだったのだけど、DEATH LAW との契約問題やカネの取り分でモメたりして、最終的にメンバーはSNOOP に加えて、TRAY DEEEGOLDIE LOC ってヤツになった。GOLDIE LOC「NO LIMIT TOP DOGG」でも客演。コイツら何ぶんホントにギャングなので、TRAY DEEE はセカンド作った後殺人罪で12年の刑期を食らいました。困った人たちだ…。
●コレも極上の G-FUNK だわ~。最初っから P-FUNK 使い、GEORGE CLINTON のイイ湯加減なコーラスでカラダも火照る。トラック制作にはまた地元友達&舎弟を招集、MEECH WELLS、JELLY ROLL、BATTLECAT、SOOPAFLY、L.T.HATTON が馳せ参じる。オーソドックスなファンクを味わいたいならコッチの方が気持ちイイかも。
●客演陣も地元系。西海岸で忘れられない客演シンガー NATE DOGG は旧知の親友だし、その NATE 犬の従兄弟 BUTCH CASSIDY はシンガーとしてこのアルバムで活躍しまくってる。DRE系の新型 G-FUNK よりも、男汁コーラスが淡く渋く響くこのファンクは気持ちイイ。……その分ココでは SNOOP はチョイヒキ気味。仲間を前に出して活躍の場を譲っている。



SNOOP DOGG「THA LAST MEAL」

SNOOP DOGG「THA LAST MEAL」2000年
タイトルがもうそのツモリ満点なんだけど、NO LIMITでの最後の作品です。やっぱ勝手が違うわ、なんかシックリ来ないわ、コイツらイマイチ細かいトコロまでは気が利かねえんだよなあ。そんな SNOOP のボヤキが聴こえてくる。ジャケもヤケクソな感じするじゃん?ラストミールって死刑囚の最後の食事でしょ、そこにウンコカレーって…。ホントにヤケクソだわ。
でも、ジャケとは裏腹に内容は濃いよ。ウンコカレーの100万倍こくまろ仕上げ。まず DRE のオッサンが完全本気モード。オッサン「2001」で G-FUNK を別次元に進化させた上に、1999年白い悪魔 EMINEM を発見&フックアップ。N.W.A.~「THE CHLONIC」以来キャリア第二のピークを迎えノリノリ。で今回関与曲が19曲中11曲。プロデュースしてない曲でも最低限ミックスには関わる。舎弟(JELLY ROLL、MEECH WELLS、BATTLECAT など)のやるコトには責任を持つ。
●そんで TIMBALAND SCOTT STORCH を抜擢。SCOTT STORCHTHE ROOTS のピアニストだったヤツだが、実は DRE「2001」の裏方参謀として重要な働きをしている。オッサンの信頼を勝ち得た。そして今や売れっ子プロデューサーだ。TIMBALAND はチキチキのフューチャーファンクを2曲(内一曲は、SNOOP の初期ヒット曲の続編「SNOOP DOGG (WHAT'S MY NAME RT.2) ?」SCOTT は3曲提供。
●ココの客演で暴れているのは KOKANE という男。EAZY-E のレーベル RUTHLESS に所属したギャングスタラップチーム ABOVE THE LAW(コイツらも実にカッコイイ!要チェック!)の周辺で活躍してたラッパーで、2000年に SNOOP の所に流れてきた。THA EASTSIDAZ でも客演し実力を認めさせ、この盤では8曲、約半分でその声を聴かせている。時にトリッキーにネジレたラップ、時にスムースに決めるラップ、緩急の押し引きが鮮やかな業師。客演に招かれる数がハンパない理由がココにある。ヤツの参加曲は全部アナドレナイ。ネジレるボーカルが御大 GEORGE CLINTON を連想させるのよ。そんでファンクを「G色」ならぬ「P色」に染めるのよ。しかもコーラスとらせてもウマいし。うー、KOKANE、もっと聴いてみたい。
TIMBALAND もう一つの提供曲「SET IT OFF」はミニ同窓会。N.W.A.のメンバーだった ICE CUBE と MC REN が集結。ココでミキサーコンソールの前に DR.DRE がいたら N.W.A. 再結成伝説だったけど、N.Y.録音で彼はいませんでした…。惜しい。あ、ドサクサまぎれに THA EASTSIDAZ の連中を突っ込んでる曲もあるよ。.N.Y.のクルー RUFF RYDERS の女性ラッパー EVE もカッコいい仕事してます。徐々にインターコースタルになってきたな。
●最後から二曲目の「BACK UP OFF ME」って曲だけが、NO LIMIT 風のバウンスビートの勢いが感じられる。ま、トラックはファンクなんだけど、客演の MR.MAGIC と 社長 MASTER P が無理矢理バウンスにしたっていうか。最後の意地だね。



NO LIMIT 時代後期には、完全に自分の人脈でアルバムを構成してた SNOOP。自分のレーベル DOGGYSTYLE を立ち上げ、自分のスタジオ DOGGHOUSE も立ち上げ、着々と身辺の体制を固めてきた。もうロングビーチの SNOOP でもないし、ウエストコーストの SNOOP でもない。G-FUNK の SNOOP でもない。次の段階に進む時期がやって来た。次回は、よりメジャーな場所でもっと大きなゲームを展開する SNOOP のキャリア、後半戦を追ってみます。


●ちなみに、今日のオハナシは、過去記事を見ていただけるとより一層分かり易いです。ご参考に。
 ※「EAZY-E、男は死して名を遺す。」
  http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080321.html
 ※「Gの花道は修羅の道。DR.DRE。G-FUNKの開発者。」
  http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080322.html
 ※ 「1996年は、ヒップホップにとってビミョーな時期だった。「微妙スクール」。」
  http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080603.html
 ※「BLING BLING(ブリンブリン)なジャケ鑑賞会。まぶしい!」
  http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080612.html
 
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