今日は「ボサノヴァ」のコトを考えます。
「ボサノヴァ」ってみんな好きでしょ、多分。「誰があんなモン聴くか!」って人は国民全人口の中でそんな多くないと思う。「オシャレ~」「癒し~」「カフェで流れてたら最高よね~」そんな印象?
●でもね、ボクはその国民的マイノリティであろう「誰がボサノヴァなんか聴くか!」という人間だったのです。バカだねー相変わらす。音楽ならなんでも聴くスタンスのボクが、なぜ「ボサノヴァ」だけ避けてきたか。そこにはコレマタヘンテコリンな思い込みがあった訳で。

ボクが深くのめり込んでた偏見。ボサノヴァは、その成り立ちが「ヌルい」。
●ボクがメインに好んでいるロック、パンク、ヒップホップ、R&B、レゲエ、ダンスミュージック、ジャズなどなどには、全てその音楽の形成に「摩擦」がある。ジャズ、ブルースに端を発するブラックミュージックは、全て人種的偏見による誤解無理解を粘り強い信念とクリエイティヴィで乗り越え現在の芸術的価値を勝ち得た。ブラックミュージックが白人化したロック~パンクも、同じように保守勢力から激しい圧力を受けながら、表現の深みを熟成させた。一見享楽的にも見えるダンスミュージックにも、ブラックミュージックへの無理解に加えゲイカルチャーへの大きな偏見を克服した歴史がある。巨大産業となった今の音楽業界からは見えづらい「文化闘争」の側面を、現在のポップミュージックの多くはその内側に秘めているし、それがボクにとっては途切れることのナイ音楽への興味の大きな原動力になっている。ボクにとって音楽は、その音、その作品だけではなく、その音が生まれた社会環境、アーティストにまつわる物語もひっくるめてのモノなのだ。

が、ボサノヴァには、「文化闘争」として血を流すような摩擦を戦った歴史がない。
よって「ヌルい」。そもそもボサノヴァは、60年代の経済成長で生まれたブラジルの中産階級が、アメリカのジャズを基礎に作り上げたブルジョワ的オシャレ音楽。現代のゲットーネイション・ブラジルにおいては、すでに誰も聞く人のいない古びた音楽だ。今のブラジルのキッズは、ヒップホップ、ファンク、エレクトロ、ミクスチャーロックを聴いており、お祭りで盛り上がるために地域のサンバチーム(エスコーラっていうんだっけ?)に入ってる。そりゃボサノヴァの名曲はブラジル人なら誰でも知ってるだろう。でもそれって日本人の多くが「別れても好きな人」をカラオケでデュエットできるようなモンで、生きた音楽とは違うだろう。演歌のような懐メロ扱いだよ。ボクには現代のゲットーミュージックの方が100倍魅力的に見える。
●そんな音楽ボサノヴァを地球の裏側日本で、後生大事にウットリ聴くっつーのは、日本の演歌に夢中になった黒人青年ジェロくんみたいなもんで、微妙な違和感があるんじゃないの?とボクは思う。いや、「海雪」ジェロくんは立派よ。 彼、多分マジで紅白行くわ。小野リサさんが本国ブラジルで評価されちゃうような逆転現象が起こってるのは、小野リサさんの確かな実力とは別にして、ジェロくんみたいな存在のヘンテコさがあると思うのだ。
●でも、敢えて今日は聴いてみる。音楽は日々挑戦。偏見を捨てて自分の耳を未知の領域へ放り出すべし。


ボサノヴァの時代。1957~63年、キラめく海と山と空の街、リオ。

ディス・イズ・ボサノヴァディス・イズ・ボサノヴァ
(2008/03/28)
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●DVD「ディス・イズ・ボサノヴァ」
●美しいリオデジャネイロの街を背景に、ボサノヴァ創成期50年代末~60年代初頭の気分を、今も現役を張る巨匠ミュージシャンの証言と当時の貴重な写真や映像で綴る。原題は「COISA MAIS LINDA: HISTORIAS E CASOS DA BOSSA NOVA」。日本語にすれば「もっとも美しいもの~ボサノヴァの歴史を振り返る~」「COISA MAIS LINDA」は有名なボサノヴァのスタンダード曲の名前らしい。
●この50年前の歴史をナビゲートしてくれるのは、CARLOS LYRAROBERTO MENESCAL というオジイさんプレイヤー。当時高校生であった彼らは、ボサノヴァ運動の萌芽を目の前に目撃し、そして強力に推進した重要な生き証人だ。今だ現役である彼らは、70歳代直前くらいであろうはずなのに実に若々しい。「チョイ悪オヤジ」という言葉が一時期流行ったが、ブラジル人の粋っぷり、艶っぷりにはかなわない。歌い笑い語る。人生を楽しむ陽気さが、ぱーっと画面から伝わってくる。

●1940年代~60年代前半は、ブラジルにとって幸福な時代だったらしい。高度経済成長があり、豊かな人々が生まれ、芸術、文学、建築などで様々な成果があった。リオは今と違ってもっと安全な街だったみたいだし。でも60年代後半になると軍事政権が成立し、その気分は一転してしまうのだが。
●アメリカでは最初のロックンロールが響き始めてた頃、リオの中産階級家庭に育ったティーンネイジャー達は、高校や大学に通いながら外国の音楽に夢中になってた。クラブや仲間のウチに集っては FRANK SINATRA GLENN MILLER などのポピュラージャズを78回転SP盤で聴き、朝までギターを爪弾いて遊んだという。ブラジルにも既存のナイトクラブシーンがあったが、その成果を取り込みつつも、若者たちはもっと新しいナニかを求めていた。
●高校生にしてギター教室を開いていた CARLOS LYRA & ROBERTO MENESCAL(生徒の中には MARCOS VALI も!) のような最先端のセンスを持つ若者は、たちまちリオの街で有機的に結びつき、友達が友達を呼んでサロンまたはコミュニティのような小さいサークルを作り上げた。ボサノヴァのミューズとして名高い NARA LEAO(長いまつげとエキゾチックな黒い髪!チャーミング!) の家に大勢の気取り屋が集まり、無自覚に音楽の腕を競い合ってた。

●ボサノヴァのオリジネイターとして有名な ANTONIO CARLOS JOBIN(劇中では TOM JOBINと呼ばれているのでこれ以降は TOM JOBIN)は、そんなサークルの一員だった。クラシック音楽の正統教育を受け、ショパンなどに影響されていた彼は、若者の新志向(ニュースタイル=ボサ・ノーヴァ)を一つの様式にまとめ上げた男だ。彼はその早熟な技術によって、複雑なリズムと美しい主旋律をギター一本で同時に弾き出し、ジャズのエッセンスにサンバのリズム感覚を織り込む独特の奏法を編み出した。「ボサノヴァ」の誕生だ。こうしたギター奏法を「バチータ」と呼ぶらしいが、彼の仲間たちは、TOM にならって独自のバチータ、独自のコード進行を開発しては仲間に自慢したり、または自分だけのモノとして隠したりした。

JOAO GILBERTO は更にそのボサノヴァ表現を革新、ギターとボーカルが渾然一体となって編み出す繊細なグルーヴを編み出し、アメリカのジャズへ逆影響を与えるに至る。妻の ASTRUD GILBERT の映像も登場。NARA LEAO はいつしか社会派シンガーへと変貌し、60年代後半~70年代に活躍する次世代「トロピカリズモ」のアーティストにもチャンスを与えた。
NARAブラジルで初めてギターを演奏しながら歌を歌った女性アーティストでもあるという。ボサノヴァといえばスツールに腰掛けてのギター演奏がお決まり(テレビ収録の際「ソファじゃ弾きにくいんだけど」と注文を付けたら、たまたまスツールがでてきたのが慣例化しちゃった)だけど、女性がスツールに腰掛けるのは下品という当時の常識を打ち破ったのが彼女だ。新時代の女性シンガーとして後進へ表現の自由を切り開いたパワフルさが、彼女の奥ゆかしい声の裏側にあるコトを知る。


●映画の中にふんだんに盛り込まれた、新旧世代入り交じってのボサノヴァ演奏シーンは絶品で、特に CARLOS LYRA のお嬢さん KAY LYRA の親子デュエットが素晴らしい。ブラジル女性はなんてセクシーなんだろう……(←音楽の善し悪しじゃねーじゃん)。記録映像に映る ASTRUDNARA も、立派なオバさんになってしまった JOYCE でさえも、ハッとするような美しさがある。日本女性のような慎ましさとは正反対の、黙ってても強い意志と存在感がヒリヒリ伝わってくる、ムリめのオンナノコのオーラ。こんな国に生まれたら、ギター片手にトロトロのラブソングくらい余裕で歌える器量がナイとオンナノコは一人も口説けない。さすがブラジル、これぞブラジル。


そして、ロケのシチュエーションがいちいち美しい。
●イパネパ海岸を見渡す岬の風景や海岸ギリギリまでせり出す岩山を超えるヘリ空撮はもちろん、インタビューの場所がことごとく美しい。語り部 LYRA & MENESCAL は今も残る当時の現場、自分たちが出会った高校、ギター教室を開いてたアパート、通ってたナイトクラブに、初ライブをしたホールや大学の円形ステージを訪れる。海岸に面したマンションの窓を指差して「あそこが、NARA LEAO の住んでた部屋だよ。オレらのサロンだ」と語る。
●ちょっと待てよ、1950年代末といったら、今日本で流行りの昭和30年代と重なるじゃないか。東京であの時代を再現するには最新CGが必要だってのに、リオにはその時代の建物が、今だ古びもせず美しいミッドセンチュリー建築としてキレイに保存されているのだ。ソコに驚きを感じた。直接関係ないけど、ブラジルの有名な建築家オスカー・ニーマイヤーの名前が一瞬アタマをよぎる。

●一方で、ボサノヴァのボソボソささやくようなウイスパー唱法の成り立ちもココで知る。当時盛んに作られた集合住宅(日本も団地がイッパイ出来た時代だよね)に当時の若者は暮らしてたが、カベの厚さが全然なくて、夜演奏の練習をしようものなら近所から苦情の連発だったそうな。だから、極力小さい声でボソボソ練習をし、ボサノヴァそのものがボソボソ歌うモンになってしまったという。NARA LEAO などは、観客が騒々しければ騒々しいほど小さな声で歌い、観衆の注目をコントロールしたらしい。


●ブラジルの人にとって、またはリオの人にとって、ボサノヴァが軍政以前の古き良き黄金時代を思い起こさせる音楽だということが理解できた。しかも演奏形態はシンプルでありながら高度に複雑なグルーヴを内包する音楽であることも理解した。TOM JOBINTHE BEATLES に次いで世界で2番目に多く演奏されている作曲家だ。晩年の TOM 本人は「ビートルズは四人じゃないか、それじゃズルいよ」と冗談を言ったという。つまりボサノヴァはすでに世界のスタンダードになってる。ドコの人間がいつの時代にボサノヴァをプレイしようと関係ない。ボクの偏見は完全に剥がれ落ちた。


●ただし「文化闘争としての摩擦」が音楽を強くするという点においては、まだボクにはボサノヴァは華奢に見える。それはブラジルが軍事政権に移行した際に抗議運動を起こした「トロピカリズモ」運動のコトが念頭にあってのハナシなんだけど。
●ボサノヴァ世代から一巡りした60年代末の若者は、リオではなく地方都市から独自の音楽を引っさげ登場し世間に挑戦した。ボサノヴァには男女の差別はなかったがほとんどが裕福な白人だけの世界。新世代は地方に住むアフリカ系の人々もひっくるめてやって来た。当時最新のサイケデリックロックの影響を吸い込んで、ボサノヴァにはありえないアンプリファイされたサウンドをブチ鳴らし、自らを「トロピカリスタ」と称した。しかし、保守勢力やメディアは彼ら新感覚のブラジル音楽を否定し、彼らによるボサノヴァの新たな革新を許さなかった。重要なトロピカリスタ、CAETANO VELOSOGILBERT GIL は軍当局に逮捕され亡命を余儀なくされた。ボクは、ブラジル音楽にトロピカリズモから入っていったタイプの人間、だからボサノヴァは、トロピカリズモに対する反動勢力というイメージが強いのだ。

●しかし、これからは「ボサノバ vs. トロピカリズモ」というボクが頑迷に抱いていた図式を放棄し、連続したムーブメントとしてこの時代の音楽を聴いてみたい。


そんでボサノバ実践、第一弾。


ジョビニアーナ~愛と微笑みと花ジョビニアーナ~愛と微笑みと花
(2007/10/10)
オムニバスキュビズモ・グラフィコ

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VARIOUS ARTISTS「ジョビニアーナ ~愛と微笑みと花」2007年
●ボサノヴァのオリジネイター、ANTONIO CARLOS JOBIN 生誕80周年を記念して編まれたコンピ。日本人アーティスト14組が、ボサノヴァの大定番ナンバーをカバー。シモキタザワの守護神・曾我部恵一のギター一本勝負「イパネパの娘」、日本のアシッドジャズディーヴァ・マンデイ満ちる(彼女の英語カバーが一番よかった)、斬新なテコテコサウンドでアレンジした CUBISMO GRAFFICO、元 CYMBALS 土岐麻子、新進ジャズシンガーAKIKO、bird、キリンジも参加してた。新しドコロでは多和田えみとかがイイ感じ。コンピ監修は、橋本徹さん。SUBURBIA SUITE、FREE SOUL、CAFE APRE-MIDIで活躍の超有名コンパイラーだ。意外なことに、彼にとって日本人アーティストのコンピを編むのはコレが初めてらしい。


でも…古典ボサノヴァを聴いてないから、あんまりぴんとこない。
●ホンマモンの古典ボサノヴァを知らないから、カバーって言っても比較のしようがないなーと思い、ごそごそレコード棚をあさる。で、一枚出てきた。

Getz Au Go GoGetz Au Go Go
(2007/09/18)
The New Stan Getz QuartetAstrud Gilberto

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STAN GETZ & ASTRUD GILBERTO「GETS AU GO GO」
STAN GETZ は王道のジャズサックス奏者。しかし、JOBIN と双璧をなすボサノヴァの巨人 JOAO GILBERTO とジャズボッサの名盤を作るなど、ジャズサイドとしては最高のボサノヴァ理解者。そして JOAO の奥さん ASTRUD とライブしちゃってるのがこの盤なのだから、間違いなかろう。やっぱ、バンドはジャズなのだが、ここではとにかく ASTRUD の甘いポルトガル語歌唱に酔いしれるしかない。世界で一番音楽的な言語と呼ばれるポルトガル語、ネイティヴのカワイ子ちゃんが、甘くささやくトコロをバンドがクッと大人の味で締める呼吸。ああ、本物の方がたまらんなあ。長年抱いていた、ボサノヴァへの偏見が少し剥がれた瞬間。オトナになったね、ボク。と自分に言い聞かせる。


Esquire (エスクァイア) 日本版 2007年 09月号 [雑誌]Esquire (エスクァイア) 日本版 2007年 09月号 [雑誌]
(2007/07/24)
不明

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●雑誌「エスクァイア」2007年9月号
●ここまで来ると、ANTONIO CARLOS JOBIN 本人の声が聴きたくなる。しかし残念ながら本人の音源は持ってないのよ。でも今はCD購入を自ら禁じている(病気が治って現場復帰するまでCDは買わないと誓ったのだ、ちなみに一度挫折して今二回目)ので、新譜は買えない。さて困ったな~と思ってたら、毎週通っている鍼灸院のロビーでこの雑誌を発見した。第一特集はロサンゼルスの最新建築トレンド。だけど、第二特集は ANTONIO CARLOS JOBIN その人で、 おまけCDまで付いてる。おお!「すいません…、これ去年の雑誌っすけど、もしよかったらボクにくれません?」受付のお姉さんに相談してもらっちゃった。イエーイ。ここでも監修者は橋本徹氏、彼がプロデュースに関わったCAITOというアーティストと、ANTONIO CARLOS JOBIN & ELIS REGINA のライブ音源がおまけCDに入っていた。
ELIS REGINA!このシンガーは好き。60年代~70年代のブラジルのシンガーだけど、ボクの中では和田アキ子とイメージがダブる。ボサノヴァの枠を逸脱するソウルフルな歌声とカンシャク持ちでトリッキーな性格。ただし早死にしちゃったのがアッコさんと違うトコロ。彼女が CAETANO VELOSO 作曲の「OLYMPIA OLYMPIA」を歌ったのがスッゲーファンキーでたまんない。
●一方で、生まれて初めて聴くJOBIN の声は、まろやかで落ち着きがあり、上品なユーモアと暖かい人柄がにじみ出てくるものだった。ELIS も彼の低音に合わせて朗々と歌う。伴奏はギター一本。うーん、いける。ちょっとボサノヴァマジで研究するか。あと、トロピカリズモもね。


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