「ハリー・ポッター」シリーズ読破。
●最近ナニやってるの?と幾人かに聞かれてこう答えた。「ハリー・ポッター」を読んでいると。するとたまたまなのかその質問をした人はみんなこう言った。「一巻だけ読んだけど、続きは読む気になんなかったね〜」&「まー映画で十分かな」。否、それはとても惜しい事をしている。

●久しぶりに訪れた会社で看護師「のび太くんのママ」さんがそんな人の一人だった。「最近はナニしてるの?」ハリー・ポッター読んでますよ。「あー、アレは最初だけしか読まなかったな〜」ボクはこう言った。「もう5巻以降はスターウォーズ並みですよ。壮絶な魔法戦争で死人もボロッボロ出ますよ。謎解きも難解になってきて、最終巻は全巻全ての伏線が結集する仕掛けですよ」



「ハリー・ポッター」シリーズを全部おさらいしてみましょうね。多分読んでる人少ないと思うから。


「ハリー・ポッターと賢者の石」

第一巻「ハリー・ポッターと賢者の石」は、不遇な少年ハリー・ポッターが突如「キミは魔法使いなのだよ」と告げられ、巧妙に一般社会から隠された不思議な不思議な魔法社会の中に入っていく物語。全寮制の魔法学校ホグワーツには、珍奇な習慣や個性溢れる友人や先生(校長ダンブルドア、なにかとハリーをいじめるスネイプ先生など)に出会うハリーの姿が生き生きと描かれ、そんで学校の中に潜む謎解きに立ち向かう事となる。
●こうした学園青春もの、ファンタジーものは、実は我が家ではワイフが専門だ。ワイフはテレビの「サブリナ(SABRINA THE TEENAGE WITCH)」シリーズを夢中で観るタイプなのだ。で、ボクは「お子様向きだわ」と一巻で一回挫折した。確かに丁寧な世界観には感心した。クィディッチという架空の魔法スポーツを描いたり、魔法社会の様々なしきたりや、一般社会とのカルチャーギャップを描いたり。魔法使いは普通の人間の生活習慣に疎く、その普通の人間の前に姿を現すときは、普通向けに配慮した積もりが超ヘンテコな不審人物になってしまう。楽しいファンタジーだけど、全部読むのはシンドイわと。



第二巻「ハリー・ポッターと秘密の部屋」は、実は唯一原作で読んでない。


「ハリー・ポッターと秘密の部屋」

●ボクもこの段階では「映画で十分」と思っていたからだ。幼い一歳のハリーを襲い、ハリーの両親の命を奪った、史上最凶の魔法使いヴォルデモート卿(一時期魔法社会を恐怖政治で支配し、その失脚後も「名前を行ってはいけないあの人」と魔法社会の禁忌になってるほど)との因縁が徐々に明らかになっていく。



ボクは第三巻でこのシリーズの印象を変えた。「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」である。


「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」

多分、原作&映画ともにシリーズ最高の出来映えだと思う。魔法社会の犯罪者を監禁する驚異の刑務所アズカバンの幾十もの魔法をくぐり抜け、ある囚人が脱獄した。凶悪な殺人犯シリウス・ブラック。ここでハリーは自分の出生のナゾへ近づいていく。ヴォルデモート卿の攻撃を受けながら生き残った唯一の人間であり、しかも反対に彼を返り討ちに会わせ失脚させたというハリー。しかし当時一歳のハリーに自分の身にナニが起こったのかは分からない。両親がどんな人物かも分からない。新任のルーピン先生や脱獄囚シリウスとの出会いでそのナゾが徐々に解き明かされていく。そして天涯孤独だったハリーに暖かい結末が待っていた…。
●これは、かなり高度な推理サスペンスになってて、しかも魔法社会という異質なシチュエーションがその推理の複雑さに輪をかけている。ホグワーツ魔法学校は脱獄囚シリウスに動揺するが、ハリーたちはある疑問にたどり着く。彼は本当に凶悪犯なのか? そしてハリーは亡き父ジェームスの思い出を、親友であったルーピン先生とシリウス・ブラックから知らされる…。ハリーのルーツに迫る一冊。



第四巻「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」。ココから物語の分量がグッと増え、上下巻構成になる。

「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」

第三巻の出来映えが良過ぎたので、ちと冗長になったコレはオモロくないのでは?と思い長年本棚の肥やしにしていた。トピックはハリーの甘酸っぱい初恋。そんで、フランスとブルガリアの魔法学校の三校で競う魔法競技会の選手に選抜されちゃったハリー。コレまた奇想天外な競技会で、イキナリドラゴンと対決させられたり、水中人の暮らす湖でゲームを競ったり。知力体力時の運で勝ち残るハリー
●一方で、かつてヴォルデモート卿の下で恐怖政治を実行した魔法使い集団「死喰い人」が露骨なテロを引き起こす。ヴォルデモート卿復活の準備が整いつつあるのだ。そして競技会の最終戦に紛れ込んでハリーの前に姿を現すヴォルデモート卿。二度目の対決に辛くも生き残ったハリーだが、史上最凶の魔法使いも完全復活を遂げたのだ。



第五巻「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」は、このシリーズ第二のピークだね。


「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」

ヴォルデモート卿は完全復活した。しかし当局である魔法省はコレを認めない。ハリーの世迷い事と一蹴するのだ。まさに「不都合な真実」から目をそらす大衆心理。ハリーの理解者であったはずの魔法大臣までが態度を翻して未曾有の危機を隠蔽する。いや彼自身が魔王復活を信じたくないのだ。「私の任期にそんな事が起こるはずがない…大体証拠はハリーの目撃証言だけ」ハリーはデマゴークとして批判され、ホグワーツ魔法学校には当局から監視官として憎たらしい女性魔法使いが送り込まれる。結果としてヴォルデモート卿魔法省が、両側面からハリーを攻撃するのだ。日々監視と弾圧を受けるハリー。そんな危機に一番頼りになるはずのダンブルドア校長はナニもしてくれない…。
●一方で、ハリーの証言通りヴォルデモート卿復活を信じたレジスタンス「不死鳥の騎士団」が登場。強烈な個性を放つ手練の魔法使い集団は、まるでジェダイマスター。親友ロンの家族やルーピン先生、そしてハリーの名付け親だったシリウス・ブラックも合流してハリーを匿う。一方学校では、当局の弾圧を逃れ自警団「ダンブルドア軍団」がハリーを中心に組織される。頼りない級友たちだが、あまりに理不尽な当局の仕打ちに立ち上がった有志だ。
●非合法集団となった「不死鳥の騎士団」「ダンブルドア軍団」の隠密行動は、魔法省の奥深くに眠る予言の間に行き着く。そこで「死食い人」集団との正面衝突。血に飢えた凶悪な魔法使いと本気の魔法戦闘。そして最後に駆けつけるダンブルドア校長とヴォルデモート卿の一騎打ち。大切な人が命を失ったこの戦闘で、魔法で幾重にも防御された秘密基地「魔法省」は半壊。やっと魔法大臣は迫り来る危機を認識するのだった…。


第六巻「ハリー・ポッターと謎のプリンス」最終巻「ハリー・ポッターと死の秘宝」は、是非とも一気読みをお勧めする。2巻の間にはビシビシに伏線が絡まり合って間隔を空けるとハナシがコンガラがる。最終巻は全巻の伏線の総決算だ。
「ハリー・ポッターと謎のプリンス」
●第六巻は、ダンブルドア校長とハリーの個人授業を軸に展開していく。それは、ヴォルデモート卿の生い立ちを辿っていく旅である。人間社会の孤児院で育った美少年トム・リドルは、ホグワーツからの入学連絡まで、自分が魔法使いである事を知らなかった。厄介者のハリーをいじめ抜くダドリーおじさんの家で暮らしてきたハリーと同じだ。しかし自分に特別な力が備わっている事は理解していた。強力な魔法技術を持ち、その不遜さ、虚栄心、猜疑心を膨らませていったリドルは、永遠の命を得る為に恐ろしい禁忌の呪文で自分の魂を分割した。全ての魂を破壊できなければ、リドル=ヴォルデモート卿は不死である。その不死の力を以て魔法世界を支配するのだ。
●生い立ちの似たハリーリドルの、その後の人生の違いが浮き彫りにされる。ハリーリドルも、普通の人間(魔法使いはマグルと呼ぶ)との混血児だ。しかしリドルはその過去を隠し「純血主義」「血統主義」を押し出し、自分を頂点とする独善的なヒエラルキーを構築した。ここには人種差別的なエリート意識が仄めかされている。そしてそんな偏見に魅せられる魔法使いも少なくないのだ。
●一方でハリーは、マグル好きな魔法一家のロン、両親ともマグルハーマイオニー、巨人族との混血ハグリット、不器用なネビル、変人のルーナ、そしてさまざまな魔法生物(屋敷しもべ妖精、ゴブリン、ヒッポグリフ、ケンタウロス、学校を彷徨う幽霊たちなどなど)とも親交を結び、深く深く友情と信頼の意味を学んできた。ハリーと比較すれば、傑出した魔法使いでありながら孤独な人生を歩んだリドル=ヴォルデモート卿の半生は哀れさえも誘う。しかし、ダンブルドアの捜索の中でも明らかにされない魔王の謎はまだ深い。
●しかし魔王を打倒するためのダンブルドアとの旅は、陰惨な事件で断ち切られる。ヴォルデモート卿の策略と、入学時からのライバルだった純血主義者のドラコ・マルフォイ(父親のルシウス「死喰い人」)の働き、そしてシリーズ一貫してハリーを憎んできたスネイプ先生によって、ダンブルドアは殺されるのである。


「ハリー・ポッターと死の秘宝」


●最終巻「ハリー・ポッターと死の秘宝」では、ハリーと親友ロン&ハーマイオニーは最終学年にてホグワーツ魔法学校をドロップアウトする。ダンブルドアの遺志を継ぎ、分割されたヴォルデモート卿の魂を封じ込めた「分霊箱」を探す旅に出るのだ。しかしコレはタダの宝探しではない。ダンブルドアは勿体付けてヴォルデモート卿の全てをハリーに明かさずママに死んだ。なぜ校長は全部を打ち明けてくれなかったのか。謎めいた言葉と、不思議で役に立ちそうもないモノを3人に相続して、消えていなくなった。そんなダンブルドアハリーは苛立ち、あてもない放浪と逃亡の旅を続ける。
●しかし、この旅の過程そのものが、ダンブルドアの狙いだった。ヴォルデモート卿と対峙するにあたって、ハリーに最後の覚悟と勇気と知恵を授けるプロセスなのだ。それは教えられるモノではなく、自ら掴み取るものである。コレは全シリーズで一番陰鬱で退屈な冒険かも知れない。しかし少年が戦士として成長するために絶対必要なイニシエーションなのだ。
●後半は、我らが愛して止まなかったホグワーツ魔法学校を舞台に、最後で最大の魔法戦闘が繰り広げられる。巨大な魔法要塞でもあるこの学校の防御システムが動きだし、志ある先生生徒が迫り来る「死喰い人」と激闘を繰り広げる。「死喰い人」は禍々しい魔法生物まで駆り出して学校を破壊、愛すべき仲間たちが次々と命を落とし、ハリーの胸を焦がす。なかでも、シリーズを通して重要な役割を果たしてきたある人物の死に、作者は丸々一章を捧げている。その謎めいた行動に秘められた真意にハリーと読者は感動する。そして、ヴォルデモート卿との最後の決戦。魔力の大きさでは勝ち目はない。しかし、敵が知らない多くのモノをハリーは学び取った…。



シリーズ全編通して読めば明白だが、ハリー自身は「野比のび太」級のただのメガネだ。
●たいして運動神経も良くないし、魔法のセンスもイイわけじゃない。学校の勉強も並程度で、ルックスもよくないし、モテない。マトモに出来るっちゃー魔法のホウキの操縦くらいだ。のび太だってアヤトリと射撃という特技があるからね。よって、次から次へと迫り来る危機に対しては、ほとんど偶然の成り行きでギリギリで切り抜けてるだけ。ボクがヴォルデモート卿に殺されずに済んでるのはマジただのラッキー。ハリー自身も、ヴォルデモート卿もそう思ってた。

でもそれは偶然じゃないわけよ。確かにキッカケは偶然かも知れない。しかし魔法世界で出会う様々な人々に対して誠実に付き合う彼の性格は、地味ながら強い友情や愛情を集める。親友ロン&ハーマイオニーを始め、信頼に足る絆をどんどん築き上げる。その信頼の蓄積が彼をピンチから救うし、友情と絆の大切さを思うばかりに、時として火事場のバカ力を発揮する。ヴォルデモート卿に殺された両親からも特別な愛情を注がれ、ソレが故の強力な呪文で幼い彼は命を取り留めるのだ。
●最初から傑出した魔力を持っていた超エリートのヴォルデモート卿には、このテの感覚は理解できない。孤高を好み、周囲を恐怖で圧倒し服従させる。校長ダンブルドアは、この性格の違いにハリーの勝ち目を読んでいた。そして成長したハリー(最終巻は17歳)は、全てを自覚し、最後のクソ度胸で立ち向かう。魔王には理解出来ない領域で、魔王を大きく凌ぐ力を発揮する。子供向けのファンタジーにアリガチと言えばオシマイだが、この物語は、ある平凡な少年が、信頼と友情そして愛に包まれて、逞しい戦士に成長し、巨大な恐怖に打ち勝つ過程を描いている。



●そして「ハリー・ポッター」では、普通の人間社会(マグル社会)と変わらないクダラナイクソッタレな現実が、少年の目線からキビシく批判されている。

●重ねて言うようだが、魔法使いの中にある「純血主義」「血統主義」は、まさしく現代の人種差別や民族問題と重ね合わさる。マグルと魔法使いの通婚は珍しくなく、マグルとのハーフは大勢いる。希にマグルの家族に突然魔法使いの子供が生まれることもある。ハリーの女友達ハーマイオニーや、ハリーの亡き母親リリーがそうだ。が、純血主義者は彼らを「穢れた血」と呼ぶ。ヴォルデモート卿復活以降はマグルの混血を、魔王の手に堕ちた当局が検査監視する事態になった。そしてハリー殺害の暁には「民族浄化」が行われ、慎ましく世を忍んでいた魔法使いが一般社会を侵略し、マグル社会を支配していただろう。カスピ海ヨーグルトをキッカケに、静かな長寿国として有名になったコーサカスの高原国家グルジアが、民族問題と大国の干渉で一気に内戦へ突き落とされたのは皆さん周知の事実でしょう。丁寧に隠蔽されているが、中国少数民族が中央のイデオロギー教育でその多様性を保持出来ない状況、そして広がる経済格差で負け組に突き落とされていく状況と、同じじゃないだろうか。
一方で知性のある魔法生物への差別偏見も著しい。しもべ妖精は、裕福な魔法使いの屋敷で奴隷労働に従事している下等生物だが、感情も理性も人格も持ち合わせている。その不当な扱いにハーマイオニーは彼らの権利を認める署名運動を始めるなんてエピソードもあるのだが、最終巻ではかつてハリーが救ったしもべ妖精の活躍で仲間はピンチを切り抜けるのだ。

●魔王復活に対して、当局の対応が後手後手に回るどころか、ハリーをデマゴーク呼ばわりして、魔法省の権威を転覆するテロリストと認定した第五巻のエピソードは、もう目も当てられない。マスコミも当局発表を信じてハリーを公然と批判した。政府の隠蔽体質や情報操作のテクニックは鮮やかで、ハリー魔法省から送り込まれた魔法教師に、拷問に近いような体罰を強いられた。そして魔法省内部でヴォルデモート卿が大暴れする事態に至って、やっと当局は見解を覆す。
●第六巻は、この魔法大臣が失脚し、新たな大臣が紹介される所から始まる。しかし政権が変わったとはいえ、彼らのやり口は変わらない。ヒステリー反応のように、ちょっとでも怪しげな人物を片っ端から逮捕監禁し、恐怖の監獄アズカバン送りにしつつ、ハリーには魔法省に時々顔を出して、魔王復活をいち早く察知した英雄が魔法省と連携しているというパフォーマンスを演じてくれと要請するのだ。もちろんハリーはこの提案を一蹴する。「少年には世間の大局が見えてない」と大人は言うだろうが、細分化された官僚主義が社会改革を阻んでいるのが今の日本の現状でしょう。社会保険庁問題は誰が大局を見ていたのか?道路特定財源行政は誰が大局を見ていたのだろうか?


大人のウラ読みはココまでとして……。結局一番大事なのは友情だ。
●第六巻で行われたハリーへのダンブルドア校長の個人授業は、この前提から始まった。この授業で見知った事は、全て親友ロンとハーマイオニーと共有しなさいと。そしてその指示通り敵ヴォルデモート卿の生い立ちと弱点を巡る旅を、ハリーは2人と共有しより絆を強くした。隠し事のナイ仲間、彼らはその信頼を受けて、ダンブルドア亡き後の困難な旅をハリーと共にする。ハーマイオニーは家族から自分の記憶を消し去り、ロンは魔法で自らの傀儡を作って家を出た。家族を捨てて命を賭けた旅に出た。
●ノマドヒヨコが将来この本に触れてくれるなら、そこまで心底付き合える友人を作る意味を学び取ってもらいたい。そしてそんな同士がいるからこそ、人間はどんな強敵を前にしても勇気を持って戦えるのだと。

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