日本語ヒップホップで気になる音源に出会った。

Shing02「歪曲」

Shing02「歪曲」2008年
●ファーストアルバム「緑黄色人種」1999年での登場は衝撃的だった。「オレはブラックでもホワイトでもないが、ただのイエローでもない」そんな独特のポジションから繰り出されるライムの内容があまりに特殊。まるで文学青年がラップするかのような不思議な詩世界。この作品では、まるで時代の流れに逆行するかのような頑なさで、あの最初の衝撃をより増幅させている。何かが「歪曲」している状況を批判しているのか?何かを「歪曲」させようと企んでいるのか?ジェイポップ市場の中で大きな商品となった日本語ヒップホップの中で、彼のアンチ・ポピュラリティな態度は、異端中の異端に見えた。
●メロディックなフックと、わかりやすい流行の言葉、若者の共感を呼ぶメッセージ。チョッピリの不良っぽさ。コレが今の日本語ヒップホップの位置だと思う。でも Shing02 の音楽には、今挙げた4つの要素が全部ない。トラックは純邦楽の要素を織り交ぜた人力グルーヴが主体。そこに乗っかるのは、作家志望文系青年が丹念に織り上げた固い日本語の羅列。ココで言うBボーイのBは「ブンガク」のBだわ。上・下と二曲に分割された大曲「美獣」は、総尺20分超えで、ラップどころか、ポエトリーリーディングすら飛び越えて、完全な朗読劇になってる。

緑黄色人種 SHING02



コレと、息子ノマドの宿題が、ボクの頭の中で結びついた。

ひばり

小学一年生のノマドの宿題に「音読」というものがある。
●我々が暮らす世田谷区は、国語教育に思い切りチカラを入れていて、「国語」という教科とは別に「日本語」という教科がある。その「日本語」や「国語」の教科書を眺めると、宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」にはじまって、現代詩までが収録されており、生徒は意味もわからずソレを繰り返し「音読」するのである。とくに日本語のリズミカルな気分を大切にしているようで、谷川俊太郎の楽しいリズムを持つ現代詩などは、それを聞くボクらも気分がよくなる。
●ノマドたちは、親に自分の選んだ文章を読み聞かせ、その回数に応じてセンセイからかわいいシールをもらう。シールがたくさん集まると、小さな賞状をもらう。コレがうれしくて皆が一日に何回も同じ文章を読み繰り返す。最終的には完全に暗誦してしまうほどだ。

「音読」宿題に、悪文が登場。
●ワイフにノマドが文章を読み聞かせるのは、我が家では夕方の普通の風景であり、来年小学校に上がるヒヨコですら「はやくオンドクしたいなあ」とよく言っている。しかし、最近はどうも調子がおかしい。ノマドが読み間違えたり、つっかえたりする。そこをワイフが指摘する。中途半端にプライドの高いノマドは「ママ、じゃましないで!ちゃんとよんでる!」とわめく。ワイフも「よめてないわよ、もう一回ソコ読んで!」モチベーションを失ったノマドはすぐふてくされて半ベソをかく。これが3日連続でつづいた段階で、ボクもさすがにイラッと来た。「うるさい!二人とも一度黙りなさい!」
●ワイフには、「あんた、まず一回黙って、ノマドの好きなように最後まで読ませなさい。一行一行ストップされたらノマドだって荒れるに決まってるだろ!」そしてノマドへ。「ノマド、落ち着いて、最後までパパに聞かせなさい。まとめて気づいたことを後でいうから」
●うまくいかない原因は一読させて判明した。今までは比較的短い韻文詩で、日本語のリズムを重視した素材が選ばれていた。だいたいは話し言葉で書かれ、「ですます」調だった。しかし、今回の素材は、教科書10ページにおよぶ散文で、「だ、である」調の書き言葉。しかもワザと狙ったように、テンポを脱臼させるリズム感でつづられている。
●ノマド、これは今までの音読と違う。大人用の言葉使い「書き言葉」で書かれている。今までは「話し言葉」で書かれたものばかりだったし、それはノマドが普段からしゃべってる言葉と変わらないけど、この「書き言葉」はノマドがいつもしゃべってる言葉とは違うんだ。だから難しい。「しろくまはそのばにひざまつき、ゆきをながめていた」。ノマド、言葉の意味は判ると思うが、「ひざまつく」とか普段使ってる言葉か?「ながめていた」「ながめてた」じゃ雰囲気や意味が変わっちゃうんだぞ?コレは、ノマドがお兄さんになるためにワザと用意された難しい音読だ。だからママは細かく注意もするが、それはしょうがない。いつもの音読と違うんだから。わかったか!
●それと、カッコでくくられた部分は、登場してくるシロクマの言葉だ。だからココだけ「話し言葉」になってる。でもオマエ、このカッコの言葉が誰の声かわかってないだろ。例えばコレは誰がしゃべってる?「このくまさん」オマエ、教科書のイラストのくまさん指差しても意味ねえよ。くまの赤ちゃんか、お母さんくまか、突然現れたオスのくまか?「…わかんない」 だろー。そこまでわかって読まないと、読んだウチには入んないよ。だから、ママのいうことをちゃんと聞いて正確に読みなさい。そんでワイフ、枝葉末節の部分で注意してるだけじゃ、揚げ足取ってるだけにしかなんないの!全体の質の違いを把握して、アンタ自身が問題意識を持ちなさい。以上!


ここで Shing02 の話に戻る。
黒人の言葉遊び的な習慣が音楽的な価値にまで昇華されたのがヒップホップという表現手法だ。ヒップホップはアメリカ黒人のライフスタイルやファッションまでひっくるめた総合芸術となり、90年代以降、世界中のポップミュージックに影響をもたらした。日本語でラップがされようと、ヒップホップのスタンスは、若者の気分を代弁するポップカルチャーで、そんな観点から作られた楽曲が日本でたくさん売れている。
●でも、Shing02 はヒップホップのフォーマットは借りつつも、目指す場所は、日本語の持つ文学的表現とリズム的表現の最先端が結合する臨界点。かつて LOU REED は言った。「オレはロックンロールでドフトエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』をしのぐようなモノを作り上げたい」Shing02 の狙うところもそういうコトなのかもしれない。

●で、ノマドの「書き言葉」音読。つまり、何が言いたいかというと、堅苦しい言葉を選んでライムとフロウを構成する Shing02 と、書き言葉をうまく声に出してリズムをつかもうとするノマドの宿題は、実は同じ方向をむいているのではないか?ということ。
●ノマド、音読の宿題終わったら、パパの部屋に来てくれ。「なーにー、パパ?」 ノマド、今からかける音楽を聴いてみてくれ。ノマドの音読練習の先の先には、こんなことをしている人がいるんだよ。そんでアルバム「歪曲」を大音量でプレイ。機関銃のようなラップと床を振るわせるビートに直撃されたノマド、宿題に疲れた様子が、たちまち笑顔に変わって、小刻みに足でステップを踏み出した。どうだ、日本語をこんなふうにして読み聞かせる人がいるんだ。難しい言葉をスゴイスピードでしゃべってるから、ナニ言ってるかわかんないだろうけど。でもカッコいいだろ!「うん!…でもホントはおもいついたことをメチャクチャにしゃべってるんじゃないの?」違うよ、一生懸命作文して、うまくリズムに乗るように工夫しているんだよ。コレを「ヒップホップ」というんだ。
●ヒヨコも部屋に駆け込んできて、踊りだした。「ヒヨコ、なんだかおどりたくなっちゃった!」そうか、ノマドヒヨコがお兄さんお姉さんになって、もしこんな音楽をやりたいと思ったら、もっとたくさん聞かせてやるよ。

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