映画「レッドクリフ」は結構ヒットしたようですね。でもちと不満…。
ボクは、この映画、実は試写会で見たんです。あれはまだ夏の頃…。試写状を見た瞬間、「おっ!赤壁の戦いが映画化か!」と感動、病気をおして、半蔵門の試写室まで足を運んだのです。で立派なパンフレットまで配られてワクワクしてたら、映画会社の人のごあいさつに衝撃。「このたびは、レッドクリフ<第一部>の試写に来てくださりましてありがとうございます…」んっ?<第一部>?試写のお誘い状にも、この立派なパンフレットにも、どこにも<第一部>なんて書いてねえじゃん、なのに、今この上映直前に「このお話は途中で終わります、続きは<第二部>で…」ってそりゃねえじゃん!ガクッ。

レッドクリフ

これ、試写室でもらったチラシ。ね、どこにも「第一部」なんて書いてないでしょ。TVスポットも途中から小さく「PART1」の文字が挿入されたって感じだった。ずるい。
●結果として、「あれ~」って気分を引きずりながら見たもんだから、途中で爆睡してもうた。病気のおかげで上映終了まで集中力が持続しなかったのよ…すいません。結局、肝心の「赤壁の戦い」は描かれたのかどうか、ぼく知りません。

●監督はジョン・ウー。「男たちの挽歌」で名を上げ、ハリウッドに進出したバリバリの香港ノワール野郎。ニコラス・ケイジ「フェイスオフ」、トム・クルーズ「ミッション・インポッシブル2」で、大味なアクションを撮りまくってた男。今回は、曹操率いる80万人の軍隊とか、2000隻の艦隊が登場するなどスケールは超ド級でござんす。あきれるほど大げさな演出が炸裂しまくる。CGもフル稼働だろうが、無数のエキストラを使った一糸乱れぬ布陣編成と用兵技術にはホントに舌を巻く。諸葛亮孔明が指示した陣形が、鮮やかに組み上げられる様子にはマジで圧倒。

この作品を観てて連想したのは、北京オリンピックの開会式。
●あのセレモニーの演出は、ウー監督とも同世代の映画監督チャン・イーモウだった。ボクは、初期のチャン・イーモウが描く、つつましやかな中国農村の悲喜劇が大好きだった「赤いコーリャン」など)が、最近は予算もCGもふんだんに盛り込んだ大作志向に走ってる。チャン監督といいウー監督といい、中国人監督は、低予算なら低予算なりにキチンとした芸術作品を作ることができるのに、いざ巨大予算を握ると、とんでもないほどの大げさ演出に爆走してしまう傾向があると思う。あの開会式の、ビックリ仕掛け満載の巨大マスゲーム&CG挿入コミの花火演出(&口パク唱歌パフォーマンス)は、確かにスゴイと思ったが、一方で人の数に任せて大技チカラ技を繰り出す趣向は、中国人の国民性に深く関係しているのでは?と思った。大体、そもそも1800年も前に、80万人も稼働させて戦争するっていう曹操の発想からして「大きいことはイイことだ」的な大味加減で、それは中国共産党毛沢東思想(ずばり「人海戦術」な建国初期の産業振興政策とか)にまで浸透していると思う。


キャスト、最近は「武将萌え」という言葉があるらしいが、女子的には十分萌える要素たっぷり。
諸葛亮孔明金城武の知将・周兪トニー・レオン。ウォン・カーウァイ監督「恋する惑星」以来のタッグかな。少々の汚しメイクで、戦乱の世を生き抜くたくましさが漂っている。若き呉王・孫権を演じるチャン・チェンは、エドワード・ヤン監督「カップルズ」などでローティーンの頃から活躍してた子役上がりの台湾人俳優。風格漂う大人になってた。悪役の魏公・曹操は、チェン・カイコー監督「覇王別姫 さらば我が愛」で、今は亡きレスリー・チャンが同性愛的な思いを寄せる男を演じたチャン・フォンイーが務める。つまりだね、開放政策以降の中華圏映画を鮮やかに彩ったスターが結集してるってことよ。おまけに中村獅童まで登板。の武将・甘興を演じている。さながら鬼軍曹のようなポジション。本来は端役の予定が、現場でウー監督がいたく彼を気に入り、出番を増やしたらしい。確かに気合が入っている。



横山光輝「三国志」

一方で、横山光輝「三国志」を読破。
●横浜の精神科デイケアに、ほぼ全巻そろっていたマンガ「三国志」をやっと全部読み終えた。ふう、すごく時間がかかったよ。なにしろ、登場人物がすごく多いのに、顔の区別がつかないメリハリのないキャラ設定。淡々としたコマワリと、ワンパターンな戦闘描写。イイマンガとは言えない。同じく「三国志」を取上げた王欣太「蒼天航路」の方が大胆な解釈が入って、劇画的躍動感は100倍だ。しかし、あくまで原典に忠実であろうとした横山版「三国志」話のディテールにはムムッと思わせる場面も多々ある。

王欣太「蒼天航路」01 王欣太「蒼天航路」1巻


●映画「レッドクリフ」は、金城扮する諸葛亮とトニー演じる周兪の友情と絆に重きを置いているが、横山版「三国志」では、諸葛亮と周兪の関係を、同盟と見せかけた策略の仕掛けあいとして描く。
諸葛亮が発案した大胆な中長期戦略プラン、魏・呉・蜀の三国鼎立で中華全土のパワーバランスを保つという構想を実現させるためには、成立間もないの代理として、呉を魏にぶつけるというのが必須条件。反対にに恭順してしまえば、三国鼎立のプランは崩壊しドミノ的にの軍門に下る他ない。そこで諸葛亮は自ら使節として王室に接触、巧妙な外交手腕で嫌戦気分すらあった呉に対魏戦争を決断させる。しかし周兪諸葛亮の狙いを見透かし、その才能を危険視して暗殺さえ試みる…。蜀・呉の最高の頭脳が、水面下でつばぜり合いをしながら、最強の敵・曹操軍を迎え撃つ。この知略戦は、映画以上にスリルがある場面だった。

「三国志」と言えば、「桃園の誓い」によって結ばれた、劉備・関羽・張飛の義兄弟がメインだが、正直このトリオには、ボクはそんなに魅力を感じない。横山版「三国志」の主人公は、間違いなく諸葛亮だ。あやふやになった漢王朝の正統性にはとっとと見切りをつけ、実勢に合わせた軍事バランスで中国文化圏を再編成する(つまり三国鼎立)発想は、有史以来基本的には中央の正統王朝を頂いて来た中華文明、しかも始皇帝以来400年の盤石な統一を保って来た中国の歴史から見ると、容易には到達できない斬新かつ過激な発想だ。
●しかも、歴史的重要拠点を含む北部を支配する、南部沿岸地帯にて急成長したに対して、未開発地帯だった西南部山岳地帯~四川盆地に拠点を作るという発想もドラスティックだ。外敵の進入を防ぐ自然の要害がある一方で、開発の伸びシロも大きい。中華文明が及ばない東南アジア方面まで自ら遠征し、当地の諸民族を教化するということまでしている。西部の辺境地帯の豪族とも連絡し、共闘する場面もある。彼の発想は、中華文明の枠を飛び出し、拡大させるまでに至っていたということだ。


中華の大地を三分割した諸葛亮はスゴい。でも再統一のプランはあったのか?
横山版「三国志」で、諸葛亮「北伐」と称して何度も何度も執拗に領内へ侵入しては、古都・長安へと軍を進める。迎えるは、曹操亡き後の最高の知将・司馬懿。このオトコの子孫がその後クーデターを起こしてを滅ぼすに至るが、それは「三国志」の時代の後の事。
●しかしこれがどうしてナカナカうまくいかない。必ず不慮の事態が生じて途中で頓挫する。基本的な戦術ミスをして補給ラインを断ち切られ、作戦遂行に決定的なダメージを与えた若き武将・馬謖を、軍規に則って涙しながら処刑したのもこの頃(「泣いて馬謖を斬る」)。最後は、自分の寿命までを読み切って、自分の死後の撤収作戦までプランしてから息を引き取る(「死せる孔明、生ける司馬懿を走らす」)。諸葛亮の死後、ほどなくによって滅ぼされる。

諸葛亮が君主と仰いだ劉備玄徳は、一応王朝の血筋を引くモノとされてるが、わらじ編みを生業としてた平民出のオトコで、ぶっちゃけタマタマ名字が王家と一緒なだけでその真偽は甚だ怪しいモンだ。しかし、関羽・張飛・趙雲といった名将を従え強力な軍閥を率いていた劉備は、領土こそ持たないが、混乱した時代を動かすキーパーソンになると、諸葛亮は考えたに違いない。多分自分じゃ1ミリも信じてない「漢王朝の血筋」というプロパガンダを押し進め、今だ細々と存在はしていた漢王朝に半ば並立するカタチで旗を掲げさせる。同じ名字のよしみで世話になってた劉表の封土を奪い取れとそそのかしたりもする。
「三国鼎立」状態においても、「漢王朝の血筋」という要素が再統一の有効な手段だったと思っていたに違いない。明らかに小人物であった劉備の息子・劉禅を押し立てたのも、正統性を主張する重要なアリバイであったからだ。
●ただし、古都・長安を攻略してココにの首都を移し、劉禅新生漢朝皇帝を名乗らせる事で、諸葛亮自分がデザインした「三国鼎立」の軍事的均衡バランスを、再統一へ動かすことができたであろうか?北伐成功以降の戦後処理に、彼がドコまで明確なプランを持っていた事か?
●例えば、「呉」の国。彼らは中原文明とは離れた地点で発達し、華南地域の開発を独力で果たした。だから連中は自衛戦争はすれど、中原エリアの軍事闘争に積極的に関わろうとしない。蜀&呉は一応同盟関係だが甚だ消極的で、きめ細かい連携は取れたためしがない。オマケに「三国鼎立」プランの確立のために、諸葛亮孫権「皇帝」を名乗る事を認めている。今さら王朝の臣下になれと言って聞く気配はない。
●そして強敵「魏」曹操はあくまで「漢王朝」の有効性を、諸葛亮と同じ目線で評価していたので、政治的に散々利用しながらも滅ぼそうとはしなかった。その意味で曹操はモノのわかった頭脳の持ち主だったと思う。の最後の皇帝を廃位し、自ら「皇帝」を名乗ったのは息子・曹丕だ。の拠点・許都までは、長安からさらに東へ遠く進軍しなくてはいけない。つまり、多分、再統一は無理メの勝負。諸葛亮自身の寿命と共に衰亡していくには、政権維持能力を持つ人物に欠けていたから(晩年の諸葛亮は、に人材が乏しい事を多々嘆いている)、北伐が成功しても中華文明の再統一はほぼ不可能だったに違いない。


中華文明の分裂状態とローマ帝国の崩壊の符号。
●中国史をロングスパンで見ると、「三国志」の混乱時代はマジで些細な事件。この「三国鼎立」をキッカケに、以後400年間、中華文明は分裂状態に陥る。辺境民族の侵入に洗われてより強烈なカオスに巻き込まれる。そんで6世紀の隋帝国の出現まで乱世の時代が続くのであります。
●一方、「三国志」の時代、2~3世紀にかけて、ユーラシア大陸の逆サイドの巨大文明、ローマ帝国も存続の危機を迎える。やはり辺境民族の侵入に苦しめられることになる。今、塩野七生「ローマ人の物語」で、このヘンの時代を読んでるのでタマタマこの共通点に気付いた。この奇妙な符号は偶然なのか、必然なのか?
●そして、もう一つの関心。この混乱の時代に対してその時代の人々がとった行動は? 混迷を深める今の日本&世界にも繋がるモノがあるような気がしてならない。このヘンの検証はまた後日。

塩野七生「ローマ人の物語 終わりの始まり」塩野七生「ローマ人の物語 終わりの始まり」

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