「篤姫」総集編、見ちゃったよ。
●年末年始のテレビでマトモに見たのは、これしかないなあ。

●キッカケは、同期の女の子から、原作本/宮尾登美子「天璋院篤姫」を借りたコト。
●彼女のセクションは特殊な事務部門で、エンターテインメントコンテンツとは関係ない仕事をしているが、会社としてはエンタメ業界の一角を担う企業な訳なので、「もっとヒットコンテンツの勉強をすべき」と主張して自分の蔵書を会社に持って来て貸出しをしているのだ。「20世紀少年」とか「デスノート」とか「医龍」が全巻揃ってた…。カッチリした貸出しノートが出来てるのが事務屋カルチャーな匂いがしてオモシロかったが。
●マンガが中心の蔵書であったが、ボクはほぼマンガに関しては既に自分でチェックしてしまった物件ばかりだった。が、この大河ドラマの原作だけはノーマークだった。そもそも大河ドラマなんてフツウなら全然興味ないし…。しかし「篤姫」は近年まれに見るヒット作だったし、宮崎あおいは確かに注目の女優だったので、借りて読んでみる事にした。

新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)新装版 天璋院篤姫(上) (講談社文庫)
(2007/03/15)
宮尾 登美子

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新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫)新装版 天璋院篤姫(下) (講談社文庫)
(2007/03/15)
宮尾 登美子

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実は、ドラマと原作の落差は大きい。
ドラマは、より分かり易く誇張して描いているので、原作には登場しないシチュエーションがわんさと出て来る。そもそも、暎太くん演じる小松帯刀という人物が原作には登場しない。原田泰造大久保利通も登場しない。勝海舟坂本龍馬も登場しない。篤姫は、幕末という激動の時代に揺さぶられた人生を送るが、果たして「江戸城無血開城」という偉業を成し遂げた重要人物だったかというと、原作ではそこまで突っ込んだ解釈はしていない。むしろ、不安定化する政情の中で運命に翻弄されていく女性で、ハンパない忍耐を強いられながらも、その運命にホンの一矢報いるために、その利発さをちょっぴり発揮するというテンションだった。

彼女にのしかかるストレスはハンパない。
●ドラマを見た人はご存知の通り、篤姫島津家の四番目の分家の娘だった。そのローカルでアットホームな環境から、島津宗家の養女にフックアップ、当時の日本で第二の勢力を誇る大大名の姫君教育を受ける。それが一区切りついたら、江戸に上がって将軍家輿入れのための再教育。様々な根回しを経てやっと大奥に入れば、俗世とは乖離した特殊な文化が彼女を圧迫する。やっとの思いでその大奥を掌握したと思ったら、「公武合体」皇女和宮がやって来て、京朝廷文化と江戸大奥の熾烈な摩擦が始まる。あげく実家の薩摩藩が江戸幕府転覆のために進軍して来る。フツウの人間なら神経がどうかするわ。江戸城を出て、華族として存続を許された徳川家の一員として、やっと静かな晩年を迎える事が出来る。立場がレベルアップするごとに、彼女には過酷な運命が待っている。その苦難をなぞる小説だった。


ドラマは「総集編」ながら大分楽しんでしまった。
●タイトルの中での宮崎あおいクリムト風のCGに包まれてとてもキレイ。

一番の存在感は、ボクん中ではダントツで、堺雅人扮する13代将軍徳川家定だ。
痴ほう的とも楽天的とも言える能天気な笑顔と、幕府の最高権力者とは思えない軽く高い声で、この人物を描いた堺雅人という俳優に心服。小説では病弱で知能障害もあった哀れな人間として描かれていたが、ドラマでは人を食ったようなスットンキョウな奇行と、そんなウツケモノを敢えて装うクレバーな一面の対比がとても痛快だった。彼は、暗殺の恐怖と為政者としての重圧、そして信頼出来る者が誰一人いない孤独から、ウツケモノを長々装ってきたが、篤姫との出会いでその精神のササクレを少しずつ癒し、徐々に彼女にココロを開いて行く。夫婦として同衾しながらセクシャルな行為は全くなかったが、二人だけで興じる「深夜の五目並べ」が、清らかな美しい愛情表現として、ココロの交流を象徴していた。

●ドラマの中で、婉曲な男女の愛情表現を象徴する「碁盤を挟んでの交流」を、篤姫と結んだもう一人の人物が、暎太演じる小松帯刀だ。ボクはこの人物が幕末の混乱期にどのような活躍をしたのか、そして実際の篤姫とどのようなカンケイにあったのか知識は全くないが、互いに良き伴侶を持ちながら、生涯を通じて良き友人であった男女の表現は、実に現代的な男女カンケイの反映に見えた。恋慕の気持ちはあってもそれはあくまで最後まで隠し通し、一方でお互いが相手の立場を慮って助け合う。史実から逸脱しているとしても、この二人のカンケイはドラマとしては現代感覚としての重いリアリティを持っている。

そんで主役・篤姫を演じた宮崎あおい。
撮影時の実年齢で22歳。そんな彼女が12歳から49歳の女性の生涯を描き切る。実は大河ドラマ史上最年少の主役抜擢でもあったらしい。彼女の撮影後のインタビューによると、実年齢の2倍を超える晩年を演じるよりも、実年齢よりも下の、薩摩の田舎で過ごした少女時代を演じる事に工夫を凝らしたという。篤姫の力強さは、ティーンエイジの少女時代に培われた。下級武士など様々な階級の人々に接し、大自然の中で奔放に過ごした時代があってこそ、波瀾万丈な事態にも対応出来る力が備わった。
そこで彼女は口を横イッパイに伸ばして笑う快活な少女を努めて演じた。放送当初「あの笑顔がウザイ」との声もあったが、彼女の意図としては、過酷な運命に翻弄されて笑顔一つ許されなくなるその後の篤姫とのバランスをとるために、敢えて満面の笑顔を振りまいたという。その後大奥に入って以降、冷徹な判断で難局を乗り越える篤姫から笑顔は消えて行く。江戸城の武装解除、大奥の解散を申し渡す篤姫の表情は、まさしく武士の表情だ。だからこそ、成人してから僅かにかいま見せる笑顔に、大きな説得力が宿る。若い彼女に底知れぬ才能を感じさせるエピソードだと思う。


幕末という政治情勢。徳川慶喜の「大政奉還」。
島津斉彬篤姫を将軍家に嫁がせた理由は、改革派と目されていた一橋慶喜を次期将軍に擁立するよう工作するためだった。しかし、実際に篤姫が面会した慶喜は、養父・斉彬が言うような英明な人物には見えなかった。最終的に篤姫は、幕政刷新/新政府樹立のために、相手として組み易い慶喜を将軍に据えた方が倒幕に際して有利になるだろうと、斉彬が考えていた事を悟る。
●これが史実かどうか知識はないが、慶喜擁立が成功していれば、「大政奉還」はもっと早く実現していたかも知れない。徳川最後の将軍は、明らかにやる気レスで、鳥羽伏見の戦線からも早々軍艦で離脱してしまう。そんで早々謹慎を決め込み朝廷へ恭順を表明、ノンビリ余生を過ごすのだ。彼はその後写真趣味にハマって、荒廃した江戸城の様子を撮影したりして、77歳の長寿を全うする。
外国の最新鋭艦隊による軍事的圧力と、朝廷からの攘夷を迫る政治的圧力に板挟みになって、完全に機能不全に陥っていた徳川幕府に政権担当能力はないと見切って、即座に解体すべきが最良と判断した慶喜は、大局を看破した天才だったのか、ただの無責任だったのか。しかし、ハッキリと機能不全に陥っている自民党政権をどうする事も出来ず足踏みを続ける麻生首相よりは潔いとも言えると思う。


19世紀は帝国主義列強の世界分割の時代。日本のラッキーは幕府/朝廷の二重政体だった事。
●なし崩しにアメリカなどと不平等条約を結んだ日本は、明治政府への政権交替で急速に西洋型の近代国家へ脱皮していく。徳川幕府に対して、朝廷というオルタナティブな政体/権威を従来から備えていた、言わば「二重政体」という特徴を持っていた事が、日本のラッキーな状況だったとボクは思う。幕府から朝廷がイニシャティブを引き継ぐ事で、政権交替のための内戦は最小限に留められたし、政治的空白を作らず改革へのスピードも速くすることができた。薩長同盟だけの単独行動ならこの反乱に正統性の裏付けは乏しく、日本はもっと深刻な内戦状態になっただろう。そして西洋列強の介入で分裂に追い込まれてたかも知れない。
●政権交替がスムーズに進んだのは良かったが、「脱亜入欧」がスローガンとなり、なんと見事に自らが帝国主義国家になってしまったのは誠に残念な行き過ぎだ。結果として西洋列強と競うように、朝鮮半島、中国へ進出していくことになってしまった。近代国家へのモデルチェンジに失敗した朝鮮王朝、清王朝は、政権内の各派閥に列強の手先が食いつき、その国土はモノの見事に列強のクイモノにされた。しかもこのエリアで一番エゲツなく立ち回ったのが日本だったというのが実に皮肉だ。


ボクは、たまたま、ハワイの歴史に関する本も読んでいる。ハワイも日本とほぼ同時期に帝国主義の荒波にもまれた文化圏だ。で、ご存知の通り、アメリカ合衆国50番目の州になる。政治的アイデンティティを失いつつも、豊かな文化を後世に遺そうとしているこの島の人たちの方法は、欧米帝国主義の野望から逃れたのに、自分がそのまま帝国主義者になってしまった日本とは実はウラオモテだ。このハワイのオハナシは、また後日考えたいと思う。



●音楽のハナシ。をしないと、ブログの主旨がブレるので。


Flowers in the DirtFlowers in the Dirt
(1990/10/25)
Paul McCartney

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PAUL MCCARTNEY「FLOWERS IN THE DIRT」1989年
●こりゃまた、随分中途半端な時代のポールだね~、って自分でも思う。80年に JOHN LENNON が殺されたショックで、ポールはソレまで活発に活動してたバンド WINGS を解散、ツアー活動を自粛してしまう。誰でもブチ切れたファンに殺されるのはイヤだからね。そんでレコーディング&リリース活動だけに留まってたのがポールの80年代だ。
●ただし、さすがのポール、ただボケーッとしていた訳じゃない。STEVIE WONDER「EBONY AND IVORY」1982年をコラボ。MICHAEL JACKSON とは「GIRL IS MINE」1982年「SAY SAY SAY」1983年をコラボする。でコレがことごとくヒットする。そんでここでの目玉は、ELVIS COSTELLO とのコラボだ。11曲の共作を行い、2曲は COSTELLO のアルバム「SPIKE」に、4曲がこのアルバムに収録されてる。ヒット曲「MY BRAVE FACE」も二人の共作で、Bメロからサビへの導入などは、もう COSTELLO の曲にしか聞こえなくなって来る。

●個人的には、1989年はボクが高校一年生だった時期、実は THE BEATLES を意識するようになって初めてリアルタイムに聴いた FAB 4 の曲だったわけですよ。高一のボクに THE BEATLES の価値を説いたのは、後期のサイケ側面に異常にコダワッてたナツエスくん(仮名)と、前期のアイドル側面にキャッキャとハマってたローリー(仮名)というオンナノコであった(コレ、過去の記事で書いたハナシです)。で、「MY BRAVE FACE」ローリーのフェイバリットソングだったわけね。ローリーは今だワイフと友達付き合いが続いているが、ボク自身はもう15年くらい会ってない。でも今だにこの曲を聴くと彼女の顔を思い出すのですよ。
●実際にアルバムを購入したのは、先月 BOOK OFF の250円コーナーにて。COSTELLO がバックにいたなんて今回初めて知った。レゲエにも挑戦してるし、THE BEATLES 時代を思わせるメロウなポップソングも聴ける。

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