自律神経失調症とのお付き合い(その88)~「デイケア最終段階」編
●三月第一週。梅を観に行きました。

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●本来のボクには風雅すぎる行為なのですが、これはボクが週一回で通院してる精神科デイケアプログラムの一環なのでした。マイクロバスで十数名のメンバーさん&スタッフさんで移動、公園で梅の花を眺めるなんてしちゃったのでした。実はコレがとても寒くって、この週は体調がボロボロになっちゃったんだけど。

そんで今週のメニューは、ナゼか「釣り入門」。
●普段は「学習会」と称して、「生活保護申請」とか「インフルエンザ予防」とか、役立つ知識を講義するんだけど、今月はナゼか「釣り」。デイケアスタッフである臨床心理士ソコさんの趣味が海釣りというだけの理由で決まったらしい。今日初めて知ったけど、ソコさんの前職は釣り具店の店員さんだったのだ。
ソコさんはパワーポイントでプレゼンし、自分が釣り上げたサカナの写真をプロジェクター大画面で何枚も何枚も紹介するのだ。アジやイシダイ、シイラにカツオ、カサゴにメバル…あとはボクの知らないサカナたち……なんかコレ、ただの釣り自慢じゃないか……あ、段々飽きてきた……なんか眠い……で、ボクは熟睡。ボクが寝てる間に、実際の釣り竿を見せて「コレがリールです」的な解説もあったらしい。けど、よくわかんないや。精神科デイケア、ホントに癒し系。ホントにいつもノドカです。



しかし、この平和な空間と、お別れする時期が近づいてきた。
●会社診療所でのヤリトリ。産業医、会社の非常勤カウンセラーでもある横浜の精神病院の院長、そして池尻の心療内科の先生。3人の医師の意見を総合して、今後の大まかなボクの復職プランが整理されてきた。現在のペースで通勤訓練が出来ていれば、3月イッパイで週一回の精神科デイケア通院を辞めて、会社への通勤訓練を週5日にする。
●週5日ペースが定着したら、会社滞在時間を段階的に延長し、4月中に 9:30~18:30 という正規の就業時間まで伸ばす。そして、5月GW空け以降のドコかのタイミングで、復職とする。……ま、トラブルのない最速の理想パターンだ。…理想パターンはドッカで必ずコケるから、順調に進むとは思ってないけど。


●しかしともかく、去年7月から通ってきたこの「精神科デイケア」とお別れすることになる。そう思うとドコか寂しくなる。
●ココに集まる人は、皆ココロを病み、社会に順応出来ずにいる人たち。しかし皆一様に、物静かで、落ち着いていて、時に朗らかで、繊細で、心のキレイな人たちばかりだ。ボクがかつて抱いていた「精神障害者」というイメージは大きく覆された。とかく犯罪やトラブルに結びつけられる事の多い「精神障害者」という人々。しかし彼らのマジョリティは、静かに慎ましく暮らす、ちょっと内気な人々だった。それがここデイケアで学んだ大きな収穫だった。


●今日は、この「精神科デイケア」について、今一度考えるお話になります。「精神科デイケア」ってナニ?という人には、ボクがココに通院し始めた時の記事を事前に読んでいただく事をお勧めします。
自律神経失調症まとめページhttp://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-category-7.html
「精神科デイケア」に関しては、「自律神経失調症とのお付き合い」「57」から「69」をご参照下さい。



スタッフ・ソコさんとの会話。誰も卒業しないデイケア。
「ボクはそろそろ、ココを卒業する事になります。最速で今月イッパイ、今日を入れてあと3回です」そう伝えると、デイケアの中でのボクの担当スタッフを務めてくれたソコさんは「なんか寂しくなりますね。ホントは復職に向けての話でオメデタイことなんですけどね…すいません、ちょっとヘンですね」とポツリ小声で語った。
ここからちゃんと卒業して、キチンと就業を果たしていく人ってどのくらいいるんですか?ソコさん「……正直、ほとんどいないんです。可能な人たちは、多少のアルバイトやパートをしますが、正社員としてフルタイムで働けるという人は滅多にいません」デイケアに通いながら週3日程度働くといえばかなり上々、仕事に就いても頓挫してまた戻ってきてしまう事がしばしば。デイケアさえもドロップアウトしていなくなってしまうことも…。ソコさんがボクの卒業に戸惑ったのは、誰もカチッとしたカタチで卒業しないからなんだ…。

企業の障害者雇用の実態を聞く。
●確か、企業には従業員の何割かの人数分、障害者を雇用するという義務があるんじゃないですか?そうすれば、ココの人たちにも就業のチャンスはあるはずじゃないですか?「そうです。300人以上の企業には従業員数の1.8%の数の障害者を雇用する義務があります」 1.8%!ウチの会社は1200人くらいの社員数だけど、20人以上の障害者を雇わないといけないぞ。んっ?そんなにいるか、ウチに障害者?「そうなんです。ほとんどの企業がソレを守れない。だからその代わりにお金を納めて、障害者雇用に積極的な企業への補助金にするんです」へー。「それに、この法律に、精神障害者が加わったのは3年前の事だったんです」えっ!スゴく最近じゃん!身体障害者だけだったんですか?「車椅子でもPCが使えるっていう方が、企業は使いやすいですからね……精神障害者の人は、フルタイムで働けない人が多い。だから細かく障害に応じてランク分けがされて、就業態勢を工夫する仕組みもあるんですが……実際に正規雇用に着地するのは大変な事です」

就労支援センターという仕組みがありますよね、アレは何をするんですか?
「障害者の人とセンターのスタッフがタッグを組んで、職探しをする仕組みです」ハローワークにも障害者への求人案内が用意されていることはある。しかし、ココはより細かいサポートを得ることが出来るという。障害の質は、人それぞれ千差万別なので、センターのスタッフは障害者と細かく面談&打合せをして、この人にふさわしい職種や就業形態を相談していく。その上で、それに合致する求人を探す。センター自体が常に各企業をめぐって障害者雇用のチャンスを探していたり、ハローワークなどと連携して情報を収集などもしている。実はソコさんはこうした就労支援センターの仕事もしてたという。「営業まわりのように色々な会社をまわって、求人を探すんですよ」ふーん。
●そんで、ハローワークではありえないサービスだが、就労支援センターは、企業と障害者の面接にも同行してサポートする。話だけ聞くととても細かいサービスだな…。精神科デイケアのスタッフは、就労支援センターとメンバーさんとの橋渡しもする。しかし、そこまでやっても、デイケアメンバーの就労チャンスは実に小さいというわけか……。


20歳代前半、女性。バタコさんのケース。バイトから入院へ。
●いつも元気な笑顔が印象的だったバタコさん。ぼくがデイケアに通うようになったばかりの頃は、彼女にココの細かいルールや仕組みを教えてもらった。自由時間には一緒にトランプやウノをして遊んだ。正直、どこに病気を抱えてるのが全く分からない。じつに快活で朗らかな女性だった。
そんなバタコさんが去年秋からバイトを始めた。コンビ二にお弁当やサンドイッチを出荷する流通拠点で、商品をお店のバスケットに受注どおり仕分けしていく仕事だ。「生まれて初めてアルバイトを始めました!楽しいです」とイキイキしてた。バスケットの重さ、大きさは女性にはタフなもので、彼女の腕には青アザも出来てた。でも彼女はその仕事の様子をとても楽しそうに話す。こうやって病気の人たちは社会に帰っていくんだな……。そして、彼女と10月以降顔を合わせなくなった。きっと彼女がバイトを増やしてデイケアから遠ざかっているんだな……と思ってたが、それは間違いだった。
●12月のある日。病院の診察ロビーで久しぶりに彼女に会った。彼女のお母さんもトナリにいた。「あ、バタコさん、お久しぶりです…あっ!」気さくに久しぶりの再会を喜ぼうと思ったのだが、彼女が握っていたモノを見て、声が止まってしまった。それは入院患者が持つ病室番号付きの名札。バタコさん……。「ええ、そうなんです、入院しちゃいました。もう2ヶ月です」カオも血色を失い真っ青だ。彼女の病気がなんなのかはワカラナイ。でもあんなに快活で元気だったのに、デイケアの事を懇切丁寧にボクに教えてくれたのに、その彼女が入院だなんて…。正直、ショックを受けた。
3月現在、彼女は退院したらしい。しかしデイケアには来なくなった。誰も彼女の行方を知らないし、知っててもそれを他人に吹聴するのはタブーだ。病院は個人情報の管理をしっかりしている。バタコさんはボクらの前から消えてしまった…。


●でも、勘違いしないで下さい。デイケアの価値を貶めるつもりはないんですよ。こういうケースもある。


デイケアの長老、ツエさん。息子さんとの再会。
●発病し失業し家族も故郷も失いヘルニアを患って、ツエなしでは歩けなくなってしまった、その壮絶な人生を以前書いたと思います(その記事へのリンク)。今から十数年前のバブル崩壊期、労使闘争の間でココロを病み、精神病院の閉鎖病棟にブチ込まれ、一方的に離婚届を突きつけられて、それからずっと一人暮らし。
そんな彼のもとに、ある人物から連絡があったのです。それは、この十数年生き別れになっていた息子さん。この長い月日の間に息子さんも社会人として独立し、自分の意志で、父親であるツエさんに「会いたい」と電話をかけてきてくれたのです。そのコトをミンナに報告するツエさんは誇らし気でした。「オレはズーッと死にたい死にたいと思ってたんだよ。でもデイケアで立ち直って頑張ってきたおかげで、息子に会えるようになった。ホントにうれしいよ」
●何をもって「社会復帰」とするかは、これも人それぞれの価値観。就業だけが人生じゃない。ツエさんはツエさんなりに、デイケアという社会と向き合い、様々な行政サービスを受けてキチンと自立しているのだ。




そんな中最近読んでいる本。精神医学だけでは「病気」は克服できない。

野田文隆・寺田久子「精神科リハビリテーションケースブック」

野田文隆・寺田久子「精神科リハビリテーションケースブック」
村上龍の帯コメントが目を引いた。「開かれた社会では、問題を『外部とシェアする』ことが不可欠だ。コミュニケーション不全と向き合うすべての人に本書を推薦します」。病院のロビーに置かれているので、少しづつ読み進めている。完全に学術論文のような文章だけど、そんなに難しくはない。
「うつ病はココロの風邪」というフレーズが、巷に流れている。100万人もの患者がいるといううつ病は、風邪と同じくらいにポピュラーな病気だ、という比喩のつもりかもしれないけど、ぼくに言わせれば、うつ病は風邪じゃない。風邪は薬を飲めば治る。しかし、うつ病は薬を飲んでいるだけじゃ治らない(治ると思っている人がいるならそれは間違い!)。ましてや、統合失調症などさらに高度な病気はより一層複雑だ。
精神疾患は、様々なレベルでたくさんの人々が関わって、患者周辺の環境を整備することが必要だ。患者を中心に、医者、ナース、臨床心理士などのプロ集団、行政サービスの従事者、勤務先の企業、家族全員が緻密に連絡を取り、すべての人々が望ましい環境にいたるために、全員で変化をしなくてはいけない。問題をシェアすることが不可欠だ。この本はそういう事を教えてくれる。
●この本では、さまざまな治療ケースを紹介して、精神疾患を患った人を、誰がどのように関わって社会に戻したかが説明されている。問題は多岐に渡っていて複雑だ。患者自身が「病気じゃない」とガンと信じて治療を認めない。退院すべく努力したいが、家族側が患者をもてあまして退院を徹底的に拒絶する。職場が患者を解雇したくてしょうがない。そもそも人間関係が長年にわたってこんがらがって病気を発症してしまった人たちだ。そんな場合、患者も病んでいるが、周囲の人々もある意味ですでに「病んでいる」。この関係をうまく解きほぐして問題を解決するのがプロの仕事。風邪のように、5分の診察とお薬だけじゃ、何も解決しない。
●ただ、この本を読んで驚愕したのが、こうした総合的なアプローチが日本で取り組まれるようになったのは、1990年のことだという。ごく最近のことじゃないか!それ以前は「病人は一生入院しててもしょうがない」「そこまで医療側が患者に入れ込む必要はない」という認識が当たり前だったのだ。「施設病」といって、入院期間が延びることで病気が悪くなる、そして数十年も入院するケースが普通に横行してた。この本の著者は海外の臨床例を参考に最新手法を日本に導入しようとした先駆者なのだが、当初は周囲から猛烈なアゲインストを受けたという。うわー、日本の精神科が近代化したのはたった約20年前のことだったのか…。あぶねー、ボクは時代が違えば病院に閉じ込められて二度と社会復帰できなかったかもしれない…。


回復に至るケースはこの本に書いてある。ボクが知っているのは病気に至るケース。
●以前も書いたが、デイケアメンバーたちは、自分たちの病気を詮索されることもないし、他人を詮索するのもよいこととしてない。誰がどんな病気にかかっているかはお互いに知らない。それがエチケットだ。しかし、その一方で、他人に自分の苦しみを理解して欲しいと思っているのも事実。ふとした瞬間に、メンバーさんは、自分の物語を自らダーッとしゃべってしまうのだ。その中でボクが聞いてしまったケース。なるほど、こりゃ病気になるよ…と納得するお話。今回はプライベートに関わるから、仮名も使わずAさん、Bさんのお話にする。


Aさん。女性。たぶん60歳台前半。男運が悪すぎる人。
●会話のキッカケは iPod。ボクがコレをテーブルの上に置いておいたら、Aさんが「ワタシ、サザンが好きなのよ。あの最後のライブもビデオに撮って何回も見てるの」と話しかけてきた。音楽好きなボクはソレにすぐ食いついて音楽トークが盛り上がる。すると意外な発言が。Aさん「ワタシ、ドアーズとか好きだったのよね~」ええーっ!意外!おかっぱに髪を切りそろえた白髪混じりのオバさんから、ツルっと THE DOORS の名前が出てこようとは!おお「ハートに火をつけて」ですか!「LIGHT MY FIRE ね。ジムモリソンカッコいいでしょ」ええ、「BREAK ON THROUGH TO THE OTHER SIDE」も大好きです!「ワタシが高校生の頃は、ジャニス(ジョプリン)とかをレコードで聞いてたの」へええ。
●しかし、ココから彼女のタフな人生遍歴がズルズル出て来る。「でもね、ダンナがヒドいオトコでね、ワタシの大事なレコードを勝手に捨てちゃうのよ。子供が出来たから子育てに専念しろ、趣味なんて贅沢だってね」しかしそのダンナは、飲む打つ殴る働かずのハイグレードなダメ人間で、結局生計を立てるために働くのはAさん。成長した子供たちは、あまりのダンナの理不尽さに「母さんリコンすべきだよ!」と後押しして、父親を家から閉め出し別居&離婚を成立させたそうな。しかしダンナは離婚後、アパートの隣室に居を構えて離婚以前と同じようにノシノシと入って来る。そんなダンナから逃げるため、一時は千葉まで引っ越して身をくらませたという。
●実は、この結婚は二回目で、一回目もヒドい目にあった。最初の夫は強烈に独占欲の強いオトコ。当時は若かったので共働き、Aさんは大手電気機器メーカーのキーパンチャー(←スゴい職業だよね。今で言うPCオペレーターでしょ)、ダンナさんは工場のエンジニアをしてた。男性ばかりの職場の中で働くAさんに、勝手に不貞の疑いをかけたダンナさんは、嫉妬のあまりアパートの二階から彼女を突き落とした。大ケガを負い半身不随一歩手前までいったAさんに「やっとボクのモノだけになってくれたね」とダンナ。コレヤバイでしょ。さらにやはりDVAさんはアゴに5針縫うパンチも食らってる。このままだと命に関わると思って必死の思いで離婚したらしい。
「ホント、ワタシ男運ないのよね」と笑う彼女。いや笑えないっすよ、マジで。


Bさん。男性。たぶん30歳代中盤。孤立無援の正社員。
Bさんは、ボクとほぼ同世代とあって、ハナシがよく合う。高校時代はヤンチャなパンクキッズで、ラフィンノーズのカバーバンドでドラムを叩き、高校にバイク通学をし、校舎の裏側でタバコを吸ってたタイプ。声がデカクてスポーツもダイスキ、そんな彼がナンの病気なのだろうと思うくらいなのだが、彼にもタフな事情があった。
●現在失業中のBさんの前職は、外食産業だったらしい。詳しくは分からないが、ファミレス系または居酒屋系。店長のようなポジションを担っていた。しかし、営業時間が長い上にとにかく深夜営業がキツイ。正社員はBさんただ一人。あとは全員バイトで常に人員不足。人が足りないと上に訴えても「ラクしたければ下を育てろ」の一点張り。孤立無援。仕事が苛烈でココロとカラダをブッ壊した。
●学生バイトはやっぱり責任感が薄く、平気でシフトをバッくれるし、スキルが身についても3月になると一斉に辞めてしまう。そんな連中の起こすトラブルはBさん一人しか処理対応できないし、深夜の営業終了まで現場を離れられない。で、そこから事務処理業務の開始だ。帰宅は朝といった方がいい時間。そしてまた翌日、店が開く。無限ループで続く地獄。そこからBさんはドロップアウトした。いや脱出したと言った方がいいか。
●未婚の彼は、現在実家暮らし。というかアパートを維持できなくて実家に戻った。定年を迎えた年金生活者の父親は息子の状況をどうしても病気と理解できず、絶えず「働け働け」と怒鳴り散らす。「わかったよ、働いてやるよ!」とタンカを切って家を出た日のBさんは、半ギレ状態で新聞の求人広告チラシを睨んでた。「清掃業、一日3~4時間」「警備、交通整理、一日5~6時間」「このテの短い時間で済む単発系の仕事で、ジブンがドコまで出来るか試してみたいんだよね。結局オレ、カラダ動かす仕事の方が性に合ってるし」でも、あんま焦んない方がイイですよ。ボクも仕事のし過ぎで壊れた系の人間……世の中ってホントに楽な仕事ってないなあ。



精神科デイケアで出会った様々な人々。狭い業界社会に閉じこもって仕事をし、結果窒息してしまったボクのココロに、彼らは素晴らしいほどの新鮮な空気を吹き込んでくれた。この経験はホントにボクにとって得難い出来事だった。卒業する人のないあの場所を、無事卒業出来る事の貴重さを噛み締めつつ、ボクはスタッフ、メンバーの方々全員に感謝しています。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html
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