フリーペーパー「L25」の連載コラムが最終回を迎えた。

l25コラム最終号

豊島ミホさんという人が書く「やさぐれるには、まだ早い!」というコラム。早稲田大学在学中に小説家デビューした人でまだ25歳。本は一冊も読んだ事ないけど、若い女性の本音トークっぷりが好きでこのコラムはいつも読んでた。しかし彼女はこの春、東京を離れ東北の故郷に帰ってしまうという。最近のコラムで帰郷の話はほのめかされてたけど、彼女の帰郷キッカケでこのコラムが終わっちゃうとは思わなかった。文章を書くのに場所は関係ないだろ、これだけネットが発達していれば。でも終わっちゃう。残念。豊島さんは「やさぐれ」ちゃったのかな?そんなワケないよね25歳だもん。女子の25歳なんてコレからよ。男子の25歳は小僧だよ。

3月ってそういう季節なのよねー。休職中のボクですが、そんなボクが宙ぶらりんに籍を残す職場では、たくさんの人が今週来週でいなくなる。そんで昨日は送別会だった。ボクは出席しないけどさ。お別れをキチンと言いたい人には挨拶しといた。おセンチになるぜ。

●その挨拶の延長で、3年ぶりに会った人も。初めて会ったのは10年前のコトだが、その人、開口一番「あらー unimogroove サン!お久しぶりなのに、昔っから全然変わらないですよねー」。35歳のボク、25歳から変わってないらしい。この10年間小僧のまま。それはイイのかワルいのか。ボクは成熟には程遠いニンゲンらしい。



コドモたちは春休みに突入。
●4月から2年生になるノマドは、ガッコウから一年間使った道具箱やら、ヘンテコな工作やら、ヒヤシンスの植木鉢やら、テストやプリント、作文の類いをワンサと持ってきた。
●フツウの親は、子供の作文を読んで楽しんだりするのだろうか? 正直ボクは、息子の作文を読んで爆笑するほど楽しんだ。小学一年生のリアルがココにある。ちょっぴりソレをご紹介しましょう。


   あきをみつけたよ

 このまえ、せいかつかでこまばのこうえんへいきました。こうえんで、きのこのたねをみつけました。一ねん一くみのこが、
「もってかえろうぜ。」
と、いわれたので、たねをはっぱのうえにのせてました。でも、たねが、かぜでとばされてしまいました。かなしかったです。こんどみつけたら、なくさないようにいえへもってかえって、にわにまきます。


●……つーか、「きのこのたね」って? キノコって胞子で増えるんじゃないっけ? タネってありえなくない? オマエ何を発見したの? 100歩譲ってそれがキノコのタネとしてもだ、勝手にウチの庭にまくのはヤメてくれ。知らないウチに庭にキノコの大群がワンサと生えてたら……それはちょっとしたバイオテロだろ。


   2がっきのおもいで

 かん字をならいかん字がすきになりました。なぜかというと、かっこいいからと、おもっていたけど、ながい文をみじかいかえることができる、からすきなんです。

 カタカナもすきです。本とうのことです。カタカナは、かん字のもとだからすきです。ひらがなもむずかしいかん字のもとになります。しばと、いうかん字には、草かんむりに、ひらがなの「え」のも字があります。だからひらがなもカタカナもかん字もすきです。


「2学期の思い出」というお題で、こんな抽象的な内容でいいのか? フツウは運動会とか遠足とかマラソン大会とかを書くんじゃないのか? 文字の機能と構造について思索にふけるってのは、明らかに空気読みに失敗してないか? まあ、そんなオマエの逸脱ぶりがボクの笑いのツボなんだけどな。
●渡来文化として大陸から流入した漢字を、日本語化したのがカタカナひらがななわけで、「カタカナは、かん字のもと」をフツウに読めば、史実とは逆のコトを書いてることになる。しかし、これはノマドが歴史のウンチクを披露しようとしてうっかり間違えたという訳じゃないんですねー。そもそもヤツがそんな史実を知ってるはずがない。
●ノマドが「カタカナは、かん字のもと」と書く時、それは「漢字の元」ではなく「漢字の素」を意味してるのだ。漢字の構成要素の中にはカタカナひらがなに似たパーツが含まれている。例えば「窓」という字。「ウ」と「ハ」と「ム」と「心」という字が上から積み重なっている。ヤツが文中で例を挙げた「芝」という字は、草カンムリと「え」が積み重なってる。ノマドは、カタカナ/ひらがなという原子がいくつか集合して、漢字という高度な分子を構成するらしいという仮説を、そのチイコイ脳ミソを稼働し独力で発見したのだ。そんでそれを夢中でレポートしている。「本とうのことです。」プッ、コイツ必死だぜ。実に笑える。


学校の課題として文章を書かされるのと、自発的に文章を書くのは大きな違いだと思う。
●ある日、ノマドがセッセと机に向かってナニかをしているので、あとからソッとチェックしてみた。そしたら、本を書いてたのだ。無造作ながらもホチキスで束ねて本のカタチを作ってる。

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 「バトスビ 大すき のまど」

ぼくがはじめてバトスピを大すきになったのは、二千八年九月の日よう日だった。
のまどが見てない コだい王じゃきょうりゅうキング を見ようとしたとき、バトスピがやっていたので のまど おどろきました。
そうしてぼく      (未完)


●HDDに録画しっ放しにしてたアニメ「古代王者恐竜キング」を見たら、新番組に変わってた。それが「バトルスピリッツ」だった。それがヤツがカードゲームにハマったキッカケになった、というエピソードが紹介されている。学校では習ってない漢字も背伸びして使ってるのが微笑ましい。絵は、リモコンを操作してテレビをつけて、衝撃を受けた瞬間の自画像。その動揺ぶりを暗示しているのか床や壁が渦を巻いている。

おお、とうとうコイツに自分を物語る自我が芽生えたようだ。
●太古の人々は、自分たちの祖先や周辺世界を理解するために神話を物語った。小学一年生のノマドは自分を理解し他へ表現するために自分の好きなゲームを物語ろうとした。文明が経た重要な段階を、ノマドが通過した瞬間だ。残念ながらこの物語は未完に終わって、本人に続きを書くつもりはなくなったようだけど、月面着陸第一歩級のステップをヤツが踏んだと、父は思うのであった。

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