風邪引きました…。熱が出て、咳&鼻水が出て、ケツからは血が出てます。最悪です。病院をハシゴして、鼻の穴に綿棒突っ込まれて、インフルエンザの疑いはなくなりましたが、会社も休んで貴重な有給を消費しました…。てっとり早くウンザリしてます…。
●で、渋谷駅で目撃したスライムくん。あ、そうか、ドラクエの新作が出るんだっけ。あのスライムくんを持ってプールとかに行きたいなあ……カラダが十分丈夫になったらね。

P1001368.jpg(メタルスライムもいたよ)



そんな七夕。ボク自身は願い事など考える余裕はなかったのですが、コドモたちは、東京からは見えもしない天の川に想いを馳せて、短冊に願い事を書いては笹の葉にかけるのでした。

・小学2年生ノマドの願い事。
「パパに バトスピで かてますように」
「ちきゅうおんだんかを ぼくたちのエコで とめられますように」
「できるだけ しなないように」


●確かに最近ヤツはカードゲーム・バトルスピリッツでボクに連敗を喫している。強いカードを持ち過ぎて、ソレを持て余しているからな。二番目のお願い事がいきなりスケールアップして「地球温暖化問題」とキタもんだ。「できるだけ しなないように」というのはどのような状況をイメージしてんだろ?たとえ人類文明が「温暖化問題」を解決できなくて、地球存亡の危機に陥ってもノマドだけは生き残れるように、というお願いなのだろうか?

・小学1年生ヒヨコのお願い事。
「デザイナーになれますように」
「かわいくなれますように」
「ちきゅうおんだんかをふせけますように」
「もじをていねにかけますように」


●女の子の方が、お願い事が具体的で現実的だ。「ちきゅうおんだんか」はノマドの受け売りだとして、「かわいくなれますように」「もじをていねにかけますように」は実に具体的で明快だ。大体「もじを~」の短冊は散々書き直してやっと字として成立した痕跡が残ってて「ていねい(丁寧)」「ていね」になってます。そして注目は「デザイナーになれますように」ヒヨコの将来の夢は確かに一貫してデザイナーさんだ。カワイい洋服を考えるのが好きなのだ。


そんなヒヨコ。先日のフリーマーケットで、オモチャのミシンを購入した。
●数百円だけ握りしめて会場を一人でウロウロ。そしてこのヒツジさんのカタチをしたミシンをゲットして来た。最初は500円だったらしいが、どう交渉したか全然分からないけど300円にまけてもらったらしい。

P6284716.jpg(アメリカのビンテージおもちゃ?)

それからというもの、このミシンにヒヨコは夢中だ。
●ワイフが言うには、フツウに手縫いする方がよっぽど効率がいいという程度の文字通りのオモチャだ。しかしヒヨコは真剣にこのミシンに取り組むこと数時間(三歩歩けば全てを忘れるヒヨコにとっては、恐るべき集中力だ!)、簡単なタテ縫いは完全にモノにした。そんでママに手伝ってもらいつつも、見事お気に入りのウサギのヌイグルミ・ベリーちゃんのしき布団&かけ布団を制作したのであった。ハー・ファースト・ソーイングである。彼女が本当にデザイナーになれたなら、コレが彼女の一番最初の作品になるのであった。

P1001370.jpg(ベリーのふとん。レース付き)



しかし「デザイナー」という職業になるのには、どのような教育が必要なのだろうか?
●ヨガ教室で知り合った女の人に、ある日突っ込んで聞いてみた。この人はアパレルのデザイナー兼パターンナーとして、工場のあるインドネシアや中国を行き来してレディースもののラインを製作しているという。アイテムは、バッグからシャツ、ワンピースまで一揃いなんでも。そんなに規模の大きい会社ではナイから、なんでも自分で手掛ける。来年の春夏からはメンズラインも立ち上げるそうだ。
あのー、デザイナーになるにあたって、小さい頃からなんか習い事とかしてました?「全然!なんにも!」むしろファッションに飢えていたような状態。日本海に面した地方都市(失礼ながら、ボクはその街がドコにあるのか全然わからなかった)で生まれ育ち、買い与えられる服はオトウトとの着回しが利くような色目のモノ。着たい服が着れない!という気持ちの方が強かったという。オンナノコらしい赤いワンピースを買ってもらったら、近所の犬が興奮して噛み付かれたというトラウマさえあるという。
●さて、そんなで将来のことを考える高校時代。最初はなんとなく建築やインテリアデザインに興味があったので、そんな専門学校への進学を考えてみたけど、思った以上に数学が大切で即座に断念。そこでかつて飢えていたファッションの仕事への気持ちが湧き上がる。東京のファッション専門学校へ見学などしてみる…。
●しかし、ここでお父さんが反対。「女は地元で勉強して、地元で結婚して、地元で子育てするのが一番!」…ちなみにこのデザイナーさんはボクとほとんど同世代。東京出身のボクから見ると、ビックリするようなお父さんの考え方!へー、こういう風に考える人は今もフツウにいるんだろうな…。衝撃的だったけど、それが世の中の常識なのかも、と静かに納得する。
●ここで食い下がったのがデザイナーさん。「お父さんの言う通り、地元で短大行くわよ!でも2年経ってもアタシの気持ちが変わらなかったら、東京に出てファッションの勉強するからね!」デザイナーさんは、地元短大に通いつつも勉強/資格そっちのけで、学費を稼ぐバイトに精を出す。折しもオトウトさんが東京の四大に推薦入学が決まる。姉弟同居なら安心だろうとお父さんを説得し、短大卒業後、晴れて東京のファッション専門学校へ入学。…ちなみに、お父さんの考え方が地方においてはポピュラーなのだなあと思った事実が一つ。オトウトさんは四大卒業後速やかに故郷へ帰り、地元の若い女性と結婚したという。
●さて、やっとファッションの世界の入り口にたったデザイナーさん。学校のコースは、デザイナー科とパターンナー科に分かれていたそうな。あんなに反発しながらも、「人間、手に職を!」というお父さんの主義に一分の理を感じていたデザイナーさんは、学校においてはパターンの勉強を選択した。デザインの世界は、言わばセンス一発、感性の問題。パターンの世界は、デザイナーのアイディアを実際に具現化する技術の問題で、そのテクニックは習得すれば失われるモノではない。パターンがわかっているデザイナーは、現実的な着地点が見えた上でデザインを描いてくるが、反対に分からないデザイナーは物理的に成立しないデザインを平気で上げて来る。こうした難物をある程度修正して現実に着地させるのもパターンナーの醍醐味だとか。パターンがわかっていれば、デザインの世界にもスグに飛び込める、とさえ思っていたそうな。
●で、卒業。始めは大手アパレルに就職したデザイナーさん。ここで最初に仕事をしたのはレディースのパターンだった。「えっ、アタシ学校で習ったのはメンズのパターンなんだけど…」レディースとメンズのパターンは同じ人間の服とはいえ全然違うモノらしい。しかしここでの奮闘で、メンズ/レディースのパターンを両方こなせる技術を習得。
●そんで転職。もっと自分の嗜好に近いアパレルで仕事がしたいと思って。しかし求人の条件はショップの販売員。コレって、デザインの現場からは結構遠ざかってしまうコトらしい。でも敢えて飛び込む。そしたら、このショップと別のアパレルとが合併して、一気にデザイン部門に配属、文字通りのデザイナーさんになってしまった。パターンを全て承知したデザイナー。それがまだ若い組織だったこの会社で要求されるスキルだったそうな。…この後もう一度転職をして現職に至る。よりベンチャーの匂いのする小さい会社に移籍して、もっと裁量の大きい仕事をする。それが狙いだったそうな。しかもこの業界広いようで狭い。マジメに頑張ってると誰かから声がかかる。そういうタイミングも逃さなかった。……これは、人一倍ヒトナツコイこの人の性格がチャンスを呼び込んだと思うけどね。

今、コドモにさせとくべきコトってなんですかね?
「うーん、多分、イロイロなモノを見せておくことかな?そして色が自由であるコトを分からせておく」デザイナーさんは、小学校の時に描いた絵を学校の先生が奇妙に思い、わざわざ親御さんに「お嬢さんは自殺するかも知れませんよ」と言って来たという。実際にソレはユニークな色使いだったのでしょう。でも自殺や病気扱いするなんてね…。
「それと、イロイロなモノを触らせておく。フワフワにも、イロイロなフワフワがあるじゃない?ソレをたくさん引き出しに入れておくと役に立つかも」なるほど!デザイナーにとっては、自分が作るモノが人間の肌に触れるモノである限り、触感が視覚と同じくらい、いやソレ以上に重要になってくるのね!コレはボクには予想のつかない発想だったなあ!勉強になりました。



今日のBGM。NICK DECALO 関連物件ソフトロック。

Roger Nichols & the Small Circle of FriendsRoger Nichols & the Small Circle of Friends
(2005/03/08)
Roger Nichols & the Small Circle of Friends

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ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS「ROGER NICHOLS & THE SMALL CIRCLE OF FRIENDS」1968年
●コレは、90年代渋谷系文化の中で再評価され、「ソフトロック」という位置づけで古典的名盤になった一枚。80年代の「なんとなくクリスタル」な風潮の中で再評価された NICK DECALO「ITALIAN GRAFFITI」と運命が似てなくもありません。リアルタイムじゃ評価されず、何年も経ってから日本で再評価されちゃうというパターン。
●でも、NICK DECALO との縁はそれだけじゃないんです。収録曲12曲中3曲を NICK DECALO がアレンジを担当。「ITALIAN GRAFFITI」のプロデュースを手掛けその後の A.O.R./フュージョンシーンを形成する名プロデューサー TOMMY LIPUMA が本作のプロデュースをしているのです。しかも、'MORALE BOOSTER' という聴き馴染みのナイクレジットで、RANDY NEWMAN、VAN DYKE PARKS、LENNY WARONKER と、70年代ロックシーンの重要人物の名前も見られます。実は「ソフトロックの名盤」は「A.O.R.の名盤」に直結してました、というオチ。
●でもでも、そんなクレジットの深読みをしなくても、このアルバムは十分楽しめます。ROGER NICHOLS MURREY & MELINDA MACLEOD 兄妹からなるこのバンド(スモールサークルとは言うけど小さすぎるよ…)の混声ハーモニーは甘くて美味しい!ストリングスやホーンのアレンジもチャーミングに作用して、まるで砂糖菓子のように甘いです。THE BEATLES のクセのナイ解釈でのカバーも愛嬌があります。渋谷系を経由してるボクにはタマランですわ。
●このバンドはアルバム本作と数枚のシングルで解散(間違って2007年に再結成アルバムを出してしまいます)。その後の ROGER は所属レコード会社 A&M RECORDS の創業者&筆頭アーティスト HERB ALBERT にその腕を見込まれてレーベル付きのソングライターとなり、PAUL WILLIAMS とともに多くの曲を手掛けることになるのでした。裏方に回ってしまうのも、NICK DECALO と一緒なんだね。


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