週末のヨガ教室がお引っ越し。
●今までレンタルスペースを時間借りして行われてたヨガ教室。最近生徒さんも増えて来たせいもあってか、センセイは賃貸のマンションを借りてそこに拠点を移すこととなりました。
●ココでちょっと裏話。実はセンセイ、物件探しに今回スゴく苦労したそうな。事務所兼使用のマンションなんて世田谷区にはイッパイあるが、「ヨガ教室はお断り」なケースがほとんどなのだそうな。不動産屋さん曰く「オウム真理教が世田谷でたくさん拠点を作った時、一番最初はみんな『ヨガ教室』を始めると言ってマンションを借りたんですよ」。だから、今でも「ヨガ教室」は色眼鏡で見られる場面がある。今回の物件は、たまたまセンセイ本人が大家さんと直接会うことができたから成立したらしい。「アタシャ好き嫌いがハッキリしてる方でね。キライな人間にはヘヤは貸さないんだよ!アンタはキライじゃあない!」センセイ、大家さんのモノマネをして顛末を説明してくれた。へーなにかとイロイロあるのね。




日本のヒップホップ、「名古屋スクール」の登場。
●日本の00年代において、いくつかの音楽的トピックがあったとすれば、それはメジャーシーンで名古屋出身のヒップホップグループがたくさん活躍したことだと思う。ボクはこの動きを「名古屋スクール」と勝手に名付けてしまう。先日、三沢光晴さんのコトを書いた時に、このお話をちょっと書きました。今日はその続き。


名古屋のシーンの厚みを知ったのは、2004年あたりで行われた渋谷 O-CREST のイベント。
●アレはたしか、東京のユニット・妄走族のオーガナイズで各地のニュージェネレーションを束ねるイベントだったと思った。大阪からはヒップホップバンド・韻シストが参加。そして名古屋組では nobodyknows+、HOME MADE 家族、そして「塾長」SEAMO が参加していた。主だってこの三組がボクにとっての「名古屋スクール」
●イベントへ行った動機は、当時イチバン調子を上げていた nobodyknows+ のパフォーマンスを見たいと思ったから。このイベントの数ヶ月前に、nobodyknows+ は地元・名古屋の大通公園で5000人のフリーライブを成功させた。当時はまだ6人組、ドレッドヘアのラッパー G-TON が所属していた頃で、5MC+1DJ のフォーメーションはかなり迫力があった。

nobodyknows+ というユニットの戦略。
●ヒップホップフリークでボクの元同僚 ohguchi がコメントで寄せてくれてます。「unimogrooveさんがよく『nobodyknows+ はJ-HIP HOP の完成形なんだよ』って言っていてなるほどな~っと納得したのを覚えています」……そんなこと言ったっけ…?でも、日本のヒップホップが違う段階に入ったんだなというコトは強く意識しました。彼らのトラックは、アメリカのヒップホップに比べてグッとテンポが速い。BPM120程度のテンポ感が、日本人にとって一番カッコいいと思えるスピード感なんだろうと、ボクは常々思ってるんだけど、nobodyknows+ はそのテンポ感にコダワってサンバ~ラテンテイストなどを導入した高速ダンサートラックを開発、そんでソレを乗りこなすだけの技術を持ったラッパーを集合させたという構造を持ってます。
●そこんとこは、ステージでは徹底して地味な裏方に徹しようとしてる nobodyknows+ の頭脳 DJ MITSU が完全に計算している部分だと思う。熱いテンションのトラックは基本全部彼が自宅スタジオ(名古屋のサブカル地帯・大須にある)で制作してるし、ラッパーのオーディションでも彼がイニシャティブを握ってたのでしょう。… nobodyknows+ というユニット名に「+」がついているのは、後から新規メンバーを加入させた時に「+アルファしました」的な意味でくっつけたらしい。
●ちなみに初期から所属してたMCは、チームのベストドレッサーで、クールな低音フロウを得意とする CRYSTAL BOY、途中脱退したドレッドの G-TON。2003年、年が少し若い3人のMCが加入。太いダミ声が人気のノリ・ダ・ファンキーシビレサス、勢い任せと見せかけてワリと正確なラップをかます切込み隊長・ヤス一番?、ちょっといじられ系の匂いがする HIDDEN FISH。この体制で2003年メジャーデビュー。そんでワリと速やかにブレイク。それまでの日本のヒップホップにあったような、イロモノ的オモロ要素や取っ付きにくい不良要素がなくて、どちらかというとバカ正直かつ直情的で熱いメッセージが新鮮だったとボクは思う。

Do You Know?Do You Know?
(2004/06/30)
nobodyknows+ダンカン

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●2004年の年末には「紅白歌合戦」に出場、アルバムもシングルも快調に売れたはず。この段階で、小細工なしでもメジャーで通用するヒップホップが日本にも登場したとボクは確信するに至る。だが、全国ツアーなどなどの中で2006年の一年間、まったく音源をリリースできなかった(G-TON 脱退劇もこの時期)。この時期の停滞感は結構痛かった…。2007年に巻き返しを図るがスケールダウンの印象は否めず。



nobodyknows+ の成果をさらにキャッチーにして、ブレイクしたのが HOME MADE 家族。
●彼らの存在をボクがハッキリ意識したのは、やはり前述の O-CREST のイベント。ライブの最後はイベントの参加者全員がステージに上がってのフリースタイル合戦だった。韻シストのバンド演奏に合わせて、ヒューマンビートボクシンもあり、矢継ぎ早なマイクリレーあり、結構な見物だった。しかしそのフリースタイル合戦の中心で場を煽ってたのが、HOME MADE の背の低いMC、MICRO だった。度胸のあるフリースタイルと「次は誰だ?」と並み居るMCを煽る感覚がリアルだった。ホワーっ、連中は基本の足腰がよく出来たヒップホップ野郎ではないか!


ROCK THE WORLD (通常価格)ROCK THE WORLD (通常価格)
(2005/05/11)
HOME MADE 家族

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HOME MADE 家族「ROCK THE WORLD」2005年
HOME MADE 家族は、帰国子女だった KURO と MICRO が2MCを構成する三人組。身長190cm、日本一背の高いDJと言われる U-ICHI のトラックは、nobodykows+ と同じ高速テンポで日本人好み、しかも80年代ライトディスコの感覚により忠実なダンサーチューン。コレが名古屋のスタイルかと納得した覚えがある…。シングルでデビューしたのは2004年、nobodykows+ と同期だけど、年齢で年下の HOME MADE 家族の方が後輩なポジションみたい。
KURO のビートに正確で実直なラップと MICRO のグルーヴィーで独特の節回しをつけるフロウは十分に個性的だが、メッセージは「HOME MADE 家族」というユニット名から連想するように少々「良い子ちゃん」すぎる気分が……今のジェイポップを覆う「励まし」「慰め」「感謝」的メッセージ……「サンキュー」「HOME SWEET HOME」とかがそういう楽曲なんだよね…ちょっとボクはそういうのにはもう食傷気味。しかし、そういう要素がよりこのユニットをキャッチーにした理由だと思う。個人的にはおふざけチューン「くうねるあそぶ」、ファットな高速ビート「MR.タフガイ」みたいのが好きですねえ。

musicationmusication
(2006/02/15)
HOME MADE 家族槇原敬之

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HOME MADE 家族「MUSICATION」2006年
MICRO の器用なフロウからすぐ連想できるんだけど、この頃からサビでガッツリ歌うようになるのよね。nobodyknows+ はラッパーはラッパーであって絶対に歌わない(歌えない)ってのがあるんだけど、HOME MADE 家族は歌うのよ。それがさらにキャッチーさに磨きをかけたね。「JOYRIDE」「サルビアのつぼみ」は完全なポップチューン。特に「サルビア~」は苦手だ…。ミドルテンポで思いっきり歌い上げちゃってるよね…「イイ話」ラップだし。槇原敬之とのコラボ曲「YOU'LL BE ALRIGHT」とかも完全ジェイポップ。
●あげくこの時期に、再結成米米CLUBとマッシュアップシングル出したでしょ。「アイコトバはア・ブラ・カダ・ブラ」2006年!大分ダサかった覚えが…。ハッキリ言って、この頃の彼らの印象はスゴく「セルアウト」なモノだったし、結果ボクは彼らをしばらく無視してた。帰国子女の彼らとしては、歌謡曲的なモノが一度裏返ってアリになっちゃったのでしょうか?悪い曲だけじゃないけど、キツい一枚だわ。


FAMILIAFAMILIA
(2007/03/14)
HOME MADE 家族K-MOON

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HOME MADE 家族「FAMILIA」2007年
●実は、ボクはこのアルバムが一番好きかな。忠実に自分たちの初心に立ち戻った印象が。サウンド的ルーツである80年代ライトディスコへの愛情を隠さない。「WE ARE FAMILY」「カゾク」を名乗る彼らにとってはアンセム的な楽曲だろうが、トラックは SISTER SLEDGE / THE POINTER SISTERS「WE ARE FAMILY」をまんまナゾッてる。サビはシンガロングな大合唱だけど。「GET FUN-KEY」ではサビの部分で HEATWAVE「BOOGIE NIGHTS」を匂わすフックラインを披露。他のバショにも細かいクリシェがイッパイ散りばめられてる。
●ゲストも強力。名古屋スクールの大先輩であり、彼らが「塾長」と敬う SEAMO が見参、「FANTASTIC 3」で高速ラップ3本マイク対決を見せる。AFRA が率いるヒューマンビートボクシングユニット INCREDIBLE BEATBOX BAND からK-LOON を召喚、「NEVER ENOUGH」という楽曲を超一流のスリルで演出する。スキマスイッチのピアノマン常田真太郎と共作した「FLAVA FLAVA」も意外とファンキーな仕上がりでグッド!中盤とラストにセルアウトチューンがあるけどそれはご愛嬌ね。

HOMEHOME
(2008/10/08)
HOME MADE 家族

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HOME MADE 家族「HOME」2008年
●今の所の最新作。トラックはまるで70年代最盛期のシグマサウンドのようにダイナミックなストリングス使いでさらにスケールアップそしてファンキーに。でもそんなのは誰も聴いてないだろうな…二人のラップは一層力強くなり、メッセージもより明確に伝わるようになった。シンガロング系な歌い上げサビもダイナミック。実にキャッチーだね。
しかし、歌うなあ…。MICRO のソウルフルなノドの良さは一つの引き出しとして有効かもしれないけど、こんだけ歌われるとヒップホップ好きとしては、少々戸惑う。つーかヒップホップじゃないかも?それともコレがホンモノの日本型ヒップホップ?「COME BACK HOME」「EASY WALK」「NO RAIN NO RAINBOW」「HOME」「おぼえてる」「フロンティア」などなど、ことごとくドアタマからサビ歌い上げ楽曲なのよね…。KURO がラップ担当、MICRO がシンガー担当に見えてくる。
「ZOKUZOKOOL」は、RAY PARKER JR.「GHOST BUSTERS」をなぞったファンクもの。彼らの軸足である80年代ディスコファンク嗜好がハッキリ覗けて好感が持てます。



SEAMO。「名古屋スクール」の中心人物。のはずが、2回のデビューで苦闘。
●2004年の渋谷 O-CREST のイベントでは、彼はまだ SEAMO とは名乗っておらず、「シーモネーター」と名乗っていた。あのパフォーマンスにはホント爆笑させられた。身にまとうのは赤い海パンのみ。股間には「天狗のお面」。そして赤い水泳帽。今のリスナーは知らない人もいるかも知れないが、シーモネーターはマジ文字通りの下ネタばっかりを機関銃のようにラップしてた。高度な言葉選びと緻密なフロウで繰り出される下ネタは絶品で、ハラがよじれるほど笑った。
●彼は名古屋におけるヒップホップアクトの先駆として1995年から活動、「男塾」なるクルーを組織して文字通り「名古屋スクール」の黎明期を支えてきた重要人物。2001年からは、伝説のイベント「名古屋 男尻祭り(だんじりまつり)」をオーガナイズ、HOME MADE 家族 ら地元の後進は彼を「塾長」と呼んでリスペクトを惜しまない。

●そして2002年、ソニーから「シーモネーター & DJ TAKI-SHIT」としてメジャーデビュー。しかしコレが不振だった。独特のオリジナリティを放つも、キワモノ扱いされ放送禁止にもなったりして…。そうしているウチに、盟友の nobodyknows+HOME MADE 家族が着実にデビュー&ブレイクの体制を作って行く…。「もうアトがない…」シーモネーターから SEAMO へ。彼はアーティストイメージの大幅な切替えを図る。

ソニーから BMG JAPAN に移籍した2005年、その BMG の知合いから再デビュープランを聞いた時には正直ボクは戸惑った。完全に「SEAMO」と改名、しかもさだまさし「関白宣言」のカバーをシングルに構えるという。コレはズバリ「セルアウト」以外の何者でもないじゃん。失望したな…。「塾長」と呼ばれ、名古屋の地下シーンを牽引して来た男が、後輩の成功の前に焦った、としかイイようがない。そう言えばソニーからのデビューも米米CLUB「浪漫飛行」を大ネタ使いした「浪漫ストリーム」だったな……。
ただ、下ネタだけが彼の本性と言えばそうでもないのが事実。テレビ番組ではキワモノ芸人のように彼を扱おうとする場面もあったが、残念、彼は基本的に全然アドリブが効かない。芸人ではないし、根っから愉快なヤツではないのだ。結局「シーモネーター」も計算の中で作られた仮想人格なのよね。結局、このマジメ路線で2006年紅白歌合戦に出場、ブレイクを果たす。
●彼のアルバムは今でもセッセとチェックしているが、真面目なメッセージを投げる彼にはイマイチ退屈を感じるのが正直な気持ち。ラップを忘れて普通に歌っちゃってるのはいかがなモンかとマジで思う。でも、早いテンポの中で言葉を緻密に組み上げるテクニックは聴くに値する内容だと思ってる。ということで結局応援しているボク。


Round AboutRound About
(2007/10/31)
SEAMO一撃

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SEAMO「ROUND ABOUT」2007年
SEAMO 改名後3枚目のアルバム。まずダメな曲を挙げちゃおう。「CRY BABY」。ラップじゃないもん。普通に真面目なウタを歌ってるだけ。「軌跡」もサビのラインをマジで歌っちゃってる。つまりボクの評価としては SEAMO のシングルはイケテナイ。もう一つのシングル「FLY AWAY」は高速ライトファンクを器用に乗りこなすフロウを評価して一応合格。クレジットをよーく見るとギターにスガシカオが参加。細かい参加の仕方だなあ。MIHIMARU GTヒロコ嬢を招いた「宝島」は奇妙なオキナワ風味トラックにコダワリすぎて滑った印象。
●イイ曲。「SEAMO GOGOGO」は腰のある四ツ打ちファンクに成長する可能性があったのに、イントロ扱いの短尺曲でもったいない。クレジットによるとトラック提供は DJ DECKSTREAM だった。繋がるように始まる二曲目「ラップの花道」は、タイトル通りのラップ本気勝負が炸裂しててタフ。技工派である SEAMO の本来の強みが楽しめる。BOA ちゃんにサビラインのウタを任せた「HEY BOY, HEY GIRL」はキラキラポップチューンだけど、ラップが細かく機能してる。「DO IT」は名古屋の後輩 HOME MADE 家族を迎えて三本マイクでシャウト。そんでトラックは DECKSTREAM「料理三銃士」では弟子・手裏剣ジェットを召喚。…総合的にイイのかワルいかワカラン。

Stock DeliveryStock Delivery
(2008/06/18)
SEAMOSEAMO feat.RYUTA&Mountaineer Chef

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SEAMO「STOCK DELIVERY」2008年
コレは B-SIDE &アルバム未収録曲コンピだね。だからクソマジメモードの SEAMO だけじゃないカオが見える。一曲目はセルアウトシングル「関白」のカップリングの時から愛聴してた「天狗~祭りのテーマ」。あの伝説のイベントを連想させるレペゼン名古屋アンセムを、股間に天狗面を装着しながらシャウト。ある意味チープなトラックも翻って彼なりの男気を象徴してる。これこそ名曲!彼の本領!「RUNNIN'」はシングルメイン曲「A LOVE STORY」WITH BENNIE K がカッコいい曲だったのでよく聴いた。痛快なライトファンクを器用にさばく。「WE FIGHT !」は珍しくムサクルしいほどの男汁トラックで熱くタフにラップ。BENNIE K 経由のつながりか 2BACCKA とのラップ対決「RISING DRAGON」も実にカッコいい。とどのつまり「ROUND ABOUT」よりもずっとイイアルバムだと思ってます。
●しょーもないギャグ風ラップ WITH ちょっぴり下ネタは、もう好き嫌い分かれるでしょう。「LOVE ミサイル」はシタゴコロ渦巻くオトコのデートの顛末をマヌケな言葉で綴りました。

SCRAP & BUILDSCRAP & BUILD
(2008/11/26)
SEAMOAZU

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SEAMO「SCRAP & BUILD」2008年
●一応今んトコロの最新作。クラシックの名曲「威風堂々」の壮大なフレーズにラップを乗せるシングル曲「CONTINUE」とかはボクの趣味ではないんだな…。むしろ女性MC YUKAKO & シンガー AZU を従えた「KISS KISS KISS」の方が気分だな。盟友 nobodyknows+ の同世代メンバー CRYSTAL BOY と格闘する「GIRL IS MINE」は楽しいな。軽い高音を転がす SEAMO のラップと、低音フロウの CRYSTAL BOY にメリハリがついててイイ感じ。次に続く「FRIDAY NIGHT FEVER」も含めリリックもイイ感じに下品でヨシ。
「MOTHER」「そばに~たいせつなひと」(←さだまさしトリビュートソングらしい)がボクの趣味じゃないのはもう言わなくてイイよね…。SEAMO の声はフックラインを歌うのに向いていると、ボクは思えないです。だから出来るなら歌って欲しくない…。


「名古屋スクール」の歌姫。

いますぐに・・・いますぐに・・・
(2009/01/28)
AZU

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AZU「いますぐに…」2009年
●名古屋ヒップホップ人脈の中で、フィーチャリングシンガーとして活躍してきた歌姫がソロ活動。SEAMO が客演した「時間よ止まれ」がヒットしたみたいだし、フルアルバム「AS ONE」とかもあるんだけど、ボクが入手できたのはその次のシングル。バタ臭くない爽やかさが心地いい。カップリングでは小林明子「恋におちて」をやや甘口のラヴァーズロック風にカバー。コッチの方がウマく色気が出てるかも。


「名古屋スクール」以降、ヒップホップは完全に日本の大衆歌謡に組み込まれた。このコト自体がイイかワルいか?それはよくわからない。それでも名古屋人脈、才能を余す事なく全部チェックして行きましょう。

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