今日も、誰にも望まれない文章を書きます。はぁ~。一体自分でもナニをやってんだかって感じ。
●今日のテーマは…。80年代の英国発ポップスを、ボクの中の音楽史観で位置づける作業なのです。

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「1Q84」ならぬ、1984年前後の音楽を聴く。
村上春樹の小説には様々な音楽が登場する。彼は早稲田大学在学中からジャズバーを経営し、ジャズまみれで生活してた人物だ。「楽器は弾けないけど、音楽を奏でるように文章を書いている」という発言も聞いたことがある。ベストセラー「ノルウェイの森」からもわかるように THE BEATLES だって作中に登場する。
●小説「1Q84」の冒頭には、チェコスロバキアの作曲家ヤナーチェックという人物が1926年に発表した「シンフォニエッタ」という楽曲が登場する。このクラシック楽曲が特別なBGMのように作品の随所に鳴っている。ヤナーチェックなんて作家はボクにとって完全に初耳だ。ボクはこの人のレコードもCDも、生まれてこの方肉眼で見た事がない。新聞記事で、このベストセラー本に便乗するかのように、ヤナーチェックのCDがバカ売れを始めた、という話を読んで、初めて「ああ、これは実在の人物なんだ」と納得出来たほどだ。
●しかし、その一方で、この作品の舞台になる1984/1Q84年当時の音楽についてはひどく冷淡だ。QUEEN ABBA のプロモビデオがバーにかかっていることに、主人公たちはウンザリしている。その他に、同時代と言えるようなBGMは全然聞こえて来ない。かといってこの時代の音楽がカスばっかだとは、ボクは思わない。



mtvロゴ

1984年という時代のポイントは、「MTV革命」と、白人&黒人音楽の新しい邂逅。
●ご存知、音楽専門CATV「MTV」は、その前身が1981年に発足、「MTV NETWORKS」に社名を変更したのがちょうど1984年なのです。ケーブルテレビが急速に普及していく中、若者を対象とした音楽専門チャンネルとして注目を集め、ポップミュージックのプロモーションに映像がモノを言う時代を到来させました。
●よって、今まではルックスに無頓着だったミュージシャンも、ファッションや容姿の良さを気にするようになったし、センセーショナルなヴィジュアル戦略がヒットに繋がる場面も増えた。…それと、コレが MTV とリンクした問題かというと自信がないが、ポップミュージックの最前線に、70~80年代のブラックミュージックのエッセンスが投入される場面が増えた…気がする。象徴的な存在をあげるとするならば、かの ''KING OF POP'' 故 MICHAEL JACKSON だ。彼は、当初黒人音楽は放送しないという人種差別的な方針を持ってた MTV で、黒人アーティストとして初めて放送されたオトコでもある。

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●彼は黒人R&Bの影響の下から出発しながら、見事人種の壁をブチ抜くような「ポップ」な音楽表現へ突き抜けた。だから ''KING OF POP'' なのである。そんで、そんなマイケルの成功の周辺で、ディスコファンクの軽妙なダンス感覚を、積極的に白人ポップスが取り込んだような気がする。感覚で言えば、その傾向はイギリス人に顕著だ。今日聴くのはそんな音楽たち。



「第二次ブリティッシュインベーション」1984年的状況の申し子たち。

Make It BigMake It Big
(1990/10/17)
Wham!

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WHAM ! 「MAKE IT BIG」1984年
「第二次ブリティッシュインベーション」という言葉がある。「ブリティッシュインベーション BRITISH INVASION」を日本語にすれば「英国の侵略」だ。アメリカ側から見て、イギリスから音楽やファッション/風俗がドドドッと流入して来た瞬間のコトを指す。「第二次」というからには「第一次」もある。「第一次ブリティッシュインベーション」は1960年代の THE BEATLES 旋風と、それとともにやってきたロンドン発の音楽やファッションだ。THE BEATLES 映画を経由してカーナビーストリートの新奇な風俗が紹介され、THE ROLLING STONES THE WHO THE ANIMALS THE ZOMBIES THE KINKS MANFRED MANN CREAM もこのタイミングでアメリカに雪崩れ込んだ。元来保守的で地理的にも広大なアメリカを、日本よりも人口規模が小さいイギリスのロックバンドが制覇するのは大変なコトだ。同じ英語をしゃべってても全然違う国。そんなアメリカがキリキリ舞いにされたのは二回だけということだ。
●そんで、問題の「第二次ブリティッシュインベーション」。これは「MTV革命」によって準備された。それまでのイギリスのバンドがアメリカで成功するためには全米各地のドサマワリツアーが必要だった。POLICE SEX PISTOLS ですらその例外となれなかった。しかし、プロモヴィデオが全米のテレビに流されるようになり、ダイレクトに音楽やパフォーマンスをアピールできるようになったことが、イギリスのバンドにチャンスを与えた。ことイケメンのアーティストにはこれは有利に働いた。WHAM ! という二人のイケメンユニットもこの時代の波に乗り、大西洋をまたいで成功した。彼らのセカンドアルバムである本作は、イギリス&アメリカの両国でヒットチャートの一位を獲得した。文字通り「MAKE IT BIG」だ!
●彼らの代表曲「WAKE ME UP BOFORE YOU GO GO(邦題/ウキウキウェイクミーアップ!)「FROODOM」「CARELESS WHISPER」が収録されてる。どれもこれも明るいダンサブルなポップス。そんでどれももれなく70年代のディスコミュージックに影響をされた音楽だ。70年代のディスコ旋風の時代には、ディスコは堕落した音楽だと排斥運動まで起こして、レコードを集めて焼くなどしたのがアメリカだ。それを白人のイケメンがサラリと歌うと抵抗なく受け入れる。それもアメリカ。後年明らかにされる GEORGE MICHAEL のセクシャリティをハジメから知ってたら、こんなにヒットしなかったかもしれない…それもアメリカなんだよね。

ANDREW RIDGELEY(言わずもがな、右の人のこと。)

WHAM ! の脇役 ANDREW RIDGELEY がナニをしてるかワカラナイ。
WHAM ! をマジメに聴くなんてあまりない経験なんだけど、一個不思議に思ったことが。コレって、GEORGE MICHAEL ANDREW RIDGELEY の二人組だよね……でも、作詞作曲/プロデュース&アレンジ/ほとんどの楽器の演奏などなど全部を、GEORGE MICHAEL がやってるのよね。つーか、歌声でも GEORGE の声だけが聞こえて、ANDREW がナニをやってるのかワカラナイ。いや、調べるとマジでナニもやってないみたい…。
●二人は学生時代からのクラスメート。シャイでグリグリのメガネ小僧だった GEORGE の才能をいち早く見出して、音源を作らせては売り込みに走ってたのは確かに ANDREW のほうだったらしい。ファッションやイメージ戦略を練るのも彼の仕事。でも音楽的貢献はナンもない…。WHAM ! は1982~1986年まで活動したが、解散後の ANDREW は、モナコでレーサーになってみたり、ハリウッドで俳優の道を探ってみたりするが全部挫折。その後国に戻ってサーフィンを始め、その勢いで環境保護運動に入れ込む。そんで今は BABANARAMA のメンバーだった女性とコーンウォールでゴルフ三昧の暮らしをしてるとさ。



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CULTURE CLUB「THE WAR SONG (ULTIMATE DANCE MIX)」1984年
●さて、GEORGE MICHAEL と違って、こちらはキャリアの最初っからジブンのセクシャリティに正直だった人のバンドだ。つまり BOY GEORGE さんのことね(あ、ジョージつながりだった!)。彼の超グリッター&グラマラスな力任せの「盛りメイク」は現代渋谷のギャルだって一目置くテンションでしょ。で、今も健在にグリッターなルックスでDJとかやってるらしいよ。
●この曲は、彼らのヒットシングルで、サビでは様々な国語で「NO MORE WAR」というメッセージを繰り返す。その中には日本語もあって、あの有名な「センソウヘンタイ!センソウヘンタイ(戦争反対!)」ってフレーズがでてくるのよね。80年代の認識において、カレのトランセクシャルなルックスはてっとり早く「ヘンタイ」な感じで、ヘナヘナと「センソウヘンタイ~」と歌う彼の声は、結果的に反戦メッセージとゲイの前向きなカミングアウトをダブルミーニングで示してしまったコトになった。…いや多分本人にはそんなツモリ露もないだろうけど。
●ボクは 12INCH の買物は滅多にしないんだけど、そんな思い出がとっても懐かしく思えちゃって、「どうせ100円だし」っつーて買ってしまいました。でもさ、コレを改めて聴くとさ、かなり技ありなアレンジで驚いてしまうのですよ。実はデストロイなメッセージソングなのに、カリビアンミュージックの楽しげなパーカッションを四つ打ちディスコファンクと合体させて、フロアを一気に華やかにする楽しさがある。その一方でこの 12INCH MIX では途中ブレイクを入れて、突如不吉な軍隊風のマーチに変貌し、そこからまたディスコファンクに戻ってくる。サビラインをスティールパンになぞらせて、そして各国語のリレー展開でコーラスのリフレイン。
CULTURE CLUB と名乗るだけあって、彼らの戦略はかなり確信的に多文化のハイブリットを目指している。その越境主義って、性別の垣根を越えなくちゃいけない BOY GEORGE 自身の宿命とダブってたのかな?

Kissing to Be CleverKissing to Be Clever
(2003/10/07)
Culture Club

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CULTURE CLUB「KISSING TO BE CLEVER」1982年
CULTURE CLUB のファーストアルバム。このバンドのハイブリットな点をもうちょっと強調しておこう。ベースの MICHAEL CRAIGジャマイカ系の黒人だ。代表曲「DO YOU REALLY WANT TO HURT ME」でさえ、彼のプレイのおかげで見事なダブの香りが漂う。チョッパー多用のドライブするベースはこのバンドの貪欲な多文化ハイブリットを猿真似にしないモノにしている。そんで音楽的リーダーでもあったドラマーの JOE MOSS。後にヘテロな結婚をするけど、バンドの活動期は BOY GEORGE の恋人と公言してた。カリビアンミュージック、レゲエ、スカ、ラテン、ソウル、モータウンといった様々なリズムアプローチに果敢に挑戦した推進力になってたと思う。ギターの ROY HAY だけが普通のアングロサクソン系だった……GOERGE JOE はユダヤ系だったし。
●そんで見事なホーンアンサンブルやサックスソロなどが、ますますディスコファンクとしての強度を上げていく。偶数拍にインパクトをつけるリズムに、正確なカッティングギターが見事にファンク。時に派手なパーカッションがそれにラテンな色取りを添えたりする。意外なほどカッコいいです。最初のシングル曲「WHITE BOY」とかスゴくファンク!コレが BOY GEORGE の中性的な声が乗っかるコトでたちまちユニークなダンスポップになるんだけど。

カラー・バイ・ナンバーズカラー・バイ・ナンバーズ
(1999/06/30)
カルチャー・クラブ

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CULTURE CLUB「COLOURS BY NUMBERS」1983年
CULTURE CLUB のセカンド。ハーモニカのアクセントが瑞々しい「KARMA CHAMELEON」からディスコビート「MISS ME BLIND」などが収録されてます。「CHURCH OF THE POISON MIND」は完全なモータウンソウルだ。ただし、リズムに対して冒険的なコトだけを注目しちゃったけど、実は BOY GEORGE の歌うメロディがチャーミングなことがヒットの第一要件である事は間違いない。女性ボーカリストを従えてソウルバラードにチャレンジしてみたりしている。もうゴスペルばりのアプローチだ。
●そのくせ、あっけらかんとした気分と見せかけて、実は歌詞の内容がシニカルだったりちょっと悲観的だったりしているのも特徴。「キミの扱ってる金は真っ黒だよ」とか、「誰かが言うよ、子供たちよ目を覚ませ、そんで人生を投げ捨てろ、犯罪リストに載ったらママはなんていうだろう? 時々キミはムカつく、だって人生ピンボケのままじゃないか、人々は飢えてから初めて生き残る方法を考える」とか、「街の中じゃ誰かが暴力について説教している、キミの頭の中の MR.マン だよ、この街じゃ真夜中のカウボーイはキミを撃ち殺すのに銃も必要ない。どうしたらボクは自分が生きたいように生きられるのかい?そんなの当たり前じゃないか、キミのように「男」になればいいんだろ」とか。声やダンスビートが甘く聞こえても、歌詞の内容までは甘くないよってさ。
●バンドはそのまま4枚のアルバムを作るんだけど、BOY GEORGE がヘロイン問題を起こして1986年に解散。その後、90年代ドアタマのダンスミュージック革命の際には BOY GEORGE 自身のソロユニット JESUS LOVES YOU が、インドのモチーフに偏ったサイケな気分のエレポップを鳴らしてた……あとは知らない。

JESUS LOVES YOU(JESUS LOVES YOU「THE MARTYR MANTRAS」1991年)



ARCADIA「SO RED THE ROSE」

ARCADIA「SO RED THE ROSE」1985年
「第二次ブリティッシュインベーション」というと、WHAM !、CULTURE CLUB とくれば、次は DURAN DURAN の出番となるんだけど、このバンドの普通の音源は一時期聴きまくり過ぎたので、ココではちょっとハズした音源を紹介します。
DURAN DURAN はそのバンドの絶頂期に二派に分裂してしまいました。THE POWER SATION というバンドと、この ARCADIA というバンド。ARCADIA は、ボーカル SIMON LE BON、キーボード NICK RHODES、ドラム ROGER TAYLOR の三人で結成。一方もう一つの分派 THE POWER SATION は、70年代から活躍するシンガー ROBERT PALMER を据え、ベース JOHN TAYLOR、ギター ANDY TAYLOR、ドラマーに元 CHICTONY THOMPSON を招いて組織された。
●ボーカルの SIMON と、ギター ANDY & ベース JOHN の人気が二分してバンド内に亀裂が入った、と DURAN DURAN の大ファンを自認するラジオディレクターの人に教えてもらったんだ…が、その真相はよく分からん。ただし、バンドの創始者 NICK とボーカル SIMON(加入は一番最後なんです)がいるって意味で、コッチの方が正統派の DURAN DURAN っぽく聞こえる。多少ナルシスティックな SIMON のボーカルや、タン!タン!と打ち込まれるキーボードのオーケストラヒットみたいな音がとっても DURAN DURAN。特に「THE FLAME」なんて曲は完全に DURAN DURAN サウンドになってます。ジャケも相変わらずナルシスティックな匂いプンプンですが、ニューロマンティクス組の筆頭格としてカラフルに染めてた頭はこの時一旦黒く染めてて、「ゴス系」なイメージ展開をしてました。よってダンス不可能なゴス気分の曲もあり。
●ゲストも実は結構豪華。前述「THE FLAME」では GRACE JONES がイントロでヒトコトしゃべるし、「THE PROMISE」という曲では STING がバックコーラスで参加。あとはドコで何しているかワカランが、HERBIE HANCOCK、PINK FROYDDAVID GILMOUR、日本のニューウェーブバンド 一風堂土屋昌巳までが参加してる。
●さて、この分裂 DURAN DURAN ですが、その後、この ARCADIA 三人組が、勝手に新生 DURAN DURAN と名乗って復活しちゃうんです。(アルバム「NOTORIOUS」1987年の頃)なんかエゲツナイ。結局オリジナルメンツでの完全復活は2001年までなされないのでした。
●一方、THE POWER STATION 組も本当はアナドレナイ。T.REX「GET IT ON」をカバーしたりしてて、強いドラムが見事なファンクグルーヴを作ってる(つーか、コッチの方が好きかも)。あ、ちなみに今の話、JOHN TAYLOR、ANDY TAYLOR、ROGER TAYLOR と三人のテイラーさんが出てきましたが、全員アカの他人。兄弟でも何でもない。…ボクはずっと兄弟だと思ってたんだけど…。

The Power StationThe Power Station
(2005/04/26)
The Power Station

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KAJA GOO GOO「WHITE FEATHER」

KAJA GOO GOO「WHITE FEATHER」1983年
「ニューロマンティクス」というムーブメントは、DAVID BOWIE 以来のド派手ファッションで身を固め、そのヴィジュアルイメージを MTV &プロモビデオという新メディアを駆使して最大限に利用した。この KAJA GOO GOO はまさしくそんなバンドだったと思う。
●本来は前衛系インスト集団だったバンドに、ボーカリスト LIMAHL が加入して一気にポップス化。そんで兄貴格であるバンド DURAN DURAN の目に止まり、ARCADIA の話でも出てきた NICK RHODES のプロデュースでデビューする。DURAN DURAN よりもズーッと分かり易いハイスピードなダンスポップ/シンセポップは、ノー天気に明るくて取っ付きやすい。彼らの特大一発屋的ヒット「TOO SHY」は、デビューシングルにしてホントにチャートで一位になっちゃった。ぶっちゃけあまり耳に残らない曲ばっかなんだけど、インスト曲「KAJAGOOGOO」や最後の曲「FRAYO」のハネるベースには、ポストパンク/コールドファンクの気配が少し残ってるし、「OOH TO BE AH」という小ヒット曲にはニューウェーブ的オリエンタル解釈が盛り込まれてる(日本ダイスキ!ってインタビューでも言ってる)。甘ったるいボーカルが台無しにしているけど。
●で、LIMAHL 。この奇妙な名前の男はナニ人?(北欧?)と思ってたんだけど、なんのコトはない、HAMILL という名字を並び替えただけの芸名だという。黒とキンパツの二色染めアタマでキメたイケメン気取りのこの男は、一番最後にバンドにやって来たくせに、バンドの儲けの取り分を半分オレによこせ!的な主張をし始めてモメにモメて脱退。だから、コイツは最初の一枚のアルバムにしか参加してない。

200px-The_neverending_story.jpg(「THE NEVERENDING STORY」1984年)

●しかし、映画「ネバー・エンディング・ストーリー」の主題歌(プロデュースは GIORGIO MORODER だったのでした!)でスマッシュヒット。ボクはこの映画好きだし、ミヒャエル・エンデの原作も好きだし、曲も好きだけど、やっぱ LIMAHL 本人はいかがなモンかと思うね。カバーもイッパイされた曲でしたが、日本では当時、羽賀研二がカバーしててこれまた珍品テクノポップな仕上がりになっている。
LIMAHL が抜けたバンドはその後 KAJA と改名して活動を続行。日本のロックバンド POLYSICS がアルバムタイトルに「カジャカジャグー」なんて言葉を使うなど、リスペクトを表明している人も少なくはない…実際このアルバムには KAJA のベーシストが参加しているというし。

カジャカジャグーカジャカジャグー
(2003/05/21)
POLYSICS

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G.I. ORANGE

G.I. ORANGE「G.I. ORANGE」1985年
これこそマジの一発屋です。イギリスのニューロマバンドってのは間違いない。髪の毛をオレンジ色に染めてたからこのバンド名だっていうし。しかし彼らのアルバムはなんと日本でしか発売されなかったし、日本でしかヒットしてない。当時は、日本のレコード会社が独自の路線で日本限定の洋楽アイドルを売り出す事があったらしく(日本版ウィキペディア)、コイツらはまさしくその典型的なバンドなのでした。しかも、音楽がチャッちくてマジで聴き通すのがシンドイ!
●唯一のヒット曲で一応ソレくさいシンセポップでもある「PSYCHIC MAGIC」はテレビCMにもなったから、当時を生きてた人は聴けば分かるかも知れない。CMという映像メディアで成功したという意味では1984年的なバンドだったとは言えよう。しかし分かったとしても全く得した気分にはなれないです。アトの曲はシンセポップですらなくって泣ける。ブックオフの100円アナログコーナーで発見。さすがにコレをCD化するメーカーはこの世にいないらしい。



Songs from the Big ChairSongs from the Big Chair
(2001/03/13)
Tears For Fears

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TEARS FOR FEARS「SONGS FROM THE BIG CHAIR」1985年
●特別な化粧っ気もないので「ニューロマンティクス」組とは言えないと思うけど、英語版 WIKI によると「第二次ブリティッシュインベーション」組には組み入れられているので紹介します。ボクは次作「THE SEEDS OF LOVE」1989年の方が、プログレッシヴロックを連想させるほどの作り込みで好きだったけど、実はコッチもかなりの作り込みブリだね。シングルヒット「SHOUT」「EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD」がどうしても目立っちゃうからポップ色が強く感じられるけど、6分曲の半分以上をサックスソロでヤリ切ったりするのは、単なるシンセポップバンドとは一線を引くミュージシャンシップを感じます。特に後半はスケールの大きなバラード、アブストラクトな展開が広がります。フロアライクなエレファンクもちょっぴりあります。
●調べると、実はネオモッズバンドをやってた連中が、TALKING HEADS BRIAN ENO のような偏差値高い系の音楽にハマるようになって改組したのがこのバンド。心理療法用語からバンド名を拝借するセンスも偏差値高めアプローチなんだろな。



SOFT CELL「THIS LAST NIGHT IN SODOM」

SOFT CELL「THIS LAST NIGHT IN SODOM」1984年
●今日紹介する、三組目のゲイさんです。ボーカル MARC ARMOND は最初っからあけっぴろげにゲイである事を公言しており、そのイメージを存分に活かして、背徳的/退廃的な歌詞を神経質に歌ってみせた。彼らをスターダムにのし上げたのは「TAINTED LOVE」MARC BOLAN の彼女で黒人シンガー GLORIA JONES のソウルチューンを完全エレポップにカバーしたもの)1981年。同年のファーストアルバム「NON-STOP EROTIC CABARET」では、SM趣味をタップリもりこんだ過激プロモを作って検閲を受けちゃって、ちょっとした話題を呼ぶ。この意味で彼らも十分にプロモビデオ世代の1984年状況に深くハマっているのです。
●とか言いつつ、実はこのアルバム、解散直前のラストアルバム。エレポップであったはずの音楽は、MARC ARMOND が子供の頃から影響を受けてたロカビリー/初期ロックンロールなドタバタテイストが加わり、より耳障りな演出が施されている。B面最初の「L'ESQUALITA」は彼らが愛したニューヨークのゲイシーンを、押尾学の大好物だった MDMA A.K.A. エクスタシーをモリモリカジリながらデカダンスに歌い上げる物件。連中はトコトン良識ある人々の神経を逆撫でしたいんだなと思っちゃう。
MARC ARMOND SOFT CELL と同時進行で MARC AND THE MANBAS というバンドを運営してて(1982~1983)、そこには THE THE 結成前後 の MATT JOHNSON なんかも所属していた。ソロ活動でもエレポップという軸足はぶらさずに、その独特なボーカルを様々な場所で響かせている。
●シンセ担当の相棒だった DAVID BALL は90年代に入るとテクノユニット THE GRID を結成。アシッドハウス以後のテックハウスシーンでちょっとした存在感を放つ。チルアウトな側面を持つアブストラクトビートの「CRYSTAL CLEAR」や痛快なシンセリフが印象的な「TEXAS COWBOY」は今でも大好きです。

Music for DancingMusic for Dancing
(1998/06/30)
The Grid

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Sweet Dreams (Are Made of This)Sweet Dreams (Are Made of This)
(2005/11/11)
Eurythmics

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EURYTHMICS「SWEET DREAMS (ARE MADE OF THIS)」1983年
●あ、今日初めての女性ボーカルだ。でもこのシンガー ANNIE LENNOX 存在感も限りなく中性的だな。天使のような可憐な声から悪魔のような低い声も出せるから。そして彼女のベリーショートな髪型がプロモに映えたのが「第二次ブリティッシュインベーション」的でもあります。そんなで、どっかレズビアンなイメージの漂う彼女だけど、でもプライベートライフではキチンと結婚/出産をしています。
THE TOURISTS というポストパンクなプログレバンドが前身。シンガー ANNIE LENNOX & ベース、シンセなどなど担当 DAVE STEWART のデュオ編成に改組して EURYTHMICS がデビューしたのが1981年。コレは二枚目のアルバム。ANNIE のソウルフルなボーカルとシンセポップとしての躍動感は彼らにとっても新境地。ISSAC HAYES 作曲、SCRITTI POLITTIGREEN GARTSIDE とのコラボとなった「WRAP IT UP」はこの時代でしか放てない独特のエレクトリックファンクになってます。
●そんで表題曲の「SWEET DREAMS」。NAS がサンプルして「STREET DREAMS」のネタにしているくらい、今でも人気のある楽曲。ジャストなビート感覚で攻め上がってくるシンセと中性的低音ボイスが野太いグルーヴを作ってしまってます。MARILYN MANSON までカバーしてんだよね。
●90年代は丸々活動休止したバンド。ソロは活発です。ANNIE はソロ、DAVE はサントラやプロデュース業で活躍。DAVE の仕事では映画「ALFIE」のサントラ(2004年)で MICK JAGGER とガッツリ組んだのが注目。ボクはココで白人女性ソウルシンガー JOSS STONE の存在を知りました。

アルフィー オリジナル・サウンドトラック(CCCD)アルフィー オリジナル・サウンドトラック(CCCD)
(2004/12/08)
サントラミック・ジャガー&デイヴ・スチュアート

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Rip It UpRip It Up
(2008/03/01)
Dead or Alive

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●DEAD OR ALIVE「RIP IT UP」1985~1987年
●わーまた一人、グリッター感全開の姐さんを思い出しちゃった。このバンドのボーカリスト PETE BURNS はイギリスのこの時代のダンスシーンから登場した徒花的存在決定版です。70年代はゴス系ロックをやってたのがいつの間にかダンスミュージックにスライド、1985年「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」で大ブレイク、「ハイエナジー系」と呼ばれるアーティストの筆頭格に君臨し、日本のディスコシーン(クラブではありません)でもバカ受け。…ちなみに本人は、なんで日本でもオレの音楽が受けてるんだ?と不思議に思ってたらしいけど。このアルバムは、彼らの全盛期の楽曲をノンストップミックスしてくれたベスト盤。「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」「BRAND NEW LOVER」も入ってます。
●でもですね、この人、明らかな女装マニアで絶対ホモセクシャルなんだろうと思わせといて、実は20年連れ添った奥さんがいるんだって!つまりバイセクシャルというコトなんです。…ただ一方でよりゴシップダネになってるのは彼の美容整形マニアぶり。いじり過ぎ!改造し過ぎ!そんなんで彼は性の愉しみよりも自分の見た目を弄ぶ事に夢中なタイプなんです。うーむ、性の多様性ってのは難しいなあ。イロイロなフェチがあるってことだ。

最近のピート・バーンズ(最近の PETE BURNS。やっぱやり過ぎでしょ!)

●さて、ココでは「ハイエナジー」というスタイルについてお勉強。キーパーソンは STOCK, AITKEN & WATERMAN というプロデューサーチーム。メンバーの名字をつなげただけの三人組なんですけど、彼らが「ハイエナジー」ひいては「ユーロビート」という音楽の生みの親になる。彼らとの出会いで DEAD OR ALOVE「YOU SPIN ME AROUND (LIKE A RECORD)」をモノにすることが出来た。そのサウンドの特徴は、リンドラムとシンセベースの一音一音をスタッカートで切り離し、ドドドドダダダダとおびただしい連打でリズムを構成する事。そんでコレをシーケンサーで完全自動演奏する事。彼らは最新の音響機材を駆使し、完璧な正確さを持つビートを叩き出した。ソレが80年代後半の世界を席巻するのだ。
●その後は、BANANARAMA「VENUS」、KIM WILDE「YOU KEEP ME HANGIN' ON」、KYLIE MINOGUE「THE LOCO-MOTION」「I SHOULD BE SO LUCKY」(…なんかカバーが多いな…STOCK, AITKEN & WATERMAN の好むコード進行は50年代のポップソングと相性がいいとも言われてる…)とか、RICK ASTLEY「NEVER GONNA GIVE YOU UP」とかを手掛けて一世風靡。しかし、彼らが駆使した技術は世界中にたちまち普及して、より過激なスタイルである90年代テクノ/ハウス革命にはついていけず1993年にはチームを解散してしまいました。テクノもヒップホップもみんな同じような機材で作れるからね。
●ただし彼らが作ったサウンドを見事に今も大切にしている国がありまして。それは日本!「ユーロビート」の名で知られながらも全く「ユーロ」と関係ない所で制作され販売されているこのイビツな状況に、一部の海外マニアは非常に高い関心をよせてるみたいで(それは「ダンスダンスレボリューション」のような音ゲーとして世界に再拡散しているみたいでもあって)、エイベックスが編んでいるコンピについて考察する詳細な英語サイトがあっちゃったりしてるみたいです。



PleasePlease
(2008/12/18)
Pet Shop Boys

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PET SHOP BOYS「PLEASE」1986年
本日の微妙セクシャリティはコレで5組目か?このユニットのボーカリスト NEIL TENNANT さんもゲイだってカミングアウトしてる。そういう感覚にオープンになれる時代が徐々に到来していたってコトでしょうか? それともダンスミュージックという文化とゲイカルチャーがなんらかの親和性で繋がっているのか?つーか、その両方?不思議不思議。
●さて、彼らエレポップ二人組も「第二次ブリティッシュインベーション」の時期にキャリアを伸ばしました。これがファーストアルバムだから、ちと後発組なのかな?……ただ、改めてこの20年以上前の音源を聴いてみてつくづく思ったんだけど、この人たち、最初から00年代の今に至るまで全然作風が変わってないのね。ある意味ビックリ。軟弱/草食系ボーカルも変わらないし、切なげなメロディも、味の薄いエレクトロなトラックも全然変わらない。初期の代表作「WEST END GIRLS」とかが収録されてるけど、20年を経た2006年の彼らのアルバム「FUNDAMENTAL」と聴き比べても全然古く感じない。
●これは、エレポップという音楽スタイルのアイディアは最初っから完成されていた、というコトを示しているのか?それとも、20年の時間が経ってエレポップが再評価され始めたのか?不思議不思議。でも、とにかく彼らは現在でもエレポップの最前線で活躍を続けているのは事実で、おまけに最近のダンスロックの盛り上がりの中で、PET SHOP BOYS に影響を受けたようなアーティストが出現しているのも事実なんだよな。彼らの音楽に分かり易いソウルミュージックの影響を読み取るのは難しいけど、80年代に成長したエレクトロ技術の成果はハッキリ見て取れる。00年代のエレクトロブームと彼らの存在はそういう意味ではシッカリ繋がってるんだろうな。

FundamentalFundamental
(2006/06/27)
Pet Shop Boys

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「1984年状況」の意義をおさらい。
●改めてまとめます。ポイント1。1984年状況は、R&Bやディスコなどの黒人発ダンスミュージックを、白人が消化して自分たちのポップスに引きつけた時代だとボクは思ってる。ここで注目すべきユニークな点は、それが同じ国土に沢山の黒人人口を抱えるアメリカではなく、黒人さんが人口に占める割合が低いイギリスで活発に実験された事だ。今日紹介したアーティストは全員イギリス人。イギリス人は60年代から黒人音楽への尽きない憧れを抱き続けている。モッズカルチャーやジャズロック、ブルースロックなどを通過し、80年代に至ってディスコファンクに行き着いた。レゲエも大きな影響を及ぼしている。ココは今後さらに突っ込みたいテーマ。
●ポイント2。性的マイノリティのセンスすらもが呑み込まれてこの時代のポップ表現は拡大された。80年代は KEITH HERRING ROBERT MAPPLETHORPE のように自らの複雑なセクシャリティを公にカミングアウトしたヒーローが数々活躍したし、その反面 AIDS の発見/流行という悲劇で同性愛という文化が注目を浴びた時期だった。70年代に人種差別主義が克服されていくと、フェミニズム/ジェンダーの問題が大きな焦点になっていく。「性」の問題は80年代の大きなキーポイントだ。80年代ディスコ/初期のクラブカルチャーは、こうした性のマイノリティのためのコミュニティとして機能していて、ポップスはそこから大きな滋養を得た。
●ポイント3。加えて「MTV」というメディアが登場し、映像によって情報伝達のスピードが思い切り加速された。結果、この時代の新型ダンス/ポップミュージックはより強力に増幅されて全世界に波及した。「第二次ブリティッシュインベーション」はその情報伝達速度の加速っぷりを証明した事件だし、別にイギリス~アメリカの大西洋だけが乗り越えられたわけじゃない。地球の裏側、わが日本にも小林克也「ベストヒットUSA」のような番組が出来て、大きな影響を及ぼした。

そしてここから始まった事。
●黒人音楽と白人音楽のハイブリット実験が進むにつれ、クリエイターの視線はさらに新しい世界へと向けられる。結果80年代後半にはワールドミュージックの時代が到来し、アフリカ、アジア、ラテン、ブラジルなど、全世界のエスニックミュージックが新たなポップ表現の源泉として注目を浴びるようになる。ありとあらゆるローカルな音楽が再発見され、ポップスとして昇華される。様々なスタイルの音楽と既存のロック/ポップスによる、様々な交配実験が全世界で行われる。ミクスチャーロックの時代の到来だ。
●そしてクラブミュージックの拡大。アメリカでは退廃文化として反対運動まで起こった70年代ディスコカルチャーだが、いつしか黒人文化の独占物という偏見は失われ、踊る事に機能特化したダンスミュージックはより需要を増していく。そして80年代末期のイギリスで「アシッドハウス」が誕生。全世界を席巻する90年代のテクノカルチャーが芽吹く。もちろん、エレクトロ系機材の進化も見逃せない要素だ。
アメリカでの「MTV」のインパクトは強力で、アメリカ人アーティスト自身ももはやこの新メディアを無視できない状況になった。ここから80年代的な新たなスターが登場する。MICHAEL JACKSON はその代表格であったし、MADONNA もココから登場したポップスターだ。


●今後は、1984年を軸に、80年代後半の音楽、そんで反対に80年前後の音楽とかに注目した音楽の聴き方を模索してみようと思います。
ボクは90年代をリアルタイムに体験してきた世代。で、自分の時代をキチンと位置づけてみたいと思っていくつかの文章を書いてみた…。けど、ソコを細かく明らかにしていくにはその前の80年代の出来事がどうしてもついてまわるモンで……だからこんな事になっちゃうんだけど……いや音源一枚や1アーティストを取り上げるだけじゃ、その音楽が生きた時代の匂いを掴むトコロまで到達できないじゃないですか……え、別に到達する必要はない?……でも自分の生きた時代だからなあ……そして自分がナゼその音楽を聴いたか、当時多くの人がその音楽を聴いたのか、気になるじゃないですか……これがこんなバカげた事をする動機かな。しかし、スンゲえ遠回りだなあ、00年代ももう終わりそうなのに。
●もちろん、チャンスを見て、90年代、00年代の音楽シーンもうまく捉えていきたいと思ってます。果てしない作業だけど、ちょっとづつコツコツ頑張ります。下にはそんなアプローチを念頭に置きながら書いた文章へのリンクを集めときます。



2009.07.29 「スリルジョッキーでなくなったボク。THE SEA AND CAKE。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090729.html
2009.07.20 「ユニコーン再結成ツアーDVD。トリビュート盤にみるファミリーツリー。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090720.html
2009.07.18 ノマドヒヨコの通信簿。そして我が青春のマッドチェスター。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090718.html
2009.07.11 「名古屋スクール。nobodyknows+、HOME MADE 家族、SEAMO。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090711.html
2009.06.28 「マイケル・ジャクソン、レスト・イン・ピース。彼の音楽世界とその思い出」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090628.html
2009.06.08 「先週末は運動会。ミドルスクール、オールドスクールのファンクに身を揺らす」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090608.html
2009.06.06 「『仕事細胞』の暴走を止めたい……そして、渋谷系~シモキタザワ系」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090606.html
2009.05.27 「『RAVEX』。注目の3大プロデューサーが作るエイベックスの新機軸」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090527.html
2009.05.05 「保守系雑誌「諸君!」休刊。そして忌野清志郎さんのロックの保守感覚」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090505.html
2009.04.16 「スラムドッグのグローバリズム、UK エイジアンを堪能」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090416.html
2009.04.13 「トリップホップと UK ヒップホップの不思議」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090413.html
2009.03.30 「ニューレイヴ。21世紀のシャーマニズムと野蛮と逆ピラミッドの神官たち」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090330.html
2009.03.01 「ホイチョイ・バブル三部作と、あの時代のトラウマ。ボクはバブルが憎い」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090301.html
2009.02.22 「オバマ大統領の生まれ故郷、ハワイイの文化に奥深く迫りたい」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090222.html
2009.02.14 「ユニコーンと奥田民生。BOOWY と氷室京介。バンドブームから20年の歩み」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090214.html
2009.01.21 「大人になってしまった妖精たち。PIXIES の絶叫はドコに響いてくのかな」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090121.html
2009.01.15 「THE VERVE。ジャンキーがクスリを抜いて、王道へと歩んでいった道程」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20090115.html
2008.10.01 「90年代の伝説 NIRVANAとKURT COBAIN。ロックの神に捧げられた生贄」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20081001.html
2008.09.28 「成熟を避けて突き進む「音速の若者」SONIC YOUYH に今一度シビレル。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080928.html
2008.09.16 「SONIC YOUTH はドコから来てドコに行くのだろう?音速のスピードで。」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080916.html
2008.09.08「PAVEMENT と STEPHEN MALKMUS にまつわるセイシュンの思い出」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-508.html
2008.05.18「00年代エレクトロを巡って、90年代80年代そして70年代まで旅をする」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-438.html
2008.04.20「80年代末から現在まで、UKのブラックミュージックを一気に俯瞰する」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-418.html
2008.04.05「放送室で溶け合った、60年代と90年代UKロック。ブリットポップの時代」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20080405.html
2008.04.29「ボクは「FREE SOUL」がダイキライ。でも許す(←ナニ様?)」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-425.html
2007.10.22「『渋谷系』とは何だったのか? 極私的に90年代を振り返って」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-240.html
2008.01.06 「平成20年から平成元年を照らし出す。「バンドブーム」の記憶」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-293.html
2007.12.14「1986年。少年がロックに目覚めた瞬間」
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-date-20071214.html
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