自律神経失調症とのお付き合い(その107)~「青空ヨガ」編

●シルバーウィークの予定はなにかあるかって?ナンもないです。多分カフェでコーヒー飲んで、ホンを読む程度。つーかさ、ホントは月曜~水曜はカイシャで仕事しようと思ってたんですよ、祝日カンケイなくレギュラー通り。ま、ウチの職場、毎日営業はあるしミンナ仕事するし、以前はボクもそれがフツウだったし。
●で、聞いたわけですよ。会社診療所のカウンセラーのセンセイに「シルバーウィーク、仕事しちゃってイイですか?」そしたら一秒も間を置かず「あはは、そりゃナイねえ!」あ、ナイんですか…ワリとイケルかなーなんて思ったんですけどねー。「まだ早いですね、休日出勤は」ああ、そうですか。議論の余地なしっすね。
オマケに残業も基本的に禁止なんですよ。一、二時間程度はしちゃってんだけどね。ソレを心療内科のセンセイに言ったら「あらー!まだダメよー!それ始めちゃったらまた元に戻っちゃうでしょ」とのコト。「骨折した人が、やっと骨が繋がったトコロでイキナリダッシュの練習を始めるようなモノよ。シルバーウィーク、オトナシくしててください」おー怒られたヨン。
●実際、ボクの実感と言えばどうか? 正直、やっぱり疲れやすいのは事実で、木曜金曜は実際クタクタになってる。家に帰ると気分も乱れてアタマの考えがまとまらない。ヨガもムキになりすぎると筋肉痛を起こしてカラダ中が痛む。相変わらず自由に繁華街を歩けるとは言えない…注意深く体力をセーブしないと調子を崩しそうだ。
しかし一方で仕事は楽しい。会議でも自由に発言ができるし、そのアイディアがよければ採用してもらってる。周囲もボク自身も一瞬ビョウキを忘れるくらいだ。来月12日の体育の日に仕掛けるイベント準備で、ボクはセッセと会場の設備設営スケジュールや警備体制の整理、保健所/消防/警察への申請作業を取り仕切ってるんだけど、このカウンセラーの判断でこの祝日イベントの現場にボクがいられないコトになっちゃった。ソレを会議でミンナに言ったら「そうかオマエ、制限勤務なんだっけ、すっかり忘れてた…アイタタタ」「あ、そうなの!オマエのビョウキってまだ治ってないんだ、知らなかった」と先輩たちのリアクション。「診療所は人事部とも繋がってますんでスタンドプレーすると厄介なんすよねースイマセン」でも、役所だって祝日は動かないんだし、ギリギリまでボクがやれるコトはやりますんでダイジョウブです。

実は、一瞬ビョウキを忘れるさせるくらいの自己主張がないとね、と思ってる。
●元々ボクはある意味で仕事には遠慮も我慢もしないので、言いたいことがあればそれなりにモノを言う。だから今でも「オマエ、カタワモンだろ!一人前に仕事できるようになってから口をキケ!」的なツッコミがあって当然なコトも、ある程度は言っちゃう。「現場の事情知らないでモノ言っちゃいますけど、ココ修正した方がよくないスか?無理?」上司先輩が並ぶ幹部会でも、部下後輩との打合せでも、比較的好きなコトを言ってしまう。別にムリに我を通すほどのハナシじゃなくて、議論を交わす、意見を述べるという体裁だから、そんなに大げさじゃないんだけど。
●反対に、ビョウキのハンデにちょっとでも遠慮して「ボクちんビョウキで申し訳ない立場ですから、ハジッコで黙って見てます」なポジションに入ってしまったら、周囲はボクにナンの仕事をやらせたらイイかサッパリ分からなくなって、完全に「コワレモノにつき取扱注意」にしてしまうだろう。だからネタで「やースウジがキツすぎて、クスリが増えますわ」くらい言っといた方が取っ付きやすいと思うのです。(←違う?やっぱ気を使わせちゃってる?)


さて、そんなシルバーウィークの初日、「青空ヨガ」なるモノに参加してしまった。

「青空ヨガ」

●週一度通っているヨガ教室では、3ヶ月に一度、近くの大きめな公園に集まって、野外でヨガをするってのをやっている。それに今回初めて参加してみた。レッスン料1000円とレギュラーよりオトクだし。
●いつもは借りてるヨガマット、この時は自分で持参というコトなので、ドンキホーテで購入。一番安いヤツで1250円程度。アディダスのジャージ上下、バッグにタオルとレジャーシートを詰めて、いざ公園へテクテクである。参加者は10人程度。そんくらいのこじんまりさがボクは好きである。

で、コレが意外なほど、メチャいい感じなのでありました。
●場所が変わるだけでやるコトは変わんないのである基本的には。でもかなり気持ちよかった。フツウにレジャーシートの上にヨガマットを敷き、その上に裸足になってスタンバイ。センセイの指示で座禅風に座って合掌、それから仰向けに地面に横たわる……。
●で、この地面から見上げる景色が意外なほどキレイでビックリしたのであります。6mほどの木立が折重なるように枝を伸ばし、ソレが空の眩しさをほどよく遮る。その緑の濃さにハッとする。ヨガはカラダの中に意識を集中するので、目をつぶってしまいがちだけど、ココは目を開いて木々の枝葉をじっくり眺める。フツウの生活のナカでこんなにマジマジと木の枝を眺める事ってないよ。しかも地表10センチ強の高さから眺めるなんてさ。
●そして音。葉が風に揺れる音、どこかでカラスや犬が鳴いている、遠くのテニスコートでボールが弾ける、静かに通過する自転車。チルアウトサウンド。センセイの声も今日はうまく聴こえない。実にいい感じであった。


ヨガと座禅に近いモノを感じる。主治医おススメの読書。

いい加減に生きる―スピリチュアル仏教のすすめ33

大下大圓「いい加減に生きる - スピリチュアル仏教のすすめ33」
●クリニックの主治医のセンセイが薦めてくれた本なので読んでみた。薦められなかったら多分絶対読まないタイプの本だけど。「スピリチュアル仏教」とは言いながら、新興系宗派ではなくむしろ超オーセンティックな真言宗のお寺の住職が著者。この人が立派な実践家で、12歳で出家、高野山で修行してスリランカに仏教留学したその道のエリート。既存の枠組みを踏み越えて、積極的なボランティア活動を仕掛け、ホスピス運動やNPO活動、お寺での宿泊研修、臨床活動、まちづくりまで手掛けている。
●話の内容は、見事な説法を聞いてる気分でそんなに楽しくないが(イイ話満載なのですけど、ボクはソレを楽しめるほど人間がキチンと出来てません)、一個だけ気になったポイントがある。「座禅」の意味である。
「現代社会は、待つことのない社会です。…子育て、学校教育、友人関係、仕事まで、無駄な時間を削り効率よく時間を使うためにありとあらゆる工夫が施されています。…ゲーム感覚です」確かに。ことボクの生活は超ハイスピードだった…今日起こった出来事を明日の仕事に速攻で反映させないと、それで命取りになるような仕事だし、そのためには残業も徹夜も辞さない生活スタイルが当然だった。ゲームってのも納得出来る。以前、息子ノマドが友達と将棋をするのを見ていた時。年上の友達にノマドは結果として勝つのだが、それはノマドが賢いからではない。友達くんはゲームで将棋を覚えたので、生身の相手が長考するのを待てないのだ。結果、集中力が持続できなくなった友達くんは、PSPをいじりながら「ノマドはやくやれよー」と急かしまくり、ジックリ考えて駒を進めたノマドに負けてしまった。「待つ」というのは、実は現代社会で重要なスキルである。日本人は電車が2分遅れただけでストレスを感じると言う。そんな民族は世界中にドコにもいない。
「わたしたちにはいま、立ち止まる時間、待つ時間が必要なのではないでしょうか。…歩く目線やテンポで物事を考えることの大切さを感じます。…曹洞宗道元禅師の教えに「只管打座」というものがあります。何も考えないでただひたすら座る(座禅)。「座った後はどうなる」と詮索するのではなく、座る時間をつくること」日常の生活の中に、非日常の時間を作る、座禅はその非日常に位置づけられる訳です。で、ソコでは効率とか効果とか意味を考えない。「理屈を並べる前に、とにかく一度座ってみることです」

ボクは昔、2回ほど座禅修行の現場を見学させてもらったことがある。そん時はチーッとも意味がわかんなかった。なんで座ってんの?45分も微動だにせず。そんなコトしたら、ボクはすぐ寝ちまうわ。当然実践してみようなんて考えもしなかった。アレは特殊な信仰心とか深い哲学的前提がないと意味がないもんだと思ってた。ところがだ、その正体は「理屈を並べる前にただ座れ!」実にシンプルだ。
●ヨガをやるようになってからは、そんで今回の青空ヨガを体験してから、このシンプルな仕組みが自然と理解出来るようになってきた。ボクにとってのヨガは、衰弱した体力を回復するリハビリスポーツという位置づけだったが、仕事に戻って躁鬱の振幅が激しくなってきたボクには格好のチルアウトな時間として機能し始めた。チルアウトだけが目的なら、座禅でも同じ効果を得ることが出来ると思う。
会社で仕事をワサワサやってる時のハイテンションと、家に帰ってからのローテンションのギアチェンジが、実はウマくいってない。ハイのまま家に帰ると感情が高ぶっててツマランことでイライラする。コレをクスリでオトすってのもあまり健康ではないわな…まあ、実はデパスくらいの軽いヤツをアドリブで飲んじゃってるんだけど。出来れば、会社と家の間でチルアウトできる時間が作れるとイイ。カフェでコーヒーを飲んで本を読むのはイイチルアウトになる。会社とも家族とも関係ない時間が必要なんだわなー。


あと、一個めんどくさい事情が。主治医が変わっちゃう。
●現在隔週で通ってる心療内科のセンセイが10月でクリニックから抜けてしまうコトになった。ボク、このオバさんセンセイとは気が合ってたんだけどな……多分、心療内科や精神科って、医者とソリが合わないと全然ダメなんだよね…ボクも一回ダメ出しして「センセイ、チェンジで!」ってお願いした事あるし。
●ボクの通ってるクリニックは、大きな入院設備(ヘビー級の重症患者さん向けらしい)のある精神病院の分院的位置づけなんです。で、ボクが以前センセイの一人にダメ出しした結果、この本体の精神病院の院長先生が担当になってくれたのです。嵐のファンで、趣味で東京マラソン走っちゃう、声の大きなオバさんセンセイ。で、やっぱ臨床の最前線にいたいという気持ちでクリニックの診察を今まで続けてきたんだけど、とうとう院長の仕事が重たくなってきてクリニックには来れなくなってしまったらしい。「本院に来てくれれば診察は続けられるけどね、ウチの病院は遠いのよ」休職中に通ってた横浜の病院に比べれば近いけど、今は仕事帰りに通院する立場、往復で半日潰れる距離を通うのは現実的じゃない。
●おまけに、このクリニックでは、夜の診察をするセンセイが一人もいなくなる。院長先生は自分の裁量権で、ホントは6時半でオシマイのトコロを8時まで診察してくれてたので、ボクにはスゴく都合がよかった。しかし院長先生以外でそんなコトする人いないワケですよ。他の人は5時に上がっちゃうよ。院長先生がいなくなるってコトは、もうこのクリニックには通えない、別の病院を探せ!ってコトなのです。ボクにとっては初めての心療内科だったこのクリニック…医療事務や薬剤師のオバさんたちとも仲良くなったのに。

心療内科/精神科は、今はドコも繁盛し過ぎている。
●時代のせいなのか、ドコもこのテの病院はスゴく混んでいるらしい。都内の大病院とかでは2時間以上待って診察5分とかザラにあるハナシ。ボクは、あのテの大学病院スタイルは絶対にイヤだ。受付、診察、検査、処方、お会計とたらい回しにされてく感覚にイライラする。「10番の窓口にこの書類をお持ち下さい」と言われて、床の矢印に記された順路を歩くのはゴメンだ。ボクは回転寿司ではないのだ。
よってコジンマリしたクリニックが希望なのだが、診察方法にも注文がある。アリガチなのが、カウンセラーがコンディションを聴き取って、医者(ドクター)が処方をするという分業スタイル。コレがボクはキライだ。
●患者の数をこなすという意味では効率的で、横浜の病院がこのスタイルを採用してた。しかし、この場合も医者の診察時間は長くて5分、短ければ2分である。カウンセラーにどんなに切々と事情を話しても、カウンセラーとドクターのコミュニケーションはカルテのメモでしかないので、全然ボクのリクエストがドクターに届かない。会話はコレだけ「うん、経過は順調だね、クスリは前回と同じで。以上!」コレが実にイラつく。今のクリニックはドクター自身が20分以上も時間を割いて患者のハナシを聞いてくれるのだが、このスタイルは、実はワリとマイノリティらしく、院長のコダワリとして続けてたモノだったらしい。加えて言えば、カウンセリングと診察では別料金で、カウンセリングのみだと保険が利かないクリニックもある。予約診療で特別な時間を作ってもらうのも保険が利かない場合が多い。保険利かないと8000円とか軽くイクね。
●院長先生の知ってるクリニックを教えてもらうつもりだが、どこもバショが不便。もうちょっと都心にイイ病院がないかなあ。メンドクせえなあ。

●以前の「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-557.html

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