連休のコドモたちはカードゲーム「バトスピ」に夢中。
●またしてもカードのハコ買いをしました長男ノマド。今回ゲットしたのは第6シリーズ「爆神」。…オマエこのカードに書いてある漢字を全部覚えたらカナリ頭よくなれる気がするよ。

PB205700.jpg

●朝っぱらから、カードの分類をしてその能力を研究するノマド。エックスレアカードだってゲットしたらしい。娘ヒヨコはカードの強さじゃなくて、イラストのかわいさが大切。

天帝ホウオウガ2

●左がキラキラのエックスレア「天帝ホウオウガ」。キラキラすぎて上手くスキャン出来なかったよ。コレが新しいノマドの切り札。一方ヒヨコの一番のお気に入りが右の一枚。なに?「メェ~ポン」って?カワイいけどスッゴく弱い。でもヒヨコ的にはスッゴくカワイい。



エビちゃんと ILMARI が結婚?!

エビちゃん結婚 (交際7ヶ月でゴールインだそうだ。相手がお笑いじゃなくてよかった。)

●スポニチのネットニュースに載ってたよん。「海老蔵の次はエビちゃん!「エビちゃん」の愛称で人気のモデル蛯原友里(30)と人気ヒップホップグループ「RIP SLYME」 ILMARI(イルマリ、34)が来春までに結婚することが20日、分かった。」へー、それはおめでたいことで。だってイルマリ実際カッコいいもん!こりゃしょうがないや。

でさ、コレをキッカケにまた日本のヒップホップの歴史へとハナシをワープさせてしまうのです。
●ウザイ?理屈っぽいですか?そんな人はココで読むのをヤメましょう。
●この前、1995年と ZEEBRA という人物を軸に、日本のヒップホップの流れをなぞってみたんだけど(コチラの記事)、もうコレをキッカケに、次の世代のお話を考えてみたいと思っちゃいました。RIP SLYME はまさしく00年代世代を代表する中心ユニットだと、ボクんナカで位置づけてたからです。

キーポイントは2003年。テーマは「ヒップホップの多様化と商業化」。
●1995年というほどハッキリとした分水嶺みたいな年は思いつかないんだけど、ボク個人の体感としては、2003年からシーンの空気が変わった。この年にボクは仕事の内容が変わって、より一層、映画/音楽などなどエンタメ物件にドップリ浸かり込むコトになった。だからそう見えるのかも知れない。(あ、今気づいたけど、ボクがネットで音楽の話を書き始めたのもこの頃だ…)

具体的にこの時期、2003年前後に起こった出来事を列挙してみましょうか。
●2002年、RIP SLYME がヒップホップアーティストとして初めて日本武道館でライブを行う。そんでケツメイシがメジャーデビュー。2003年は nobodyknows+ がメジャーデビューして、名古屋のヒップホップシーンを全国区にのし上げる。2004年、KICK THE CAN CREW が解散、ソレゾレがソロアクトとして動き出す。他にもアレコレあるんだけど、多分言えることは、「ヒップホップが商売になるようになったコト」「スタイル、音楽、メッセージ、全てにおいて多様化が始まったコト」だと思う。コレが、2003年状況

●さて、RIP SLYME をトッカカリに、この時代前後に登場したヒップホップアクトを見てみましょう。



RIP SLYME / 文系ヒップホップの流れを、より楽しいパーティスタイルへ。

RIP SLYME

(RYO-Z、ILMARI、PES、SU、DJ FUMIYA)

●彼らがインディでリリース活動を始めたのは1995年。オマケに FILE RECORDS に所属。だから1995年状況と無縁というわけじゃない。むしろ濃ユイシーンの至近距離にいたはず。でもこの時期のインディ盤は正直没個性気味で退屈だった。
●彼らが自分たちの個性を、音楽的にもスタイル的にも確立させるようになるのは、多分、1999年頃の、DRAGON ASH との付き合いがキッカケだったと思う。ZEEBRA と散々モメタ DRAGON ASH。あの強烈なディス楽曲キングギドラ「公開処刑」で、RIP SLYME は一緒にメッタ切りされてるほどから。DRAGON ASH 主催のミクスチャーイベントに2年連続で出演、エビちゃんを射止めたフィンランド系のハーフMC イルマリくんは、降谷くんと一緒に STEADY & CO. というユニットも組んだ。現在も所属する芸能事務所、田辺エージェンシー(伝統ある大手さん!)とのディールを結んだのもココでのエンだという。
●そんで2001年、シングル「STEPPER'S DELIGHT」でメジャーデビュー。ジャケは当時絶頂を迎えてたデザインチーム GROOVISIONS が手掛け、赤塚不二夫をサンプルしたようなナイスデザイン。B-BOYチックなゴツい気分を完全脱臭したオシャレな5人に、雑誌は「丸の内のOLが今イチバン合コンしたい5人組」とコピーをつけた。ボク自身がとにかく大注目。生まれ変わったらリップスライムになりたいと思った(そして合コンしたいと思った)。DVDも買ったような気がする。
●なんてったって、イチバンのショックは彼らの音楽ね。1995年組と違ってBPMがスゴく速かったわけよ。多分日本人が楽しく踊りやすいと思える BPM125 くらいまでスピードアップしてるわけよ。2003年状況以降のアクトは基本テンポが速い。コレ、ヒップホップが日本文化(ジェイポップ)に着地普及していく重要な要素と思いますよ。オマケに彼らは4MCなもんで、そのマイクリレーも見どころ聴きどころなわけで。で、キラキラ&ゴッタ煮のサンプル感覚。DRAGON ASH との付き合いは、ヒップホップという様式を客観化し、ネクストレベルのミクスチャーに挑む為の重要な経験になったはずなのですよ。
●でさ、今んトコロの最新アルバムを聴いてみようよ。

RIP SLYME「JOURNEY」

RIP SLYME「JOURNEY」2009年
RIP SLYME と一緒に楽しい世界旅行へ。彼らのCD聴いてるとホントに楽しい気分になる。トラックが楽しい。DJ FUMIYA は一時期ボクと同じ自律神経失調症になって休業しちゃったけど、今では立派に復帰して、楽しいトラックを量産してる。MC でありながら トラックも組む PES の活躍も大好き。彼の鼻にかかった軽い声がサビラインを楽しげに歌う気分が好き。もう耳が自然とカレの声を探すもんね。
●シングル曲「太陽とビキニ」が最高。ドタドタ鳴りがバサつくドラムに、THE BEACH BOYS のようなコーラスが乗っかって、PES のフックラインがチャーミングに響く。今回はギターサウンドも含めてミクスチャー度が高くなってます。
●でもでも。ひたすらアッパーなパーティソングをやってるだけじゃないんです。トラックは明るいんだけど、実はリリックがクールだったりする。PES がトラックを手掛けた「JOURNEY」が一番そんな気分をにじませてる。アルバムを通して聴くと、実は MC たちの体温があまり高くなってないのが今回の特徴かも。



m-flo / 全方位型クラブミュージック。ヒップホップの枠をより拡大。

m-flo.jpg(TAKU TAKAHASHI、VERVAL)

m-flo がヒップホップか?微妙だよね。もちろん VERVAL というMCがおります。オマケにカレは、RIP SLYMEのメンバー RYO-Z、ILMARI、A BATHING APE の社長 NIGO らと TERIYAKI BOYZ というユニットを結成。NIGO 人脈で THE NEPTUNESKANYE WEST みたいなアメリカの超一流&超ナード系プロデューサーと仕事してます。
●2003年という時期で言うと、ちょうど m-flo は女性シンガー LISA が脱退してしまい、プロデューサー TAKU TAKAHASHI & VERVAL の2人体制になったというキャリアの大きな節目。そこから「m-flo loves」路線が始まる。コレで彼らの活動はよりメジャー化。安室奈美恵から加藤ミリヤ、BoA、和田アキ子まで召喚するんだもん。
m-flo がヒップホップかどうかは別にして、コレは本人たちがメチャ意識してたことだと思うけど、最先端のクラブミュージックを、どうやって日本のメジャーシーンに着地させるか、というチャレンジが彼らを価値あるアーティストにしていると思う。ハウス、テクノ、ドラムンベース、2ステップ、R&B……。その中にヒップホップも呑み込まれてる。
m-flo「MF10 -10th ANNIVERSARY BEST-」
m-flo「MF10 -10th ANNIVERSARY BEST-」1998~2008年
LISA 在籍時代のキャリア前半(1999~2002年)と「m-flo loves」時代(2003~2008年)を二枚のディスクに分割して収録。さらにプロモをカットアップしたDVDのオマケ付き。
●実は LISA 時代の音をこんなにマジメに聴いたことがなかった。コロンビア系ハーフの彼女は高音の伸びがキレイなR&Bシンガーで、スローでも十分イケルと思い知る。BARBRA STREISAND のカバー「THE WAY WE WERE」が優雅で、かつ VERVAL の完全英語ラップも聴ける。LISA 時代の方が VERVAL のラップもノビノビしてるなあ。モチロン TAKU はヒップホップのトラックメイカーではないので、ソレを器用に乗りこなす VERVAL のラップは自然と高速化してユニークなモノに進化してる。2003年状況的進化。スタイルの多様化。あとその後の商業的成功。
「COME AGAIN」LISA 時代で一番印象深い曲。多分彼らにとっても重要なヒットシングル。改めて聴くと見事な2ステップでした。安室奈美恵「loves」した「LUVOTOMY」は、そんな耳で聴くとグライムになってます。Aメロの途中や VERVAL の二回目のラップパートで出てくるブヨブヨなシンセベースね。



SOUL'd OUT / 日本語圧縮特殊フロウで、歌うラップを確立。

SOULd OUT

(BRO. HI、DIGGY-MO'、SHINNOSUKE)

●この2MC+トラックメイカーのユニット、果たしてどんだけの認知度でしょうか?あんま有名でナイかも?でもこの人たちの音楽はスゴくユニークだよ。実は m-flo VERVAL がフックアップして2003年にメジャーデビュー。音楽の内容も、タイミングも引っ括めて、これも2003年状況の一端と思うんです。
●リーダーでメインMCである、DIGGY-MO' がスゴい。そのハードコアな面構えとはウラハラに、ピアノ歴10年という真っ当な音楽教育を前提に、ブラック&ディスコティークなサウンドプロデュースをシッカリ担当。そしてもうナニ言ってんだがほぼ100%意味不明なほどに圧縮されてしまったラップが実にユニーク。英語か日本語かわからないのに、オマケに結構ネバツく粘着質なダミ声なのに、フロウにメロディがあって、実にキャッチーに聴こえる。
●スタイルの多様化という意味では、DIGGY-MO' のラップスタイルだけが注目って訳じゃない。実はDJがいない。後ろに陣取る SHINNOSUKE なる人物はターンテーブルを使わない。TRACKMASTER と名乗って、シンセの演奏をしてる。フロントMCの二人にはヒップホップのB-BOYイズムがプンプン臭うんだけど、この人はフツウのロングヘアーなんです。
●一度だけイベントで彼らのライブを見たことがある。180センチを超える長身の DIGGY-MO' は深く被ったキャップで表情を隠しつつ、それでも分かっちゃうほどスゴい目つきで客席を睨みつけてた。客にケンカ売ってんのかって位に。で、盛り上がるフロアを尻目に、全然動かないのよ。高速ラップを弾き出しつつも、自分じゃ煽らない。オレのフロウだけでオマエらを揺さぶる、って不遜なオーラがスゴかったな。
DIGGY-MO「LIVE TOUR 2009 WHO THE F××× IS JUVE ? + REMIXIES」
DIGGY-MO'「LIVE TOUR 2009 ''WHO THE F××× IS JUVE ?'' + REMIXIES」2009年
●そんな怪人 DIGGY-MO' が最近はソロ活動を始めました。コレがそのソロツアーの様子を収録したライブDVD。ココで彼は完全なロックバンドを背負って、完全なミクスチャーロックを鳴らしています。彼自身の持ち味であるメロディックなフロウが、ドカドカのロックサウンドに彩られております。ヒップホップのパフォーマンスじゃあり得ない、マイクスタンドが登場。これを握って DIGGY-MO' はシャウト、ステージ狭しと跳ね回ります。元 m-flo LISA もゲスト出演。
●ちょっと話それるけど、ミクスチャーロックって、一度突き詰めて聴いてみてもイイジャンルだよね…。



KICK THE CAN CREW / ヒップホップヒーロー KREVA の登場。

KREVA.jpg(KREVA A.K.A. DR.K)

キックが結成されたのは1997年のコトらしい。インディ時代の彼らのコトはボクは知らない。メジャーデビューした2001年がやっぱ印象深いな。セカンドシングル「イツナロウバ」が初めての音。2002年には紅白歌合戦に出場。3MCのマイクリレーだったから自然と RIP SLYME と同じ世代だと思った。実際、RHYMESTER の率いるクルー FUNKY GRAMMER UNIT にこの2つのグループは所属している。2003年状況を形成する重要アーティストだと思います。
●でも、2004年にキックは解散しちゃう。もともと別々のグループで活動してた三人が集まったユニットだけに、三人ソレゾレの活動に戻ってくのも抵抗がなかったみたい。で、より大きな存在感でメジャーシーンに立ち位置を作ったのが KREVA。B-BOY PARK MC BATTLE三年連続優勝という筋金入りのラップスキルからついた名前が ドクターK。今なお明確な売上げを見込めるピンMCとしてシーンに君臨してます。今年もニューアルバム出してるしね。今のキッズは素朴にカレのようなMCに憧れるのではないでしょうか。2003年状況以降のヒップホップヒーロー。
●ただね、難を言うとね、ボク個人の趣味だとね、カレの作るトラックがね、どうも苦手なのです。キックもソロも、基本みんなカレがトラックメイキングをしてる。でもサンプルしないし、要素が薄いし、イマイチのれない…。だから、ココで紹介するのはカレ以外の人間がトラックに関わってる音なのです。

KREVA FEAT. MUMMY-D「ファンキーグラマラス」

KREVA FEAT. MUMMY-D「ファンキーグラマラス」2005年
●2004年発売のアルバム「新人クレバ」に収録されてた曲。先輩筋に当たる RHYMESTER のMC MUMMY-D を召喚。MUMMY-D 仕込みっぽいスネアの抜けが気持ちイイトラック& KREVA 仕込みっぽい大味なシンセリフがハイスピードで駆け抜ける。速射砲ラップとして一歩もヒケをとらない2MCの密度濃いタッグバトルは実に見物。MUMMY-D の別ユニット マボロシ のアルバムにもこの曲のバージョン違いがあるんだけど、その楽曲の KREVA リミックスまでこのシングルには収録されてます。

THE THREE「裏切り御免」

THE THREE「裏切り御免」2008年
●この THE THREE ってのは、KREVA、布袋寅泰、亀田誠治によるスーパーユニット。映画「隠し砦の三悪人」のトラックをトッププロデューサー&ベーシスト亀田誠治椎名林檎から平井堅まで手掛ける)が担当するにあたって、より凶悪な三人組を組織しました。亀田氏が用意したプラットフォームを土台に、ギター侍・布袋寅泰とドクター KREVA が暴れます。さすがドクターK。全然ヒップホップではないトラックですが見事に乗りこなしてる。
●ココで頭のスミッコにチラつくのが、RIP SLYME × 布袋寅泰「BATTLE FUNKASTIC」マッシュアップ。2006年のことでした。アレは日本でもっとも成功したマッシュアップチューンでしょ。タランティーノもイレコンで「KILL BILL」に使っちゃった布袋代表作に5人がまんま乗っかる痛快ミクスチャー。アレも名作だったね。

古内東子 x KREVA「A TO XYZ : スロウビート」

古内東子 x KREVA「A TO XYZ / スロウビート」2009年
●こりゃまた意外なコラボだ。古内東子ですよ。キャッチコピーが「恋愛の教祖」だっけ?ボク、マジメに聴いたの初めてかも知れない。……あ、でも悪くないかも。彼女の甘い声が、意外とヒップホップソウルとしてハマってる。変則技ナシの平凡なトラックが安心感につながってて、そんで KREVA のラップも落ち着いてて、2曲とも聴けちゃうのでした。…古内東子、ちょっとチェックするか?



SEAMO / セルアウトか?ヒップホップの日本化か?「名古屋スクール」。

SEAMO.jpg(''塾長'' SEAMO)

SEAMO を始めとした、名古屋出身のヒップホップアクトも00年代に活躍した。この辺は以前詳しく書いたので、コチラの記事を読んでもらいたいのです。(「2009.07.11 「名古屋スクール」。nobodyknows+、HOME MADE 家族、SEAMO。」)……自分で読み返してみると、オマエ何ムキになってこんなこと書いてるの、と言う気分になりましたが。…多分この文章自体も、時間が経つとそう思えてくるでしょうが。とにかく、この名古屋から来た三組が、ジェイポップにおいてヒップホップの大衆化にモノスゴく寄与した、ってのがボクの見解です。「ガンバレ」「アリガトウ」「レンアイ」などなど、ジェイポップで重要な題材を分かり易いメッセージにしてラップし、お茶の間に進出したというか。見る人が見れば完全なセルアウトですがね。これもボクはヒップホップの多様化の一端と考えます。そしてヒップホップの商業化。儲かる音楽に成長しました。
●そん中でも SEAMO は重要人物だったはず。しかも、一度挫折してるドラマも感情移入できるポイント。2002年に「シーモネーター&DJ TAKE-SHIT」として一度メジャーデビュー。そんで滑ってなんとメジャー落ち。2003年に後輩 nobodyknows+、2004年に HOME MADE 家族がメジャーに上がってブレイクするのを眺めているのが死ぬほど悔しかったという。そして「もうアトがない」とココロに決めて、2005年再デビュー。「SEAMO」と改称して下ネタ封印。うん、苦労人です。そんで、頑張って売れました。

SEAMO「BEST OF SEAMO」

SEAMO「BEST OF SEAMO」2005~2009年
●まー正直言って、SEAMO のシングル曲は好きじゃない物件が多いのです。どう割り引いてもセルアウトだよなーと思う曲がある。トラックがヒップホップじゃないもん。だからベスト盤は、ボクにとってはワースト盤になっちゃったり。そんなケース、他にないですよ。「ルパン・ザ・ファイヤー」みたいなアニソンサンプルにウチのコドモは反応しまくってるけど。新曲「キミヲワスレナイ」はなんと「天空の城ラピュタ」のテーマを大ネタサンプルしてて、ワイフが反応しちゃった。総選挙直前にリリースされた「不景気なんてぶっとばせ!!」は、とある政治家からレコード会社に問い合わせが入ったとか。「アレは実にイイ曲だね!」だって。
●そんなコトで2003年状況以降を一世風靡してる「名古屋スクール」&SEAMO です。SEAMO はかつて自身のクルー「男塾」を率いて名古屋のシーンを活性化した。彼が組織したクラブイベント「名古屋男尻(だんじり)祭り」は今や伝説。そのスピリッツは現在でも劣化せず、「TOKAI SUMMIT」なる大型イベントを主催して名古屋のシーンの活性化を担ってる。



SOFFET / ヒップホップの限界軟弱スタイル。

SOFFet.jpg(GOOF、YOYO)

●このユニットも2003年メジャーデビューです。別にシーンの中で重要なアクトとは思いませんが、ヒップホップ多様化の一端として非常に象徴的な連中と見ております。B-BOYスタイルから100万光年遠ざかり、フツウのオンナノコでも楽しめるチャーミングな音楽を目指した戦略は、やっぱ時代を感じさせると言うか。
●2MC、YOYO & GOOF の二人組。デビューの瞬間からボクが引っかかってたのが YOYO のキャリア。トラックメイカーである彼は、アメリカ・バークレー音楽院への留学経験アリ。ジャズ~ポップス系音楽教育の最高学府だもんね。だから自分でイロイロな楽器が演奏出来るし、ステージでもヒップホップではあり得ないほど生演奏が登場する。サンプルじゃないけど楽しいトラック。あとセンチメンタルなピアノ。時にポップス、時にジャジー。ボクはユニークだと思った。そんな彼らも5年のキャリアを歩みました。
SOFFET「BEST OF SOFFET」
SOFFET「BEST OF SOFFET」2003~2008年
ヒップホップというフォームを限界まで軟弱にしましたね、って言われても、彼らは異議を唱えたりしないと思う。シャッフルするジャジーなリズムに、ハナウタを歌うようなフシのついたラップを乗せる。そのテーマも、誰も傷つかないようなホンワカラブソングとか南の島の楽しいヴァケーションとか、ちょっとだけシュンとする失恋物語とか。時にメランコリックな人生の黄昏も忍び込む…。「春風」ではマイナーラインのサビメロディに、キュンとするほどのセンチメンタル仕掛け。「キグルミマスター」は非力ながらも精一杯イキガッた高速フロウ&チャーミングビート。
●コレはあくまでシングル曲ばっかだけど、アルバム曲やシングルカップリングにはハッとするようなジャジートラックがあるんですよ。例えばシングル「LIFE」のカップリング「UNITED COLORS」が超個人的クラシックチューン。皆さんも注目してみてくださいね。



AFRA / 2003年デビューのヒューマンビートボクサー。

afra.jpg(AFRA、CMで衝撃の登場!)

ゼロックスのCM、皆さん覚えてるでしょ。AFRA がその世界最高峰のヒューマンビートボクシンを15秒のVTRで見せつけた瞬間。コレ、人間の口だけで聴こえてる音なのかよ?!って驚いたでしょ。そんなカレも2003年デビューでした。2003年状況は日本のヒップホップを広く薄く伸ばしていくだけではなくて、こんな職人クリエイターを輩出したような、「深化」のベクトルもあるわけです。

AFRA「ALWAYS FRESH RHYTHM ATTACK !!」

AFRA「ALWAYS FRESH RHYTHM ATTACK !!!」2003年
●ある意味では全部口だけで演奏してしまってるわけで。つまりは音楽表現として楽器も使わない非常に野蛮な形態ってわけで。なのに、深いエコーとか、ちょいと差し込むシンセ音とかが、野蛮であるはずのこの音楽を、21世紀にふさわしいフューチャーリスティックな音響に仕上げてくれてます。ぶっちゃけあんまりスゴスギルスキルなので、聴き流してると普通のループビートに思えちゃう。ヒューマンビートボクシンに聴こえない。それじゃご利益ないじゃん、というくらいスゴいです。
●でさ、このヴン!パッ!チキチキ!パ!ブブン!パ!チチキチ!パッ!って言うパフォーマンスはさ、タダの楽器の口マネじゃないのですよね。太鼓の音を再現してるだけじゃない。あくまでヒップホップの音なんですよ。ヒップホップ的なキック音、スネア音、ハイハット音ってのは、もはや一部のファンには無意識下のフェティッシュな楽しみとして認識されてて、その鳴りだけでゴハン三杯イケちゃうって瞬間がある。で、AFRA はそのミンナの頭の中にあるフェチなヒップホップ音を口で再現してくれる。でボクは思う。ヒップホップの音ってコレなのよ!こう鳴ってなくちゃダメなのよ!AFRA 自身もナニがヒップホップの音なのか、マイクを握りながらズッと考えたと思うよ。どんな音だって出せるけど、出すべき音はコレだって。コレじゃなきゃヒップホップじゃねえって。つまりはね、大事なのはヒップホップ愛ってコトなのよ(ああ、ダメな結論だ)。
●このアルバムに参加してる彼のコラボレーターは、1995年状況以前に活躍した「おもろラップ」スチャダラパー人脈だ。スチャ自身も登板するが、彼らの信頼が厚い脱線3のMC ロボ宙が二曲でラップ。そして炎のエレクトーンプレイヤー TUCKER。AFRA、TUCKER、そして AI の三人でコラボしたシングル「WATCH OUT !」はそのプロモも含めて最高&必見です。

AI「WATCH OUT! feat.AFRA+TUCKER 」 AI feat. AFRA+TUCKER「WATCH OUT !」2004年



●今回は、ちょっと散漫な印象になっちゃったなあ…。ただし、日本のヒップホップはホント分厚くなりましたよ。ムカシは探すのが難しかったくらいなのに。

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