自律神経失調症とのお付合い(その1)~「睡眠」編
●先週金曜日の心療内科診察で2ヶ月の休職を決意したボク。その上で先生に聞いた。「で、休んでいる間、ボクはどうしたらイイんですか? 何時に起きて何時に寝ればイイんですか?」先生はキッパリと「好きな時に起きて好きな時に寝てください!」はあ。「あと、出来れば太陽の光を浴びてください!」はあ…なるほど。

ということで好きな時間に起きてみたら、朝の4時だった…。
●眠れない。睡眠が長く持続しない。夜中に何回も起きる。しかもどんなに寝ても疲れがとれない。むしろクタクタになる。これは自律神経失調症の主だった症状の1つだ。
●カラダ全身がバキバキにこわばっていて、メチャクチャだるい。猛烈にカラダが重くてウンザリするが、眠れもしないので、起き上がって朝風呂に入る。
●朝風呂といっても、たっぷり一時間ほどかけて湯船に浸かる。防水ラジカセでCDをかけ、マンガ週刊誌をゆっくり読む。汗をダクダクかくのでペットボトルでたっぷり給水。全身をしっかり温める。特に肩と首まわり。この手続きがないと、強烈な倦怠感と全身のこわばりで動けないのだ。
●風呂から上がったら、入念なストレッチ。とにかくカラダ中の筋肉が痛い。肩をまわせばパキパキ音がなるし、屈伸/伸脚の運動で足が吊りそうになる。ラジオ体操程度の動きで息が切れるほどだ。
●朝になると昨晩のクスリも切れてきて、アゴの痙攣がガクガク始まるので、朝食を待たずに精神安定剤/抗うつ剤/筋弛緩剤/鎮痛剤/気管支ぜんそく用のクスリと、フルコースの錠剤をザラリと飲み込む。
●普段ならここで無理矢理でも会社へ出勤していくのだが、今日からはお休み。体操で少しリラックスできたのか、もう一度眠ることができた…。

さてココで自律神経失調症とはなんなのか?というお勉強を。
自律神経とは、生命維持のためのカラダの細かい働きを司る神経ネットワークで、意思とは関係なく全自動で機能してくれているモノだ。心臓の動きを自分の意志で止めたりできないように、オートパイロットでカラダの様々な機能を調整してくれている。
自律神経失調症は、この自律神経が故障した状態になることだ。特にポイントになるのが、交感神経/副交感神経という2系統の回路。それぞれ人間のテンションを ONモード、OFFモードへと切り替える機能を持つ。これが壊れると、ON/OFF のスイッチングがうまくいかなくなるのだ。
●ボクはこの12年間24時間操業でバカみたいに仕事をしてきたので、このスイッチが壊れてしまった。OFF になるべき時間で OFF になれず、マニュアル操縦で眠ろうとしても、オートパイロット機能の働きで眠れなくなってしまった。よしんば眠れたしても、筋肉は ON 状態オールスタンバイのままなので朝にはクタクタになってしまっている。
●自分自身の意志でマニュアルギアチェンジしようにも、自律神経のオート機能は制御できないので、朝のクタクタ状態からリカバリーするのに大変な手間がかかるというわけだ。先述した朝の段取りは、エンジンアイドリングのための毎日の儀式で、時には出勤までに4時間くらいかけていた。

●会社に行く義務から解放された人には、症状が目に見えてなくなる場合があるようだが、ボクに関してはあまり変わりがない。午前中いっぱい激しい肩・首のコリと頭痛でグッタリしていた。「寝たい時に寝なさい」という医師の言葉を思い出して、堂々と昼寝をした。ON/OFF のリズムはとにかくブッ壊れているのだから、まずはそれを規則正しい生活習慣に無理にはめ込めようとはせず、リラックスできる環境を確保して疲労を取り除くのが最初のステップのようだ。


●この「自律神経失調症とのお付合い」シリーズは下記の記事にまとめております。ご参考に。
 http://unimogroove.blog4.fc2.com/blog-entry-223.html
 

午後は、コドモの幼稚園の保護者面談。
●たまたまそんな予定がありまして。当初はワイフだけで行くつもりだったが、ボクもついて行きました。医者によると「太陽の光を浴びてください」というわけだし。正直今のボクには社会的な会話はかなり負担なのだが、ワイフが一緒なら、先生の話を聞いているだけで大丈夫だろう。外出も徒歩圏内なら苦痛にはならない。
「なんで平日の真っ昼間に父親が登場?」という先生の疑問の視線も、初期は気になったが3年目の今では気にならない。先生たちの間でも、ボクの商売がヘンテコだという話は浸透しているようで、突然ボクが現れても不思議がらなくなってる。

息子ノマド(5歳/うめ組)の幼稚園生活
●ノマドは幼稚園でも、自分が考え出した妄想戦隊「とりれんじゃー」ゴッコに夢中らしい。盟友ユウタくんと今年から編入してきたタツヒコくんを引き連れて終始タタカイゴッコ。以前はカズヤくん派閥(マジョリティ)とノマド派閥(マイノリティ)の間でタタカイゴッコが繰り広げられていたらしいが、最近はタタカわなくなったという。先生「カズヤくんたちはもうタタカイゴッコから卒業したというか…」えっじゃあナニしてるんです?「例えばリレーとか…」リレー!ノマドはしねえなあリレーは…。徐々にルールのしっかりした遊び(こおりオニとか)に移行するのがこの年代の特徴だという。うーん幼いなあノマドは。

娘ヒヨコ(4歳/すみれ組)の幼稚園生活
●ヒヨコは意外な事に工作が得意らしい。ウチではノマドのオリジナル武器制作があまりに独創的なので目立ってなかったが、確かに終始折り紙でお花とかリボンとかいろんなモノを作っている。コイツら自分たちのオモチャを全部自分で作るので非常に経済的。そのD.I.Y.精神はパパ頼もしいと思ってるよ。しかも先生「ヒヨコちゃんがみんなに教えてるんですよ」えっヒヨコが?マジすか?そんな能力があるだなんて。
●一方、自分の好きな事には夢中になるが、興味ない事には全然耳を貸さないという点も発覚。こうなると全く先生の話を聞かない。隣の子の髪型とかが気になって場をわきまえず雑談を始める。目先の欲望に忠実かつ速やかに流される。お弁当の時間に一人フライングして食べ始め、周囲から総ツッコミを受けたという。「ヒヨコちゃん、まだ『いただきます』してないよ!」
●さらに怒られても直ちに全て忘れる。先日ウチではボディーソープ一本分を風呂場の床一面にブチまいてスケートゴッコを展開、怒られて大泣きした。なのに翌日には洗面所のハンドソープで泡の山をてんこ盛りで制作する。先生「それでも最近は『しまった、やっちゃった』という顔をするようになったんですよ。以前は『ナニがいけないの?』という顔して、まわりのお友達に指摘してもらってましたから。」とほほ…すみません。「よく『わたしレディになるのよ』と言ってますね。ヒヨコちゃんはオモシロいですね」いやーレディはほど遠いッスわ。

休養生活、癒しのBGM。
●70年代~80年代のフュージョンをたっぷり。

YELLOWJACKETS「YELLOWJACKETS」

YELLOWJACKETS「YELLOWJACKETS」1981年
●癒しには爽やかなアメリカ西海岸の音楽かなあと思って、ウエストコーストサウンド~フュージョンミュージックのド真ん中を攻めてみました。コチラは当時のLA屈指のスタジオミュージシャンが結集して出来たバンド。この時代の西海岸には、実力派のスタジオミュージシャンが、自分たちの思うがママの音楽を演ってみせたくてウズウズしてたのでしょう。そんな息吹が感じられるファーストアルバム。イエロージャケットとは英語でスズメバチの意。滑らかながらキレのあるエレピ使いがハチの鋭さを感じさせます。ギターが完全ロック風なのはボクにはチトつらいかな。

ROBBEN FORD「THE INSIDE STORY」

ROBBEN FORD「THE INSIDE STORY」1979年
●イケメンロックギタリストのソロ作。実はバンドのメンツが前述の YELLOWJACKETS とほぼ完全にダブってます。というかこの作品がキッカケになって YELLOWJACKETS が結成されたというわけ。ここでの主役ロベン自身も準メンバーとして YELLOWJACKETS に参加合流します。ここではロベンのブルース趣味が目立ったギターロックが展開。

LARRY CARLTON「LARRY CARLTON」

LARRY CARLTON「LARRY CARLTON」1978年

LARRY CARLTON「STRIKES TWICE」jpg

LARRY CARLTON「STRIKES TWICE」1980年

LARRY CARLTON「SLEEPWALK」

LARRY CARLTON「SLEEPWALK」1982年
●やはり西海岸を拠点に活動してたフュージョンギタリスト。THE JAZZ CRUSADERS 改め THE CRUSADERS というグループに所属していたのだけど、もっと自分の音楽を突き詰めたいと独立、上記の作品でフュージョンギターの規範となるような時代を代表するスターに成り上がりました。爽やかで明るい痛快ギターロック風を聴きたければ1枚目2枚目だけど、ボクは日中の火照りを冷ました夜の湿り気を感じさせる3枚目が好きです。後に TOTO を結成する JEFF PORCARO とかも参加してます。

LEE RITENOUR「THE CAPTAINS JOURNEY」jpg

LEE RITENOUR「THE CAPTAIN'S JOURNEY」1978年

LEE RITENOUR「RIT」

LEE RITENOUR「RIT」1981年
●去年、日本のシンガー杏里「オリビアを聴きながら」)と突然結婚、スポーツ紙にまで載っちゃったことで、近年意外な脚光を浴びてるギタリスト兼プロデューサー。出しゃばるギターじゃなく、全体のアレンジで落ち着きのあるフュージョンを聴かせる姿勢に好感。ボーカルにその後ソロで活躍する BILL CHAMPLIN をフィーチャー、その他 DAVID FOSTER、PATRICE RUSHEN、PATTI AUSTIN など芽を出す直前の実力派を配置するなど、人選も素晴らしい。

GEORGE BENSON「BREEZIN」

GEORGE BENSON「BREEZIN'」1976年

GEORGE BENSON「IN FLIGHT」

GEORGE BENSON「IN FLIGHT」1977年

GEORGE BENSON「WEEKEND IN L.A.」

GEORGE BENSON「WEEKEND IN L.A.」1978年

GEORGE BENSON「GIVE ME THE NIGHT」

GEORGE BENSON「GIVE ME THE NIGHT」1980年
●ココからは黒人アーティスト。GEORGE BENSON はフュージョンギタリストというより、ディスコファンク~R&Bアーティストだと思って聴いてます。確かにギターもセクシーで素晴らしい。テクニカルなロックギターに全く興味がないボクには、ベンソンのしっとりとしたギターこそが癒しですわ。でもソレ以前にR&Bの基礎がキチンと出来てる強さがありますわ。ベンソン自身が歌っちゃっても聴けちゃうし。3枚目はライブ盤ですが、ここで名曲「THE GREATEST LOVE OF ALL」を見事に歌唱してます。コレ WHITNEY HOUSTON のヴァージョンで有名になる曲。もちろんノリノリのディスコファンクも各所で聴かせてくれます。ちなみに1枚目2枚目のプロデューサーは、TOMMY LIPUMA という人。YELLOWJACKETS も手がけたこの時期の重要人物らしい。そんで4枚目のプロデューサーは、かの QUINCY JONES

CORNEL DUPREE「TEASIN」

CORNEL DUPREE「TEASIN'」1974年
●彼もR&Bの現場で叩き上げられてきたギタープレイヤー。ソウルの名門 ATLANTIC の数々のセッションをこなしてきた百戦錬磨の強者。これが初リーダー作になるが、この後フュージョンバンド STUFF に参加しよりデカい舞台で活躍して行く。このアルバムはインストながら完全なR&Bで、今日紹介するどの作品よりもネチッこくなってます。

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