世にも恐ろしい、非モテ系恋愛マンガ。

久保ミツロウ「モテキ」1

久保ミツロウ「モテキ」1~4巻完結
人間誰しも生涯に一度は訪れるらしい「モテ期」という神話。コレに四苦八苦する深刻非モテ男(30歳目前メガネ)の、少々遅過ぎたセイシュン疾走物語。コレが痛い、痛過ぎる。男子全員にとって痛いのか?ボクみたいな人間にとってだけ痛いのか?それすら直視したくないほど、鋭利な刃物で胸をえぐられるような気持ちになる。
●仕事も収入も安定しない派遣労働者、メガネでスグにデブになるオタク系ルックス、女性経験の未熟さが年齢を増すことに強烈なコンプレックスとして膨れ上がる負の連鎖。様々な弱点を晒しまくって生きてる主人公・藤本君「モテ期」が到来してしまった。過去に接点のあった4人の女性が、オンナっ気無風状態だった彼の人生に再登板。そして彼のキャパは完全決壊して自虐の深淵を彷徨い歩くコトになる。

「モテキ」は3段階の意味において、痛苦しい。
自分のモテキャパが深刻に小さいコトを嘆き、自虐の無限ループを痛苦しむマンガなんてのは、そんなに珍しくない。モテモテである男子は多分マイノリティで(マイノリティであってほしい)、非モテである我々(ってコトにしてほしい。厳密にはボク個人)は、主人公の痛苦しさを「あるある」共感として「そうだよねーきついよねー」とか言って味わえばいいじゃないですか。それは男子としての同胞意識で「お互いガンバロウゼ」と励まし合えるモノになるはずだ。痛苦しいがソレは分かち合える性質のモノ。
●しかし「モテ期」到来で接近して来た4人の女性は、自虐ループに浸り込む主人公を実に的確な言葉で批判するんですよね。「モテ期」が到来してもそのチャンスを生かせなければ全く無効なんです。そしてそのチャンスをいかにムダにしてるか、女性側から的確に主人公は責め上げられるのです。そんで自虐モードに入るんだけど、その自己完結的自虐(オレが全て悪いんだ的発想)、被害者意識的自虐(可哀想なオレを愛してくれ的発想)を、見事に看破されてさらに追いつめられるんです。コレが実に痛苦しい。的確だけに実に痛苦しい。身に覚えがあるような気がして本当に痛苦しい。
●そして一番重要なのは、この作者・久保ミツロウという人物が、こんなペンネームのくせして、実は女性だってコト。ここで描かれてる非モテ男子のトホホな不甲斐なさは、リアル女性から見た客観的かつ冷徹な批判だって事実。登場人物も女性たちの方がナマナマしく描かれてるような気がする。ココで戦慄。うわーココまでオトコの手のウチは女性にバレてしまってるの!的驚異。もー逃げ場がないわ!わー助けてくれ!
●……結果として最新刊4巻で描かれるクライマックス&エンディングは、実は男子には納得が難しい結論に到達するのです。コレって女性的な発想なんだろうか?「本当の自分を見てくれ愛してくれ」と叫んで来た主人公だが、「本当の自分」解体、「多義的自分」理解という領域に目覚めちゃうんです。おーなんか全部わかった気はしないんだが、新しい感覚だとは思った。女性作家ならではの感性?


●しかしそもそもがさ、一生に一度だけの「モテモテ王国」到来、そんな迷信、誰が言い始めたんだろう? いや「モテモテ王国」がこの世にあるならボクも憧れますよ。マルコポーロがジパングを目指したように、コロンブスが大海の向こうにインドを目指したように、ボクも目指したいですよモテモテの桃源郷を。
●……でも主人公・藤本君が致命的にダメだったのはさ、どんなにモテたいと思ってても(さらに突っ込めばオンナノコとヤリたいと思ってても)、前提となるはずの「この娘が好きなんだ!」って意識が希薄なんだよね。「この娘はオレのこと好きなんだろうか?」の方が優先されてるんだよね。その疑問疑念が意味なく駆け引き神経戦みたいになって、キャパ不足の彼は玉砕するのです。個人的に言えば、ボクは第二の女性・いつかちゃんが一番好みです。多分、一番色気不足で、そんなにカワイくないんだけど、コンプレックスを共有できるタイプだから。なーんで彼女をフッタかなあ?


●ちなみに、この作者さん、日本のロックが好きなのかな。アチコチにロックバンドのモチーフが出てくる。GOING UNDER GROUND、THE BLUE HEARTS、サカナクション、神聖かまってちゃん、HI-STANDARD、岡村靖幸、THE BOOM、真心ブラザース、下北沢シェルター。



やばー。ボクは聴いてるジャズが非モテだった。

Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド

島田奈央子「SOMTHING JAZZY 女子のための新しいジャズ・ガイド」
「女子のための~」っていう触れ込みです。で紹介されてる音源がさ、まるでボクのライブラリーとカブラない。圧倒的にカブラない。徹底的にカブラない。絶望的にカブラない。ボクの部屋ってホントムダにCDが多くて、もう正確な数もわからないけど7000枚くらいはあるのに、うっひょー女子にアピールする音源は全くもってないのか!ショック!
●確かにボクの音楽鑑賞の趣味が女子にアピールしたことはない。ドン引きされることの方が多い。ああそうだったのか道理でねえ…(遠い目)。でもね、こういう本で歴然と「オマエの趣味は女子のためにならない、オマエの趣味は非モテだ」と公然と指摘されるとキツいね。でもイイんだそんなツモリで聴いてるワケじゃないし。今さらカタギな聴き方なんてできないよ。どーせ狂ってるからさ!…あ、いまちょっと自虐モード入ってしまった。ヤバいヤバいこの被害妄想がイケナイんだ…。

●つーことで、がんばって探して、辛うじてカブった音源を聴く。

ANN SALLY「VOYAGE」

ANN SALLY「VOYAGE」2001年
●この人、シンガーとして活動しながら、現役の医師でもあり、二児のお母さんでもある。医学研究でニューオリンズに二年暮らし、その間で彼の地のミュージシャンとセッションしてたという。このCDは彼女のデビュー盤で、全編カバーアルバム。ジャケの印象通り、透明感のある声が凛と響き、それをボッサなアコギやシンプルなピアノが優しく包む。
●ボクにとっては THE BRAND NEW HEAVIES もカバーした MARIA MULDAUR 原曲の「MIDNIGHT AT THE OASIS」が一番シビレル。アシッドジャズでファンク化されたバージョンに馴染んでたボクには、原曲のアレンジをより一層繊細にした彼女のアプローチがスゴく新鮮に響いてる。JONI MITCHEL「BOTH SIDE NOW」も天使のように繊細にキラメイてて、まるで華奢なガラス細工のよう。

●コレを初めて聴いたのは、高円寺のエスニック料理屋だった。才女として知られた ANN SALLY さんの名前は結構前から気になってた。そんな時に、たまたまお店のカウンターの中にこのCDを見つけたのだった。早速マスターに「このCDかけてくれません?」とお願いした。多分ボクはその時一緒に飲んでたオンナトモダチの前でオシャレぶってみたかったのだろう。しかし狭苦しい屋台風のお店でビーフンだかトムヤンクンを東南アジアのビールと一緒に食う状況下において、ANN SALLY さんのようなタオヤカな音楽は明らかにミスマッチで、そもそも音数も音量も少ない彼女の音楽はカシマシイ飲んだくれの喧噪にかき消されて全く聴こえなかった。あーダメだコリャ、オシャレ音楽は線が細くてイカンね。ボクはその時はそんなコト考えてたね。ボクの音楽センスが深刻に非モテであることの証明だね。結局その後一二年たってからこのCDはなんとなーくボクの部屋にやって来たんだけど、実はあまり聴いてなかった。女子ジャズの本を読まなかったら、マジメに聴かなかったかも。


●その一方で、非モテジャズは結構あるよウチには。その内ご紹介したいと思います。

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