新しい職場で組んでる同期のヨータは、宮崎あおいが好きなのだ。
「オレ、口の大きなオンナノコが好きなんだよねえ」とつぶやく。「EARTH MUSIC & ECOLOGY」のCMを思い浮かべているのだ。彼女がデカイ口を開けて THE BLUE HEARTS「1000のバイオリン」を歌うヤツ。ヘタクソ?いやいや全然イケます。ボクもヨータに全面的に同意する。「あした、なに着て生きていく?」



●原作マンガだけしかチェックしてない映画「ソラニン」でも、彼女のロックパフォーマンスがあったと思う。本編じゃ使われなかったライブシーンを朝のエンタメコーナーで見た覚えが。なんかスゴくカッコよかった。
●つーコトで THE BLUE HEARTS を聴く。
THE BLUE HEARTS「EAST WEST SIDE STORY」
THE BLUE HEARTS「EAST WEST SIDE STORY」1990-1993年
●レーベル EAST WEST 在籍時のベスト盤。「情熱の薔薇」「夢」とかが入ってる。宮崎あおいの歌ってたのは、オーケストラバージョンの「1001のバイオリン」だったのね。そういうのが元からあったんだ。
●そう言えば、EARTH MUSIC & ECOLOGY の服をかわいらしく着こなすオンナノコが前の職場にいた事を思い出した。美人さんとは言わないがナチュラルなコだ…ホントは肌がとてもキレイだって本人ちゃんと意識してるかな…仕事ではメチャ厳しくてよく怒られてた。



新しい仕事のパートナーである、イさん(40歳代後半)はラジオが大好きらしい。
●80年代の「オールナイトニッポン」全盛期をドマンナカで体験した人だから。忙しいのに今でもアレコレよく聴いてる。今ははんにゃオールナイトニッポンやってるそうな。「でも最近はFMの方がトークがオモシロいんですよ。AMはムカシの勢いがなくなってねえ」へー。ボクは全然ラジオ聞かないのでいまいちピンとこない……そもそもキチンと電波が入るラジオを持ってない。
●そんな会話をしたので、こんなCDを聴いてた。
忌野清志郎「OH!RADIO」
忌野清志郎「OH ! RADIO」2009年
キヨシローさん死後にリリースされたシングル。かつてトランジスタラジオのウタを歌った人だから、最期の録音もラジオがテーマでした。ベイエリアからリバプールからイカしたナンバーがやってくる、ラジオがインスパイアの源泉だった時代を慈しむウタ。「OH ラジオ 聴かせておくれ あの頃が まんま蘇るあのナンバー」自宅スタジオにて録音された全楽器自演のデモテイクは一切の虚飾がない剥き身のブルース。
●カップリング「激しい雨」もイイ曲。ハッとするタイミングでハッとするフレーズが聴こえる。「何度でも夢を見せてやる あの夏の陽焼けしたままの夢 RCサクセションがきこえる RCサクセションが流れてる」キヨシローさんが自分の曲の中で、自分のキャリアに自己言及してる。

RCサクセション「FEEL SO BAD」

RCサクセション「FEEL SO BAD」1984年
●だから無性に RC が聴きたくなった。このアルバムはある意味で絶頂期なのではないでしょうか?トップナンバー「自由」がボクは大好きなんだよー。「俺は法律を破るぜ 義理も恩もへとも思わねえ 責任のがれをするぜ 俺を縛ることなどできねえ だってオレは自由!自由!自由!汚ねえこの世界でいちばんキレイなもの それは俺の自由!自由!自由!」幼稚で野蛮な自由主義がメラメラ燃焼中だよ。ルードなロックンロールがふてぶてしくてタマラン。「失礼スルゼ(訣別の歌)」じゃ「せっかく稼えだ金をあいつに横取りされるのはもうまっぴらだ」と叫んで公然とマネジメント批判、そんでホントにこの直後所属事務所をヤメてしまうんだな。「失礼するぜ、バイバイ」
●ジャケだってさ、アマゾンから拾ったCD盤画像はさ、ゴールドのニンゲンがラクガキみたいに描かれてるだけだけどさ、本来のアナログ盤だと、カレの股間から長い金属バットがぽよーんと伸びてるんだよね。悪フザケだよね。しょーもないよね。

忌野清志郎「RAZOR SHARP」

忌野清志郎「RAZOR SHARP」1986年
キヨシローさんロンドン録音によるファーストソロアルバム。バンドはなんと IAN DURY & BLOCKHEADS の面々。ホンモノのパブロック野郎たちRC とは違う切れ味の良さが新鮮。BLOCKHEADS を率いてツアーもやったんだって。その間 RC はお休み状態。ココからバンドに微妙な機能不全が始まったらしいんだけど。



ラジオを聴くのは、年上世代だけではない。
「unimogrooveさん、70年代とか80年代の日本のロックって聴きます?」って聞いてきたのは24歳の若いスタッフMくん。Mくんは地方の美大でジャズドラムを勉強してたオトコで、本来は ART BLAKEY とかを聴いてるのだ、この前も COUNT BASIE のハナシで二人で盛り上がったのだ。なのに、突然不意打ちでこんな質問だ。「……あーなになに?YMO とかの話?」Mくん「えーとですね…ジョー山中です」うっひょー!渋い!「あと、甲斐バンドごめーん、その辺全然不勉強だわ。全然聴いてないよ。
●なんでなんで?なんで若いキミがそんな音楽を聴くコトになるの?『松本人志の放送室』が好きで、よく聞いてたんですよ」あーあの伝説のラジオ番組ね。「そこでいつも古い音楽がかかるんですよ」ふんふん。「最初はそんなの完全に無視してたんですけど、なんか気になる音楽も時々でてきまして、それで好きになっちゃったんです」うわー因果だねえ。ニンゲンが音楽に出会う瞬間って実に多彩だなー、ラジオは今も人をインスパイアさせてる、と思い知らされるエピソードでした。
●聞けば、「放送室」の選曲は、話し手である松本さん&高須光聖さんの二人が自分自身でやってたという。二人が育った尼崎ゲットーの気分が匂う選曲感覚。番組内容のレジュメブログで曲名をチェックしてみたが、渋過ぎてたまらない。加山雄三から板東英二、BORO、野口五郎、八代亜紀、内藤やす子、小林旭、西城秀樹……つーか、ロックでもなんでもない、ディスイズ日本歌謡曲じゃん! ココは網羅できないわ。
●でも無性に気になって、Mくんが聴いた音楽をチェックしてみたくなった。
ジョー山中「REGGAE VIBRATION IV GOING BACK TO JAMAICA」
ジョー山中「REGGAE VIBRATION IV : GOING BACK TO JAMAICA」2009年
●Mくん『放送室』のエンディングがジョー山中さんの曲なんです。『人間の証明』って曲」ああー松田優作の映画の主題歌だ。そんでジョー山中さんの代表曲でもある。で、彼の最新音源であるこのアルバムには、その「人間の証明」のレゲエバージョンが収録されてるんだな。なぜレゲエか?彼はジャマイカ系のハーフなのでした。だから暑苦しいルックスと強いノドはある意味ホンモノなのでした。「REGGAE VIBRATION」は80年代初めから取り組んでるシリーズで、現地のスタジオで現地のミュージシャンと組んで演奏される楽曲は、腰の据わったルーツスタイル。そこに彼のコクマロな声が響いて実に歯ごたえがある仕上がり。
FLOWER TRAVELLIN BAND「WE ARE HERE」
FLOWER TRAVELLIN' BAND「WE ARE HERE」2008年
ジョー山中の重要なキャリアとなったのは、1968年に内田裕也プロデュースで結成されたこのバンドだ。最も早く海外で評価された日本のロックバンド、との武名で知られてる。内田の提案で全部英詞、そして東洋的/無国籍でプログレッシヴなサウンドデザインが、ヒッピー/サイケデリックムーブメントに沸き立つアメリカで注目されメジャー契約をゲット、1971年に傑作「SATORI」をリリースする。しかしあまりに革新的過ぎたコンセプトが当時の日本市場に理解されず、1973年には解散。実はジョー山中含めメンバーは全員グループサウンズ崩れのプレイヤー。一過性のアイドル旋風のように見えるグループサウンズが、日本のロック史にはやはり重要だったと思えるエピソード。
●そんでこのアルバムは、解散から30年以上経った2007年に再結成を果たしたこのバンドが放った新譜。さすがに70年代当時の呪術的グルーヴはカタチを留めていないけど、ジョー山中のファンキーボーカルとジャムバンド気分の解放感あるロックは、還暦超えロートルの同窓会アルバム以上の価値はある。
●しかし、今年に入ってジョー山中は、肺ガンを患っている事を発表。活動を休止して闘病に専念することになる。オマケにバーベキューに失敗して自宅が全焼。なんだか泣き面にハチな展開。コレにへこたれずがんばってください。
 甲斐バンド「ロッカ・バラード」
甲斐バンド「ロッカ・バラード」2009年
●コレはダレカにもらったCDだな…。さすがに自分でカネを払った覚えがない。バンド結成35周年記念のバラードベスト盤、新曲/新録/リミックス含みます、という物件。ベストとは言うが、残念ながらボクが知ってた曲は1つしかなかった。全然通ってないんだなあ。バラード集だから曲の気分もソックリで、全部同じに聴こえてしまう。リミックスしなかったら、70年代や80年代の空気感が残って楽しめたかも知れなかったのになあ。
●唯一ボクの記憶に残ってるのは「BLUE LETTER」って曲。なんで覚えてるのかな?「あの年お前をはらませてしまうまで」ってフレーズが子供心に刺さってたのかな?
●でMくんはなんて曲が好きなの?『裏切りの街角』です」スッと曲名出るのね驚くわ。マジ好きなのね…あゴメンこのベストに収録されてない。「あとは『安奈』です」それは収録されてるね…あ~クリスマスソングなのかな。
●ムカシね、中国の広西チワン族自治区に出張したコトがあってね。中国とは言うけどもう東南アジア/ベトナム寸前な感じの土地なのよ。ソコで、バナナ畑とかを眺めながらアホみたいに長い時間ワゴン車に揺られて移動したんだけど、そこはかとなーくカーラジオから中国語にカバーされた甲斐バンドの曲が流れて来てね。同行してた年上の先輩が気づいて「おいコレ甲斐バンドだよ!メロディが甲斐バンドだよ!わかるコレ?」って。しかしボクは全然わかんなくて、タダのヘンテコ中国語ポップスにしか聴こえなくて。結果先輩は、地の果てで愛着あるメロディに偶然巡り会ったという感動とオドロキを、誰とも共有できず1人モンモンと焦れるしかなかったのでした。ボクの甲斐バンドにまつわる個人的な思い出はコレだけ。以上!

上田正樹 WITH REGGAE RHYTHM「FINAL FRONTIER」

上田正樹 WITH REGGAE RHYTHM「FINAL FRONTIER」2009年
「悲しい色やね」上田正樹も、ボクにとっては完全に接点のないシンガーなのです。でも SLY & ROBBIE がプロデュースに加わったこのレゲエアルバムは THE DOORS から BOB DYLAN、JOHN LENNON、THE ANIMALS などの名曲をカバーしているので非常に取っ付き易い。アーシーなルーツ具合は、アフリカンやスカ、ロックステディの気分まで包括しててことのほか聴ける。THE BEGINNING OF THE END「FUNKY NASSAU」のカバーもステキ!
●ネットで調べてみると、ブルースを軸足にした彼のキャリアは、いつのまにかアジア各地に広がっていて、韓国やインドネシアでも活動してるというからオドロキ。60歳を超えても新しい領域にチャレンジできるって素晴らしいね。



●この勢いだから、今も現役を続けるロックオヤジのハナシを。

CHAR「CHAR」

CHAR「CHAR」1976年
●天才ギターキッズとして世間をビビらせたファーストアルバム。外人プレイヤーと組んで、自作自演のスマートなギタープレイを長髪たなびかせて聴かせてくれるんだから、76年当時の衝撃はスゴかったんだろうな。ボクの正直な印象は RIZE の JESSIE のオヤジさんという位置づけなんだけど。
●初めて気づいたんだけど、彼のプレイは、ガリガリのハードロックギターではなくて、気持ちのイイフュージョンジャズギターだったってコト。AORにも繋がる洗練されたファンキー感覚、セクシーさも持ち合わせてる。初期代表曲「SMOKY」は言わずもがな(この曲、学生の頃クラブでスピンしたコトある)「視線」とか「朝」とかスゴくスマートだよね。一方湿っぽい歌謡曲ブルースもちょっぴり混じってる。総合的に言って実はロックじゃないかも知れない、ロックと言い切るとこのアルバムが持つふくよかな多様性を見失いそうで。そしてホンモノのロックは日本市場にはやや早かった時代なのかも。……それと、ジャケ写のバックには富士山。キレイね。
JOHNNY, LOUIS  CHAR × PINK CLOUD「SINGLES」
JOHNNY, LOUIS & CHAR × PINK CLOUD「SINGLES」1980-1994年
●時代がグッと下って、もっとノビノビロックができるようになった頃。ドラム・ジョニー吉長、ベース・ルイス加部、ギター・CHAR、によるロックトリオが、PINK CLOUD。その前身が JOHNNY, LOUIS & CHAR という名義。RIZE JESSIE CHAR の息子と言ったけど、ジョニー吉長の息子は RIZE金子ノブアキ&KENKEN。親も子もソレゾレでバンドを組んでます。
●90年代初頭の PINK CLOUD日比谷野音で観た覚えがある。なんかスゲエ貫禄だったんだよなあ。トリオとは思えない音の分厚さ、鬼気迫るプレッシャー、そんで尋常ならぬ佇まい、ジョニー&ルイスはカオコワいからね。チャーさんがベビーフェイスに見えるほどだった。その段階では確かにハードロック。
●このシングルベストは、フランクにレイドバックした曲からタフなリフロックまでバラエティ豊かなバランス感覚で選曲されてるし、ジャケにフラフープオバさんを使うような脱臼感覚もあるので、ゴリゴリのロックばかりが聴けるわけじゃないけど、クールなオヤジロックが安心して聴けるのであります。

SEENA  THE ROKKETS「CHANNEL GOOD」

SEENA & THE ROKKETS「CHANNEL GOOD」1980年
●ボクが住んでる街はシモキタザワで、フツウに歩いてるだけで「アレあの人は?」と思うような人を見かけることがある。結構前だけど鮎川誠さんをイキナリ見かけた。茶沢通りをメチャ雰囲気出ててメチャ背のデカイオッサンが歩いてる、と思ったら鮎川さんだった。多分ディスクユニオンでサイン会でもあったのかな?
●ボクの会社には鮎川さんのファンが多い。ワッキーさんは博多出身だから、サンハウス結成35周年記念ライブのチケットを、せっせとローソンに頼んでた。前のボスも社食でラーメン一緒に食いながらサンハウスがいかにスゴかったか熱く語ってくれた。
●このアルバムは Y.M.O. が所属してたレーベル ALFA からの二枚目。福岡出張の合間にゲットしたインディ(エルボンレコード )時代のファーストアルバム1978年のヒリヒリしたパンク魂とは、チト気分がチガウ。細野晴臣/高橋幸宏がプロデュースに入り、ナニゲに60年代ポップ(モータウンチック)を80年代ポップ(シンセアレンジ)に変換したようなテイストがことのほかタップリ潜り込んでる。名前が SEENA & THE ROKKETS だしなあ、SMOKY ROBINSON & THE MIRACLES とか DIANA ROSS & THE SUPREMES みたいだもんな。
●いやいや、鮎川さんが自分でアレンジを手掛けてる楽曲は、ザクザクのギターが存在感バリバリ。ボクはやっぱソッチのパンクテイストの方が好きだなあ。

SEENA  THE ROKKETS「PINUP BABY BLUES」

SEENA & THE ROKKETS「PINUP BABY BLUES」1981年
ALFA からの三枚目。プロデュースは Y.M.O. チームからミッキー・カーティスへ。ミッキー・カーティスって言われても今のお爺さんぶりだけしか知らん…なになに、平尾昌晃、山下敬二郎と共に「ロカビリー3人男」と呼ばれてたって?…平尾昌晃もものまね特番の審査員でヘッドホンしてる印象しかない。ただし、高偏差値80年代ポップス路線がなくなって、もっと自然なロックンロールの鳴りになったのは非常に肯定的にとれるのです。60年代ポップス志向は依然としてシッカリ存在してますが、コレも素直に彼らのルーツなんだなあと納得。あ、リリックには糸井重里がアレコレと参加。80年代だね。沢田研二「TOKIO」を書いてた時期の糸井さん。
●サイドBが奔放にガリガリロックしてて最高。「ハートに火をつけて」のロックンロールは THE CLASH を連想しちゃった。ほーストーンズ「SATISFACTION」のカバーもしてるのだ。ドカドカうるさいロックンロールバンドなのだ。やっぱ鮎川さんにはガムシャラにギターを鳴らして欲しい。ちなみにシナロケのLP二枚とも、それぞれ100円也。


●今日の動画。



CHAR「SMOKY」。1996年「HEY HEY HEY」出演時のパフォーマンス。ベースのデブ外人がなんかスゴい。

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